第三十二話 晩餐会への招待
11月22日誤字脱字等修正しました。
「せっかくですが、ご遠慮させて頂きます」
「おお、つれないな。だが、そんな所もそそられてしまうよ」
やって来たのは、何だかフアンみたいなしゃべり方をする奴だった。少しだけ振り返って見れば、短い黒髪の彫りの深い顔の男が軽薄そうな笑みを浮かべている。目鼻立ちもはっきりしておりフアンより女にもてそうな風貌だ。
「ちょっと、誰だか知らないけれど今お嬢様はお疲れで休んでいるの。邪魔しないでくれる?」
ナーサが役目通り俺の前に立ち塞がって相手する。だがその男は意に介さないどころかナーサを値踏みし始めた。
「へえ、傭兵っぽい感じなのに、なかなか可愛いじゃないか」
「やめて!」
「フッ……。ダメだよ、君。傭兵の立場で誰か分からない相手にそんな失礼な態度を取っちゃ。それこそ、そちらのお嬢様の顔に泥を塗ることになる」
「――っ?!」
その言葉に当惑するナーサの横を通り、男は俺の顔が見える位置まで回り込んできた。そして、ひゅうと口笛を吹く。
「おお、なんて凛々しく美しい方だ――! 今まで一度もお会い出来なくて申し訳ない」
何か知らないが謝られた。
……別に俺はこれっぽっちも会いたくなかったけどな。
ってか、フアンでもここまで大げさじゃなかった気がする。
これを相手にするのは正直頭が痛い。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
俺はお嬢様ということを意識して、出来るだけ高い声色で話しかけた。
「「――っ?!」」
……今、一瞬二人とも笑いかけたな。ユミスにいたっては耐え切れず顔を横にそむけて悶えている。
ただ目の前の男はより一層目を輝かせた。
「これは申し遅れた。私はテーラ=ヘルール。心ある者からは美の探求者と呼ばれている」
「は……?」
俺はあまりの事に二の句が告げなかった。
美の探求者って、アホかこいつは。
……いや、愛の伝道師とか名乗ってたバカもいたっけ。
前言撤回。
やっぱりこいつらは同類以外の何者でもない。
ただ、このアホの発言を聞いて、なぜかユミスの顔が若干強張る。
審査官相手にはすまし顔でいられても、さすがにこのアホ発言には付き合い切れないんだろう――。
そう思ったのだが、続いて出た彼女の発言は全く予期せぬものだった。
「こちらはチェスター家に仕える者ですが、貴方はもしや元帥閣下のご子息様でしょうか?」
「……っ?!」
ユミスの突然の言葉に俺とナーサは驚きを隠せずテーラと名乗る男を二度見する。
だが言われた当の本人は少々渋い顔をして視線を背けると、気障ったらしく髪をかきあげた。
「フッ……。これは私とした事が痛恨のミスだ。シニョリーナ、今後はぜひその薄汚い野良犬の名前を口に出さないで頂けると助かる」
野良犬、と言われて誰のことかわからず一瞬戸惑うユミスだったが、状況から考えて元帥の事を指しているのだろう。
あまり家族仲が良くないのだろうか。
咄嗟に父竜の事が思い出され、なんとも複雑な心境に陥る。
「これは失礼致しました」
「うむ、わかって貰えればそれでいい」
ユミスが通り一遍の謝罪をして、それを何事も無かったかのようにテーラは受け入れる。ただ微妙な空気が流れたのは払拭出来ず、ばつが悪そうにテーラは髪をかきむしった。
「興がそがれたな。それで、シニョリーナたちも本日の晩餐会には来るんだろう? いや、是非とも参加してもらいたい」
「はい。参加しようと考えております」
「ではその時にまたお会いするとしよう」
テーラはそう言って何かをユミスに握らせる。
「それは私の許可証だ。名前を記入して提示すれば控え室へ通されよう」
「見ず知らずの私たちを通して大丈夫なのですか?」
「フッ……。因果な事だが私も参加を命じられていてね。ハイエナのような魔道師ギルドの連中が幹部総出で来ると聞いて本当は参加したくなかったが、君たちのような素敵な女性が参加するなら少しは気も紛れる」
テーラは再び髪をかきあげると俯き加減にこちらに視線を向けてウインクしてきた。
……ほんっとうに背筋がぞわぞわするからやめてもらいたい。
しかし魔道師ギルドの幹部が総出っていうなら、長であるフェリクスって奴も来ている可能性が高いのか。――これは大きなチャンスだ。
ユミスもそう思ったようで、受け取った許可証を渋々と言った表情を作りながらも大事そうにしまっていた。
「晩餐会でゆっくり話しを聞けるかと思うと今から楽しみだよ、白金の君。ではまた、チャオ!」
テーラは道化のように深々とお辞儀をして去っていく。
後ろ姿や立ち振る舞いは優雅で洗練された貴族のそれなのだが、なんでこんなに残念な感じなんだろうか。……出来るなら二度と会いたくない。
ってか、そもそも奴はいったい何しに来たんだ?
