第九話 眉唾物の強制依頼
時間が出来たので投稿します。
3月3日誤字・脱字等修正しました
翌朝、まどろみながら目を覚ますと、不機嫌そうな顔のレヴィアの姿があった。
「竜人化はゆっくり羽を伸ばして眠れないから困る」
キミがうらやましいよ、と欠伸をしながら伸びをする彼女の朝はいつもこんな感じだ。
だから――。
「ちぃーっす! 今日もお美しいですねぇ!」
「あら、ありがとう」
フアンが昨日とは打って変わってレヴィアの容姿を褒めちぎっていること自体、滑稽に見えてくるから不思議だ。
それを優雅に返すレヴィアもどうかと思うが、朝のズボラな彼女にその1%でも分けてあげた「キミ。何かよからぬ事を考えているね」
「いや。別に」
「後で覚えてなさい」
ふう。あぶないあぶない。
マリーもそうだが、レヴィアも鋭いんだ。
「かぁあああ、俺はお前がほんっとうに羨ましいぜ! 昨日もレヴィアさんと一緒の部屋で寝たそうじゃないか」
「しょうがないだろ。宿代浮かす為だ」
「何言ってんだ。お前ぐらいの年の奴が姉ちゃんと同じ部屋で寝るかっつうの。このむっつりが」
フアンは今日も今日とて元気だった。
まだ会って間もないが、違う意味で圧倒される男である。
「んっ、コホン。……それで、レヴィアさんの寝姿とかはどんな感じなんだ?」
「はぁあ?」
「ずっと一緒の部屋だったんだから見てたんだろ? あんな美人が寝乱れる姿! ああ、想像しただけで俺はもう……」
フアンが一人で勝手に盛り上がっている。
さすがに付き合ってられない。
「気にするな、カトル。馬鹿の病気だ」
「あ、どうも。おはよう」
「おう。結局、お前も行く羽目になったな」
そう言って、筋肉を揺らしながらイェルドが笑う。
「お前の能力、本部で話題になってるぜ。やはり俺の目に狂いはなかった。なんだありゃ。お前の剣術は是非後で披露してもらいてぇもんだぜ」
「いや、それ昨日マリー相手にやって、めちゃくちゃ疲れたからパスで」
「はっはっは、マリーの姉さんの全力をものともしなかったらしいじゃねぇか。それが味方ってんなら心強い。今日から頼むぜ」
イェルドの外見は筋骨隆々でいかにも武闘派というこわもての男だが、話してみると気さくでいろいろ面倒見の良い奴だった。
「ギルマスに二人のことは伝えてある。それで、カトル。ランクアップはお前にも適用だそうだ」
「なっ!?」
「それは本当か!? キミ、とりあえず別の依頼を受けて灰タグに上げて来よう」
「おっと、レヴィアの姉さん。そいつはダメですぜ。灰タグに上げるくらいなら問題ない、ってのがギルマスの意向なんで」
「あのクソジジイ……!」
ボソッと呟くレヴィアにイェルドが苦笑いしている。
マリーも笑っているのを見ると彼女にも聞こえたんだろう。
「それなら5人揃ったことだ。そろそろ――」
「出発しましょう」
「いや朝ごはんを食べに行こう!」
「少しでも早く依頼をこなすべきでしょう?」
「ごはん……」
このやりとり昨日もやったな。レヴィアは食事の件ではマリーに譲らないので、またしても彼女は涙目だ。
結局、さすがに朝食抜きはキツイというマリーの泣きの一言に、30分だけ屋台で適当に摘むことになった。
実は昨日レヴィアから小遣いと称して銀貨1枚をもらっていたので、マリーが漁っている間に俺もいくつか気になっていた料理をゲットする。
