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第三十五話 決裂

10月19日誤字脱字等修正しました。

「はっ……何を仰るかと思えば、子供の戯言のような事を」

「ゲラシウス、そのような物言いは陛下に失礼ですよ。ただ、私もさすがに御伽噺の伝承というのは耳を疑うばかりですが」


 フェリクスが答えるより早く、ゲラシウスが酷く歪んだ表情でそう吐き捨てた。それを窘めつつ、フェリクスもまたゲラシウスほど露骨ではなかったにせよ訝しむような視線を投げかけてくる。


「魔道師ギルドの方こそ伝承の魔族を宿敵として日夜励んでいると思っていたが?」


 二人の反応にユミスが不快感を示すと、ゲラシウスがついに堪えきれなくなったのか低く笑い始めた。


「クックック、信じられるモノがあれば人はそれに縋り、進んで礎になろうとするものですよ、陛下。まさかそれがわからないわけでもありますまい?」

「……フェリクスも同じ意見か?」

「私は信じておりますよ。その昔、魔族から人族を救ったものこそ魔道具であると」

「これは猊下、お戯れを。もし魔族が伝承どおりの魔力を持っていたとするなら、魔道具で魔法が使える程度の者など立ち向かえるはずないではありませんか」


 そう言って前に出たゲラシウスはさらにユミスに向かって見下すような態度を取る。


「まさかこの国の頂きにいらっしゃる陛下が、伝承を信仰する哀れな信奉者だったとは。この地に居る者はなんと不幸なことでしょう!」

「これ、ゲラシウス。さすがに失礼が過ぎます」

「いいえ、猊下。この際、はっきりと申し上げましょう。伝承などという阿呆な事をのたまう女王はもとより、封印などといういかがわしい存在を鵜呑みにされる猊下も私はいかがなものかと思うのですよ。少し考えれば自明の理でありましょう。王の魔力が足りない事で一族全て死ぬというのなら、王都に居た者すべてが死んでいなくてはなりません。にもかかわらず王族だけが死んだのならそこにあるのは悪意以外の何物でもない」


 ゲラシウスの目が怪しく光る。


「仮に百歩譲って封印があるとしましょう。そこにあるのはなんですか? 魔族ですか? 巨人族ですか? それとも古の(ドラゴン)ですか?……クックック。生きとし生けるものは命ある限り食さなければ死ぬのです。仮に初代カルミネ王がかの地に何かを封じたとして、そこにあるのはもはや骨すらない塵芥(ちりあくた)でしょう。そんな荒唐無稽なものの為に魔石の研究を費やして来たなどまさに愚の骨頂」

「……何が言いたいのです? ゲラシウス」

「この場はちょうど良い機会ではないですか、猊下。仮に“氷の魔女”と謳われし女王とて、我らが解明した魔石による強化の前ではもはや取るに足らない存在。この力を迎合するならば良し、そうでない時は――」