俺はあいつの姿が見えなくなるのを見計らってユミスに尋ねると、とんでもない答えが返って来た。
「……さっきカウンターでわざと白金貨を見せたから」
「は、く――?!」
思わず叫びそうになったナーサが慌てて手で口を押さえた。
だが、ナーサが驚くのも無理もない。確か、白金貨って金貨百枚相当の価値があるんじゃなかったっけ? サーニャが金貨50枚でロベルタと争ったのは記憶に新しい。
そんなとんでもないモノをカウンターに並べれば、そりゃあ店員は固まるわけだ。
「店内に居た何人かが反応していた。――誰かしら興味を示してくれればその人たちにあやかろうと思って」
「あんたねえ、やることが極端すぎるのよっ! 中央の大貴族が屋敷を立てる時くらいしか使わないシロモノをこんなカフェでなんて……!」
「……ナーサなら普段から使っていると思ってた」
「見たのも今日が初めてよっ! だいたいねえ、私たちに何の相談もなく勝手過ぎでしょ?! 白金貨目的で近づいてくる奴なんて何考えてるかわからないじゃない! 今だって、あのテーラって奴が権力振りかざして奪い取ろうとしてきたらどうするつもりだったのよ!?」
「うう~」
声こそ潜めているがナーサは相当お冠の様子だ。
ユミスも不満そうではあったが、ナーサの言い分に理があるので何も言い返さないでいる。
まあ、こんなところで変なのに引っ掛かって魔法を使う羽目にでもなれば元の木阿弥だ。そう考えるとあのアホくらいでちょうど良かったのかもしれない。
「許可証も手に入ったんだし、そうと分かればこんな所に長居は無用ね。さっさと行くわよ」
そんなわけで、噂話を聞くのもそこそこに俺たちは会合が行われる場所へ歩みを進めることにしたのだった。
―――
「失礼、招待状はお持ちか?」
「招待状はありませんが、この許可証で宜しかったでしょうか? 本日の晩餐会はこちらと伺っておりますが」
「おお! ようこそいらっしゃいました、ご婦人方。主ジャンルカに代わり、あなた方を歓迎致します!」
「ジャンルカ様にはご機嫌麗しゅう。お目汚しになるかもしれませんが失礼致します」
そう言ってユミスが慎ましく両手でスカートの裾を少しだけ上げて礼をすると、門番も丁重に俺たちを出迎えてくれた。
最初は慇懃無礼な態度であったが、許可証を見せてから露骨に媚を売るような色合いを見せ出す。それだけあのテーラが、というより父親のオドアクレが恐れられているってことだろう。
「フフン、それだけじゃないけどね」
ナーサが耳元でニヤニヤしながら囁いてきた。
……そりゃ俺だって少しは認識したさ。
鏡で見た自分の格好が目を見張るほど可憐で美しかったのだから。
俺たちは宝飾ギルドに足を運び洗浄魔法と乾燥魔法を受けた後、着替えを済ませ化粧とアクセサリーでめかし込んだ。
どう考えたって俺がドレスを着るなんてめちゃくちゃだと思っていたのに、あれよあれよという間に鏡の前にはピンクのドレスを身に纏ったとても可愛らしい女性が出来上がっていた。
「お綺麗で、うらやましいです」
ギルドの職員がお世辞を、……いや唖然として苦笑いしてたか、そんな事を言っていた。
シニヨンとかいう髪型にティアラを付け、首からは髪の色と同じ真紅の宝石が付いたネックレスを下げる。