ポークソーセージやコーンサラダ、サンドイッチとどれもなかなかに美味しい。昨日食べたサーニャの店の料理に比べると落ちるが、これはこれでありだ。やっぱり孤島で食べた料理とは味が違う。おそらく細かに入っている調味料の差だろう。
ちなみに1銀貨が10青銅貨、1青銅貨が10銅貨だが、だいたいの食べ物が銅貨2、3枚で購入出来る。
お腹が膨れるまで食べると青銅貨1枚程度は必要という計算だ。もらった銀貨で、大体三日間分の食事代ってとこか。
銀貨より価値のある通貨も出回っているそうだが、とりあえず暮らす為にはこの銀貨を集めるのが有用と考えて間違いない。
その為には仕事して稼ぐのが手っ取り早いのだが、傭兵ギルドの仕事と言えば依頼達成だ。
「おいしい食事の為にも頑張りますか」
傭兵ギルドの一員となって初任務、ギルドマスターからの強制ミッションがいよいよ始まるかと思うと、ちょっとした武者震いを感じて、俺はふうと大きく息を吐いた。
―――
「モンジベロ火山麓の洞窟内調査?」
昨晩、遅くまでサーニャの店で陣取っていたマリーは、他の客が居なくなったところでようやく依頼内容を話し出した。
サーニャが気を利かせて店を閉め、すでに日雇いの店員も帰らせている。
自身はマリーの食べ終わったものの後始末、主に皿洗いをひたすら行っているが、本当に同情を禁じえない。
「あの山の火山活動は収まっていないでしょう? 調査したところで誰が採掘を行うの」
「まあ、そう考えるのが普通だな」
レヴィアはマリー相手だと容赦がない。
ただ、マリーの方も慣れているのか特に気にした素振りもなかった。
「あくまで鉱物資源の調査は副産物だ。主眼は別――ある噂の調査だ」
「う・わ・さ? 何だか一気に眉唾ものになってきたわね」
若干、呆れたような口調でレヴィアが口を尖らせた。
「まあ、そう言うな。私だって、はじめギルドマスターから聞いたときは怒って帰ろうとしたんだ」
「まさか怪物でも見たとか言うんじゃないでしょうね」
その言葉を聞いて、マリーは若干強張った顔つきになった。
「待って。……本当に?」
「ああ。私にとっては、いや私の一族にとっては切っても切れない存在――ドラゴンを見たというんだ」
その一言にレヴィアが息を呑む。
長老の事でイラついていた時よりもはるかに恐ろしい表情だ。
……うーん。
ドラゴンと言われて怒っているわけではなさそうだしレヴィアの怒りの理由がわからない。
俺は、長老からの言いつけもあったから、同胞に会ったら孤島に一度は帰るよう伝えなきゃな、程度の感想しかもたなかったんだけど。
この時、俺はまだ事の重大さをわかっていなかった。
それを後悔するのは後のことになる。
「まあ、驚くのも無理は無い。私だって半信半疑だからな。ただ目撃情報が嫌に信憑性が高いんだ」
なんでも、目撃したのは傭兵ギルドの高ランクパーティだったらしい。
火山の麓の、ある洞窟の中を鉱物資源調査の為に探索していたのだが、奥に巨大な空洞があり、そこにマグマが湧き出る場所があったらしい。
あわてて逃げ出そうとしたところ、突如として現れたのが自分をはるか見下ろす巨大な怪物だった。
「その者によれば、大きさは10m以上、赤銅の鱗で全身が覆われ、何より特徴的だったのはその体躯を超えるほどの大きな二つの翼を有していたそうだ。洞窟自体も不自然に入り口を髑髏の形をした巨大な岩で塞がれていて、中もかなり入り組んだ構造になっていたらしい。本人は火山に封じられたドラゴンではないかと言っている」