「待ちなさい、ゲラシウス。早まった事を言ってはなりません」


 フェリクスから笑みが消え、やや焦った表情ですぐ後ろに立つゲラシウスを諌める。だが当の本人は全くのなしのつぶてだ。

 ユミスの話どころか、長であるフェリクスの指示すら聞こうとしないその態度に俺は警戒の色を強める。


「私は早まってなどいないのですよ、猊下。その為にそれはもうさまざまな布石を打ってきたのですから」

「ゲラシウスよ。その対策には封印の件が含まれていません」

「猊下……。あなたがまだそんなたわ言にうつつを抜かすというのならこちらにも考えがあります」

「……っ?!」


 ゲラシウスはそう言ってせせら笑うと背後の二人を見る。一人は恭しく頷いたが、もう一人は目を見張ったままだ。


「シンマクス」

「はっ、いつでも」


 何をするつもりかわからないが、こちらにとって都合の良いことでないのは間違いない。

 ――この男は危険だ。

 俺はジリジリとユミスの傍に寄りながら周囲を確認する。

 もはやこれでは話し合いはほぼ決裂したといって差し支えないだろう。

 そうなれば逃げることに専念しなくてはならない。


 出口は三つ。


 右手奥と真正面の窓、そして後ろの扉だ。だが、扉の向こうは探知魔法を使わなくても分かるほど人の気配がプンプン漂っている。

 一番近いのは真正面の窓だが、間には魔道師ギルドの面々が居座っているので逃げるとすれば右手奥の窓からが無難だろう。

 チラッと横を見ればナーサと視線が合った。状況の悪さに若干顔色が青くなっているが、いつでも動けるよう体勢を整えている。


「何を考えているのです、シンマクス! ラウレンティウスもですか?!」

「わ、私は全く存じ上げません」


 フェリクスに睨まれてラウレンティウスは焦った表情で慌てて否定する。ゲラシウスの傍で薄笑いを浮かべているシンマクスとは対照的だ。


「クックック。何をうろたえておられますやら猊下」

「黙りなさい、ゲラシウス! お前は封印の恐ろしさを全く理解していない。呪いの力が解けたなら今度はどのような犠牲が生まれるかわからないのですよ!?」

「これは異なことを。先王は魔力が足りなかった為に封印に飲み込まれたと仰せではなかったですか。魔力なればいかようにもなる。先王がなぜ非業の死を遂げたのかは調べてみなくてはなりませんが、恐れる必要などない――」

「大層な口ぶりだが、魔石による強化など役に立たない。封印に必要な力は鉄石(くろがねいし)でわかるような魔力とは異なるのだからな」

「――っ?!」


 それまで何も言わず厳しい表情のままだったユミスが突如ゲラシウスの言葉を遮った。


「それは真でございますか?! 陛下!」


 驚愕の表情で見据えるフェリクスにユミスは強張った顔で大きく頷く。


「魔石を用いた魔力強化は比較的簡単だから私はすでに試した。だが、魔石では()()()()上がらない。それこそ自明の理だ。魔石は魔力を貯蔵するもの。封印に必要とされるのは魔力ではない別の能力(ステータス)だ」


 魔力ではない能力(ステータス)

 俺はラドンと会った洞窟の中で気を失うまでの刹那それを垣間見た気がする。

 確か精神力だったっけ?

 鑑定魔法のレベルが上がれば分かるのだろうけど。


「なぜそのような事を陛下はご存知なのです?」

「アルヴヘイムより鉄石(くろがねいし)が進呈された際、各地に高位のエルフ族が視察に来た話はフェリクスも知っていよう」

「なんと――!? あのような異種族を王宮に通したのですか?!」

「なぜ会合を拒否する必要がある? それに謁見の間に通しただけだ。すぐに封印の存在に気付いたがな。だが長寿で人より魔力に長けたエルフ族であっても解決策は同じであった。王都の人口が増えるか、能力(ステータス)の底上げか。――ただ、二の門より外はこれ以上の増築は困難なほど歪な状態だ」


 ……あの裏道の歪さは増築に増築を重ねた結果だったのか。


「そして二の門より内側はフェリクスの方が良く知っていよう。先王の計らいで多くの土地を貰い受けた貴族は決して譲らず、魔道具の禁止という代替案は魔道師ギルドが猛反発し、結果としてフェリクスがカルミネを離れることになったのだから」

「何を仰せか! 魔道具の禁止という代替案については陛下が最も意欲的だったでしょう?!」

「魔道具を使えば魔法に関わる能力(ステータス)の成長が止まる。なぜ公にされていないか思うところもあるが」


 そう言ってユミスはフェリクスを睨む。今までの話を鑑みれば、これまでの王と魔道師ギルドの間で何らかの取り決めが交わされていたのだろう。


「――それは置こう。私は魔道師ギルドと喧嘩をしに来たのではない。協力を仰ぎに来たのだ。このままでは封印はいずれ解ける。そうなればこの国には未曾有の混乱が訪れるだろう。そうならない為に――」

「陛下はどうあっても魔道具の使用を廃止せよと?」

「……いずれはそうだ。曖昧にするつもりはない」


 ユミスの言葉にフェリクスの表情は煮え切らない態度を取る。それを見つめるユミスの眼差しは真剣そのものだ。

 ――だがその時であった。

 不意に空気がよどむような錯覚を受け、直後とんでもない強さの魔力が襲い掛かって来たのである。


「うっ?!」


 俺は咄嗟に身体の内側に魔力を集中させ、それを一気に叩き付けた。

 そして何事かと見渡せば、二つの窓と扉から一斉にフードを纏った魔道師ギルドの者が部屋に侵入し、高々と魔石を掲げていたのである。


「これは?!」

「女王がそう仰るのであれば交渉の余地はありませんね、猊下。オドアクレの不在はいささか計算外ですが、むしろここで女王を殺せばあの者も最期まで我々の意のままに踊ってくれましょう」