そして絶対に無理だろうと思っていた胸についても、あのロベルタがすでに細工を施していたので特に違和感無く着飾ることが出来ていた。
「なるほど、胸元のコサージュと多めのフリルでごまかしたのか」
「貧乳でも工夫次第で美しくなれる……!」
ナーサとユミスが恍惚な表情を浮かべながら品評していた。
貧乳って、そもそも胸なんてあるわけないだろ。
二人ともなんかおかしいって気づけ。
「酒場であんなフリフリの服着てウェイトレスやってたんだから、ドレスが似合わないはずないわよね」
「ターニャも最初は女だって素で間違えてたし、とっても綺麗」
俺ばかり言われているが、一応、二人もドレスで着飾ってはいるんだ。ただ、どう考えても俺のドレスはおかしかった。
これでもかというほどたくさんのフリルに彩られ、その全てに宝石が輝いている。良く見れば細かな刺繍やビーズを用いた手の込んだ装飾が施されており、いったいどのくらい手間隙が掛かっているのか見当もつかない。
「私のはそもそもお古というか動きやすさ重視だから」
「私は侍女のを借りてきた」
ナーサもユミスももはや自分の格好については適当だ。完全に俺だけ宙に浮いて空高く舞い上がってる。
「まあ、私たちはあんたの御付なんだし、これでちょうどいいんじゃない?」
「ん……」
「ってか俺としては二人こそ綺麗な衣装を着た方がいいと思うんだけど」
「はいはい、ありがと」
「……今度また」
何を言ってもけんもほろろな応対しかしてもらえず、俺は途方に暮れるしかなかった。
――もはやなるようになれだ。
そう思って覚悟を決め馬車に乗り込んだのだが……。
いざ門前に到着し外に出てみると、とにかく至る所から視線を感じとてつもなく恥ずかしい。
それにこのハイヒールが突っ掛かってゆっくりとしか歩けないんだ。ドレスを引きずらないようにする為には必要なんだろうけど、なんとも心許ない。
そんな俺とは対照的にユミスの佇まいは完璧であった。門番との対話もそつなくこなし、歩き方も優雅で気品に溢れている。
もし彼女がいなかったら、いくら見た目が美しかろうと不審がられて門番に止められていたかもしれない。
「凄い……ですね、ユミスは」
言葉遣いと声色に気をつけながら俺はユミスを賞賛する。
「ほんと、普段のつっけんどんした態度からは考えられないわ。だいたいジャンルカって誰よ? いきなり言われて私は冷や汗かいてたのに」
「私も存じ上げませんが、美辞麗句は貴族の嗜みではないですか?」
周囲の目があるのに酷い言い草だ。
「それに私たちはテーラ様にお招き頂いたのです。あまり気にしても仕方ないでしょう」
「……恐ろしい子。まあ、あんたとカト……レーヌ様の美貌があれば大抵の場所はフリーパスよね」
くっ……! 今それをここで言うか?
ナーサの奴、護衛の立場だからって気兼ねなく話し過ぎだろ。俺はボロが出ないように話し方にしても歩き方にしても細心の注意を払ってるってのに。
ふう……。
とにかく落ち着いてゆっくりとだ。
笑顔を絶やさず、ドレスの裾をヒールで引っ掛けないように気をつけて。
そして何とか会場の入り口に辿り着いた、その時――。
中からドッと喝采が沸き起こり、それとともに興奮した人々の声が響き渡ってきたのである。
次回は12月5日までに更新予定です。




