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第三十九話 騒動の波紋

11月2日誤字脱字等修正しました。

「ジャン?! あなた正門の管理はどうしたの!!」


 部屋に入った途端、エーヴィの切羽詰った罵声が響き渡った。

 ……何がお待ちかねだ。めちゃくちゃ怒ってるじゃん。


「いやなに、今回の件の重要参考人を見つけたんでね。取り急ぎ連れてきたのさ」

「だったら二人だけ来させれば良かったでしょう? なぜあなたが持ち場を離れているの!?」

「そう怒らないでくれ、エーヴィ。そもそも僕に混乱の収拾なんて出来ないのは君も良く知ってるだろう? それにカトルくんもリベラートに任せるべきだと言ってくれたしね」

「はぁ?! 誰もそんなこと言ってないって!」


 ジャンに連れられて五階すぐの部屋に入ると、エーヴィが報告書の山を前に頭を抱えていた。机の上どころか床一面にまで積み上がった紙束の数を見て俺たちも唖然としてしまう。

 リスドでもトム爺さんの部屋はなかなかに凄かったが、この書類の積み上がり方だとその数倍はありそうだ。どう考えてもエーヴィ一人で捌き切れる数ではない。

 だが来る途中も思ったが他の職員をほとんど見かけなかった。外で押し寄せる傭兵たちの対応に人手を取られているとはいえ、あまりにも建物内が閑散としすぎている。

 この状況を鑑みれば何人居ても足りないくらいなのに、なぜこんなに人がいないのだろう。


「んんん……もういいわ。二人を連れて来てくれてありがとう、ジャン」

「お、これで僕も放免かな。早速鍛冶屋(ファッブロ)へ――」

「待ちなさい、ジャン。せめて話し合いには付き合いなさい。今はあなたの手さえも必要なの」

「おお? エーヴィにそんな熱のこもった告白をされるとさすがの僕も照れてしまうな。でも残念だけど、僕は今、研ぎ澄まされた刀の魔力に心を奪われてい――」

「早速、情報の整理から始めましょう」


 ジャンの言葉を無視してエーヴィが俺たちの方を見据えた。

 あまり寝ていないのだろうか。

 整った顔つきはそのままであったが、瞳がうつろで疲労感を漂わせている。


「もの凄く疲れてそうだけど、本当に大丈夫なのか? エーヴィ」

「ありがとう、カトル。仮眠は取ったけれど、この目の前の問題を何とかしないと王宮に報告も出来ないのよ」

「ふふ、それはさっき説明しただろう? イェルドは不在、ヴァリドは音信不通、フォルトナは罪人となったばかりかこの仕事の山をもたらす始末。もうギルドはてんてこ舞いさ」

「それがわかっているのなら、ジャンも少しは手伝いなさい」

「僕が役に立つのは剣に関わることだけだよ。それを回してくれればいくらでも期待に応えるさ」

「はいはい。――それで、フォルトゥナートの事、カトルとナーサはどこまで知っているのかしら」


 ジャンを適当にあしらうとエーヴィは疲れ目をさらに血走らせつつ尋ねて来た。

 どうやら丸一日経ってもあまり情報が出回っていないらしい。最初にエーヴィと情報のすり合わせを行うことにする。

 まず気になっていたのがイェルドに放たれた刺客の件だが、どうやらヴァスコがしっかり報告を上げてくれたようで、すでに王宮を通してリスドに情報が伝わっており、イェルド本人にも伝達されたとのこと。