10m程度の竜族となると、成人したての若い竜だな。赤銅って事は父と同じ火竜か。
ただ、いくら火竜とは言えマグマは危険だ。そんな場所で一体何をやっているんだか。
案外、竜人化を解いて羽を伸ばしているだけだったりして。
まあ、一つ言えるのは10mにも成長した竜族が長い年月封印されるなどありえないってことか。もしそんなことになっていたら、さすがに長老が黙っていないだろう。
「封じられている、ねえ」
レヴィアも同じような見解らしく眉を顰めている。
「まあ、そのあたりは行ってみないとなんともな。正直、私も胡散臭いとは思っているが、一つだけ気になる事を言っていてな」
「気になる事?」
「そやつは命からがら逃げ帰ってきたわけだが、それからずっと、それこそ寝ている間も恐怖を感じ続けているそうだ。ギルドマスターは何かの魔法の影響だろうと言っているが、もしそれが本当なら恐怖魔法を使える存在がいるということだ。それだけでも確認する必要がある」
「恐怖魔法、ねぇ」
「これはあまり他言して欲しくないが、初代が残した書物にドラゴンについての記述があるんだ。ドラゴンの咆哮には様々な魔法と同じかそれ以上の効果があるとな。――レヴィ、さっきからとても胡乱気な目で私を見ているが、言いたい事があるならはっきり言えばいいだろう?」
熱情のこもったマリーとは対照的に煮え切らない態度のレヴィアだったが、ついにマリーの方が怒って文句をぶつけだした。
ただこればっかりは、どちらの言いたい事も分かるので俺は何も言えず二人の様子をそのまま見守る。
「うーん。なら言うけど、怒らないで聞くと約束して」
「ああ、わかった。努力する」
「努力って……まあ、いいわ。まず、話がややこしくなりそうだから、その人が見たものは本当にドラゴンだったとしましょう」
「おお!」
マリーがドラゴンの存在を肯定されて嬉しそうだ。
一族と切っても切れない関係があるとか言ってたが、マリーのドラゴンに対する情熱は凄いものがある。
「それで、前回みたいにマリーと私が指名されて行くわけよね?」
「う、む。そうだ」
急に、マリーの歯切れが悪くなった。
「洞窟に」
「……ああ」
「ちょうど前回の依頼で指名されて行ったのも洞窟だった」
「ああ、もう。本当にレヴィは意地悪だな」
「まだ私は何も言ってないでしょう。あくまで、冷静に現状を確認しているだけよ」
なるほど。俺にもわかったぞ。
前回、二人は森にある洞窟の調査でひどい目に遭っているんだ。それなのに、また同じような依頼を受けていると。
報酬が報酬とは言えマリーはよくこの依頼引き受けたな。
全然懲りて無いじゃん。
「言いたい事はわかった。普通なら断る話だ。私はまんまと引き受けてしまったんだな。だが、仮にもドラゴンの話を出されて断ってしまっては、スティーア家の一員である資格はない」
「……まあ、そうよね」
ん? どういうことだ。
レヴィアは糾弾していたわりに普通に頷いているし。
「あのー、話が見えないんだけど資格って?」
「ああ、すまんすまん。私の一族はドラゴンスレイヤーの家系なんだ」
「はぁ?!」
ちょっ、どういうことだレヴィア!
ドラゴンスレイヤーって、ようは同胞を殺したってことだよな!?
何でそんな奴と一緒にいるんだよ!