「早まってはなりません、ゲラシウス! 陛下の魔力なくして王都の封印は守れないのです」

「まだもう一人王の血を引く者がいるではないですか。猊下が何を恐れているのかはわかりませんが、これで我らの国が成立するという悲願が成就されるのです」

「私は先王の二の舞も、後世に悪魔を呼び戻した罪人とされるのも願い下げです。なぜお前はそれが――」

「もういい。先代猊下は女王の悪辣非道な行いに立ち向かい殉死なさいました。これからは私が魔道師ギルドの長として統括しましょう」

「なっ――」


 ゲラシウスの手に握られたのは魔石を御した小型のナイフであった。そこから発する魔力は青い炎となって切っ先を染め上げ、そのままフェリクスの左胸を貫いていく。


「ぐっ、う、う……」


 フェリクスは自分の胸とゲラシウスを驚愕の目つきで見つめ、そして血を吐き倒れた。見ればフェリクスの赤く染まったローブの中にある鎖帷子がどろりと溶けている。

 ……魔力で鋼を溶かしたというのか。

 俺はすぐに鑑定魔法を駆使してゲラシウスの手にある凶器を調べようとしたが、なぜか魔法が反応しなかった。どれだけ頑張って魔力を繰り出しても魔法として展開される直前にかき消されてしまうのだ。

 魔力は溢れているのにそれを魔法として制御しきれない、そんな感覚に俺は愕然として自身の手のひらを見据える。


「フッ、何をしようとしているかわかりませんが、女王の魔法さえ封じるこの魔石陣の前で貴女如きが魔法を繰り出そうとするなどおこがましい」

「なっ……?!」

「おや、気付いておりませんでしたか。これは失礼。クックック」


 そう言ってゲラシウスは小ばかにするような視線を向けてくる。

 まさか、俺だけじゃなくユミスも魔法を使えないのか?!

 驚いて隣を見れば、ユミスの額から大粒の汗が流れ落ちていた。確かに膨れ上がる魔力を感じるのに、魔法は一切展開されないでいる。

 本当に魔法を封じられた……?

 いや、ユミスに限ってそれはありえないだろ。

 これは魔法の制御がままならなくなる程度のものだ。魔力が封じられていない以上、ユミスならいかようにも手段はあるはず。


「“氷の魔女”を相手に私たちが何も対策をせずにいたと思いますか? 魔力は強大でも魔法さえかき消してしまえば何の意味もないのですよ」


 ゲラシウスがサッと左手を上げると、周りの魔道士たちは魔石を両手で高く掲げ始めた。それと共に気持ち悪さが増していくが、元から魔力制御がズタズタな俺には先ほどまでとあまり差は感じられない。もう一度身体の内側で魔力を集中させ一気に叩き付けると、圧迫感はあっという間に霧散していく。


「く、苦しい……」


 だが俺以外の者はそう簡単にはいかなかった。ユミスこそ苛立ちで眉根を寄せる程度だったが、ナーサは苦悶の表情を浮かべ、テーラにいたっては、首を両手で抑え、立つ事もままならず床に突っ伏している。


「おおっと、オドアクレ元帥閣下の私生児殿がいらっしゃったのを忘れておりましたよ。まあ、あなたも女王の怒りに立ち向かったと伝えれば、少しは元帥閣下の溜飲も下がりましょう。クックック」


 苦悶に身体をかがめるテーラを見てほくそ笑むゲラシウスを前に、俺の沸点は極度に下がっていった。

 これだけの悪意に晒されると心の中の何かがはじけ飛びそうになる。


「……止めろ」

「う、ん? なぜあなたは平然と立って居られるので――」


 ゲラシウスの下卑た笑いが止まり、俺に視線が集中したその時――。


「とぉーっ! 俺様参上!」

「なっ……?!」


 見たことのある緑の服に黒マントの男が天井から降って来たかと思えば、振り向きざま一閃、ゲラシウスの首が胴体と千切れ、壁へ跳ね飛ばされたのである。

次回は12月21日までに更新予定です。

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