 馬車で五日かかる距離なのにどうやって、と思いきや、リスドからすぐ捜索隊が組まれ最速で合流したらしい。

 さすがトム爺さん。暢気に構えていても仕事が早い。

 この後アルフォンソと面会し、万全を期して編隊を組んで帰って来るそうなのでひとまずイェルドについては大丈夫だろう。


「問題は、複数のギルドメンバーと職員の一部の行方が知れないことね」

「ああ、その事だがカトルくんのせいでまた仕事が増えたよ」

「俺のせいじゃないだろ!」


 ジャンが茶目っ気たっぷりにフォルトゥナートにつき従っていた奴らを掴まえたと報告すると、エーヴィは見るからに安心した様子でホッと胸を撫で下ろした。


「これでなんとか今日の報告の体裁はつくかしら」

「どうだろう。まだヴァリドを含め十数人音信不通だからね。あの時の公女閣下の見幕を思い返すと僕はしばらく王宮には近寄りたくないな」


 ジャンによると三日前の夜の段階でターニャがギルドを来訪し、フォルトゥナートと繋がりのあるメンバー全員の洗い出しを命じたという。

 何でも、その時のターニャは鬼のような形相だったらしい。深夜なのに半ば脅迫のような形で呼び出されたジャンは身の潔白を証明するため徹夜でギルド職員の尋問をし続けたそうだ。


「公女閣下とは縁戚でね。母方の実家が公女閣下のお祖母(ばあ)様と同じなので、年下なのに小さい頃からいいくるめられっぱなしなんだよ。でも成功報酬が逆刃の飾りものとは言え門外不出の刀だって言うんだから、本当たまらないよね。ああ、もう僕は公女閣下の手のひらの上さ」


 恍惚とした表情で語るジャンにエーヴィもナーサも呆れ顔だ。

 それにしても刀が成功報酬とは驚きだ。……ナーサにも一振りもらえないかな。


「その甲斐あって貴重な情報が手に入ったのだから良かったでしょう?」

「聞いたかい? カトルくん。エーヴィはこの書類の山に囲まれて幸せなんだそうだ」

「今の会話でなぜそうなるのか、一度あなたの頭の中を覗いてみたいわ」

「おお、自虐のみならず猟奇的な思想も持ち合わせているとは驚きだよ。でもそんなところも君の新しい魅力の一つだね」

「……ええ、ええ。今がこんな猫の手も借りたい状況じゃなかったらすぐにでもあなたの脳みそを砕いていたかしら」

「ひっ、はは……」


 青筋を立ててガンをつけるエーヴィの顔に、ジャンが引きつった笑いを浮かべる。美人が怒ると怖いという見本だ。

 さすがにジャンもそれ以上無駄口を叩く勇気はなかったようで会話の主導権をこちらに渡してくる。


「えっと、つまりこの部屋の書類の山は――?」

「先代のギルドマスターとフォルトゥナートによって握り潰された依頼よ」

「……はっ?」


 一瞬、何を言われたのか理解できず、聞き返してしまった。

 でも仕方ないだろう?

 この書類全部が本来、傭兵ギルドで請け負うはずの依頼だったなんてにわかに信じられるはずがない。


「これ、全部……依頼?」

「そう、ね……。その気持ちはわかるわ、ナーサ。まるで昨日の自分を見ているかのようだもの」


 ナーサが呆然と部屋を見渡すのを慰めるように、エーヴィは答えた。

 その声に反応して、ナーサは若干震える手で積み上げられた書類を大事そうに確認し始める。

 ――彼女の愕然とした表情はさすがに見てられなかった。

 今まで茶タグの依頼探しに奔走して一年以上苦労を重ねてきたんだ。その心情は察して余りある。


 考えてみれば当然のことだった。

 ここは歴史ある王都カルミネであり、リスドと比べても圧倒的に人口が多い。それなのにリスドでは依頼が溢れ、カルミネでは満足に依頼をこなせず四苦八苦するなんて馬鹿げた話だ。

 住んでいる人が多ければ、それだけギルドを必要とする人の数も増える。

 いくら独占されていたと言っても、一階に屯している連中だけで捌き切れるはずがない。


「処理を一任されていた職員は、半ば強制的だったとはいえ涙を流して懺悔していたよ。この大量の紙の束は、罪の意識にさいなまれ自らの収納魔法の限界まで抱え込もうとした、いわば贖罪みたいなものだね」