俺は咄嗟にカッとなってレヴィアを睨みつけるが、落ち着きなさいと口パクで伝えてくる彼女を見ていったん矛を収める。
「そんなに驚くな、カトル。あくまで魔法の天才であった初代がドラゴンを討伐して貴族に賞せられたのが始まり、というだけだ。別に当主が代々ドラゴン討伐の偉業を成し遂げているわけではないぞ。それどころか……あ、いや、なんでもない。ただそんな事情がある以上今回の依頼を断ることは出来なかったのだ」
マリーの話に結構出てくる初代。
スティーア家という貴族由来の魔法の天才とのことだが、レヴィア……(めっちゃこっち見てる)は若いから知らないとして、長老は知っている人物なのだろうか。
いずれにせよマリーは関係なかった。祖先がたとえ竜族の同胞を殺したとしても、そことマリーを結びつけるのはおかしな話だ。
俺が冷静になったのを見てまたレヴィアが話し出す。
「そういった経緯を踏まえて言わせてもらうわ。今回の依頼がマリーの家の事情を絡めた罠という可能性を拭いきれないのが一つ」
「……むう。確かに今の話を聞くとそうだな」
マリーが悔しそうに頷く。
「そしてもう一つ。罠でないとしても、そもそもドラゴンの存在を確認しに行くなんて自殺行為に等しい内容よ。そうである以上、マリーや私を邪魔に思っている連中がいる可能性も捨てきれないわね」
「そんな?! 今回の依頼でランクが上がれば私は故郷に帰るんだぞ」
「ランクを上げる、という行為自体気に入らないのかもしれないね。ランクだけ上がって、貢献もせずに故郷に帰られたら大損と考える連中は間違いなくいるはずよ」
「むむむむぅう」
身分証の更新手数料に税が課せられているってやつだ。ランクが上がると様々な特典や報酬があるのだが、それだけ使われていざ税収は別の国に支払われてしまうのではこの町のギルドだけ大損することになる。
「とまあ、ドラゴンが居たと仮定して話したけど、そもそも本当にいるの?」
「それこそ、行ってみればわかることだろう?」
「はぁあ。マリーのその素直で純真な所は長所だけど、短所でもあるわね」
レヴィアは溜息を突きながらも最終的にはマリーの言葉に賛同の意を示した。
「それで、キミも行くかい?」
ちょっとそこまで散歩に行くような軽いノリでレヴィアが聞いてくる。
「いやいや、もう依頼内容を話したわけだし、来て貰わないと困るぞ、カトル!」
「ちょっと待った。俺、その何とか火山の場所も知らないんだけど」
俺の意見はすでに決まっている。
レヴィアが受けると決めた以上、それに従うまでだ。まあ彼女がいれば何があろうと大した問題にはならないだろうしね。
「ああ、すまんすまん。モンジベロ火山は西の森のさらに先にある。明日の朝晴れていれば見えるぞ。雲に届く雄大な頂きが」
―――
「確かに雲がかかってるなあ」
今日は晴れていたので、火山は問題なく見てとれた。頂上付近は雲に覆われているのでかなりの標高だろう。孤島にあった山は1000m程度だったので、それに比べれば倍以上ありそうだ。
何度も火山活動を繰り返していて今も活動中とのことだが、よくよく見渡せば町の郊外に家より大きな岩がそこかしこに転がっているのがわかる。大昔には海まで火砕流がたどり着いたらしい。
森で様々な鉱物資源を採掘出来るのは、全て火山活動による恩恵とのことだ。
「火山の麓には溶岩流で出来た洞窟がたくさんあるんだ。なにしろ森でもまだまだ採掘出来る場所があるからな。きっとお膝元には素晴らしい鉱山が眠っている、とでも上は皮算用してるんだろうぜ。ったく面倒くせぇ話だ」
イェルドが若干しかめっ面をしながら教えてくれる。
火山の麓にたどり着くには森を突っ切ったとしても最低3日はかかるので、調査に行くだけでも手間で仕方がない。しかも森の奥は猛獣の類がうようよしており、厳重に警戒しながら移動する必要がある。
これで鉱山の一つでも見つからなければイェルド的には完全に骨折り損なんだろう。
まあ、俺としては本当にいるなら同胞に会ってみたかったし、件の鑑定魔法の修練もあるので、かなりやる気に満ち溢れていたわけだが。
「はいはい、30分経ったよ。今度こそ行きましょう」
レヴィアの言葉を合図に、もうあと少しだけと渋るマリーの耳を引っ張りながら、一行は西の森に向かって歩き始めた。
今度こそ年明けまで更新ストップ予定です。
皆様良いお年を。
来年は1月4日に更新予定です。