 夜を徹して尋問したジャンは苦い表情になる。


「結構な魔力持ちだったのに限界ギリギリまで抱え込んで、これからどうしようかと途方に暮れていたそうよ。捕まってかえってホッとしていたのがやるせなかったわ……」

「……っ」


 エーヴィの言葉にナーサは何か言おうとして、そのまま力なくペタンとその場に座り込んでしまった。俺はすぐに傍に寄ってその身体を支える。


「ナーサ、大丈夫か?」

「うん……ありがと、平気。前にあいつが貴族がどうのって言ってたから、なんとなくこんな事なんじゃないかって薄々……」


 ナーサはもう大丈夫、と言って若干よろめきながらも何とか立ち上がった。ただ、どこかうつろな表情で視線を漂わせており、立ち直るにはもう少し時間が必要かもしれない。


「どうせなら完全に処分してくれれば仕事が増えなくて助かったんだけどね」

「……公女閣下に今の発言を伝えましょうか? ジャン」

「ほんの軽口だよ、エーヴィ。本意ではないさ」


 さすがにジャンも思うところがあったのか、神妙な面持ちで答える。


「公女閣下はこの事態を重く受け止め、全ての依頼について出来うる限り誠実に対処するよう厳命なさいました。今、ギルド職員はフォルトゥナートや特定の貴族に通じていた者を除いて、ほぼ全員その対応の為に出払っているの。だから通常業務は全て停止せざるを得なかったのだけれど……」

「ああ、それで誰もいなかったのか」


 理由を聞けば納得だ。

 ようやくまともにギルドが動き始めたのなら、この目の前にある日の目を見なかった依頼の山も報われることだろう。

 ……あれ?

 でも、それなら――。


「なんであんなたくさん傭兵が正門に集まってるの?」


 俺がそう尋ねると、その質問を待っていましたとばかりにジャンが不気味な笑みを浮かべながら食いついてきた。


「なぜかいろんな憶測が飛び交ってしまってね。それが門前のあの騒ぎさ。まさか暴動寸前になるとは思わなかったけれどね」


 そう話すジャンの目は全く笑っていなかった。まるで獰猛な獣のように瞳をぎらつかせている。


「いくらフォルトナが幹部権限をフル活用して強制ミッションを乱発したからと言って、全ての依頼が無効になって報酬がなくなるとか、フォルトナが課した依頼を受けたものは全員罪に処せられるとか、貴族の依頼を受けただけで追放になるとか、何でそんな阿呆な事が吹聴されるんだい? まさか不安に煽られただけ? ――そんなくだらないことで僕の神聖な時間の邪魔をしたとすれば、どんどん立場が悪くなる一方なのにね。はは、困った困った」


 理由はどうあれ、ジャンもこの件には相当怒っているようだった。

 言っていることはしょうもないのに、エーヴィも同調して頷いている。


「ともかくギルドの状況はわかった。俺たちの知っている情報については勝手に共有して良いのか判断に迷うのでターニャが来るのを待つよ」

「ええ、わかったわ」

「……は?」


 エーヴィが小さく頷いたのとは対照的に、怒りはどこへやら心底驚いた様子でジャンが固まっている。


「ええと、今日も公女閣下はギルドにいらっしゃる、のかい?」

「別れ際にそう約束したけど」

「……」

「なんや? 何ぞうちに知られとぉないことでもあったんか? ジャン」

「ひいぃ?!」


 何もない空間から突如声だけが響き、ジャンが驚いた猫のようにピンと背筋を張って仰け反る。

 ――ああ、なるほど。ユミスの消失魔法(ヴァニシング)か。

 

「なっ、なっ、なっ、なっ、なっ――?!」

「さすがに消失魔法(ヴァニシング)でおどかすのは悪趣味だろ、ターニャ」

「いや別にうちも驚かしとうてこうしてるわけやないんよ。なあユミス――ネリア様、魔法の解除をお願いします」

「ん……」

「え、ユミス?!」


 ちょっと待て。

 なんでユミスまで居るの?


「こらっ、カトル。うちも大概やけど、誰ぞおる場所ではユミスネリア様と様付けで呼びぃ――」

「ん! 必要ない。カトルは特別だから」


 そう言って姿を現したユミスは、少し頬を膨らませて怒っていた。

予想以上に早く書き終わったので投稿します。

また時間が出来たら更新するかもですが。


一応次回はお正月明けまでに更新する予定です。

皆様良いお年を。

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