第三十話 シュテフェンに向けて
9月22日誤字脱字等修正しました。
「はぁ、はぁ、ふぃー!」
「ううう~!」
「……っ」
「み、見えた! あれだな?!」
「うう、ううう~!!」
「……コクコク」
俺が滑り込むように着地すると、途端にユミスがばたりと崩れ落ち、その隣ではナーサが涙を流しながらもだえ転がっていた。
「あ、あ、後で……お、ぼえておきなさいよ……!」
「ん……、ん……」
「いや、一番大変だったのはどう考えても俺だろ?!」
「こんな大変だって知ってたら、絶対賛成なんかしなかったわよ……」
「……コク」
ぐったりしながらも文句を言うナーサともはや動く気力もないユミスが、若干湿った土の上で汚れることも厭わず地面に突っ伏していた。だが俺は容赦なく言葉を投げかける。
「急がないと船が出るぞ。休むのはそこでも出来るだろ?」
「こ……こんな状況で船に乗ったら絶対に酔う……!」
「……っ」
「はいはい。泣き言は後でゆっくり聞くから、行くぞ」
「う、うえぇ……」
「やる気モードのカトルは、鬼」
俺は二人の腕を引っ張って立ち上がらせると、そのまま引きずるように街へと急いだ。
今が朝の9時前。
ちょうどマンフレドーニアからシュテフェンに向かう船が出発するところであった。
―――
「めちゃくちゃ早起きして二人を担いで湿原を走れば、もっと先で出航する便に乗れるかもしれない」
俺が静寂魔法の外れ際に提案した内容に、ナーサは半信半疑の顔をし、ユミスはあからさまに拒絶反応を示した。
だがそれによって明日の夕方前にシュテフェンに着くことが出来れば、状況によっては当日中に魔道師ギルドの長に面会できるかもしれない。
ネックになるのは誰かに走っている姿を見られる事だが、湿地帯が続く樹海の中ならそう簡単には見つからないだろう。ここから先クーネオを経由してマンフレドーニアの街まで比較的川沿い近くに樹海が続くとの事で、そこまではショートカット出来るはず――。
その可能性が示されたとき、ユミスはもの凄く嫌そうな顔をしながらコクリと頷いたのだった。
まあユミスは孤島に居た時、自身に身体強化を掛けて万全の態勢で俺と端から端まで巡っていたから、ある程度想像出来ていたんだろうけどね。
対してナーサは俺の言葉に疑念を抱くというよりもはや状況の想定さえ出来ていなかったようで、キョトンとした顔で「そんな無理が利く竜族の体力は凄い」とのんきにのたまわっていた。
「じゃあ、俺はご飯を食べたらすぐ寝るよ。えっと、シュテフェンへの出航時間はマンフレドーニアが朝9時と」
「はい?! マンフレドーニアって、ここからどれだけ離れてると思ってんのよ!」
「え、いや100キロ無いくらいだろ?」
「う……! ってか無茶苦茶にも程があるでしょう?!」
「……こうなったカトルに何言っても無駄。私もすぐ寝て出来るだけ魔力を回復させる」
「何か、ユミス達観してない?」
「ユミスは孤島に居た頃、よく一緒に走り回ってたからな。……まあ、あんな感じの湿地帯なら、5時に起きればなんとかなるだろ」
「あんたねえ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「……ふ」
「ちょっと、ユミス! 何、その諦めたような笑いは!?」
「シュテフェンまで湿地の樹海が続いてればなあ……。あ、でもそれだと疲れてしばらく動けないか。やっぱり、最後は船に乗って休むってのがちょうどいいかも」
「あんたも適当な事を言ってるようにしか聞こえないって! あーもうっ! だんだん不安になって来た」
喚くナーサはさておき、俺は静寂魔法が切れるギリギリまでいろいろプランを考えていたが、ユミスは最後まで浮かない顔をしていた。
俺としては孤島を二人で回ったのはいい思い出なんだけど、この様子ではユミスからしたら結構微妙だったのかもしれない。……ちょっとショックだ。
まあ、そんなわけで翌朝早起きした俺たちは、馬車を宿に預けると道を戻って木々が鬱蒼と茂る湿地帯までやってきた。
若干の準備体操をして気合を入れる。
――よしっ! 準備万端だ。
「じゃあ、いくよ」
「ん、私は絶対にカトルの背中」
「……え?」
「じゃあ、ナーサは大変かもだけど」
「えっ? えっ?」
俺はユミスをおんぶしてナーサの腰を抱え込むように持ち上げると、そのまま一直線に走り始めた。
「わ、わあああー--っ!!」
「しゃべると舌噛むぞ」
「……コクコク」
「う、うう、ううう~!!」
「一応、静かにな。こんな所誰もいないとは思うけど、猛獣の類に気付かれたら相手する時間もったいないし」
「……う、うう~!」
ナーサはすぐに涙目になっていたが、想像以上に足元がぬかるんでいた為、加減している余裕はなかった。少しでも足を緩めたら間に合わないと悟った俺は、途中からはかなり必死で走り、からくも時間ギリギリでマンフレドーニアに辿り着く。
その時には俺も含め皆フラフラ状態だったが、滑り込みで朝9時出航の船に駆け込むとそのままアトリウムにある共用テーブルにへたり込んだ。
「なんとか間に合ったな」
「間に合った、じゃないわよ……」
「ん……」
二人とも相当つらかったのか、テーブルに顔から突っ伏したまま動こうともしない。
さすがにこんなギリギリに船に飛び乗るような客は俺たちぐらいだったようで、注目の的になっている。よくよく周りを見れば、身なりの良い服を着た者たちが多く、その中に汗まみれの俺と土汚れの目立つナーサとユミスがいるのは完全に浮いてしまっていた。
こうなってくると混雑で個室が満室だったのは痛い。ゆっくり休めないのもそうだけど、ユミスの存在を知られては元も子もない。
「いったん別の場所に移動する?」
「ん……必要ない。貴族はこんな場所にいないから」
「あ、そうか」
確かに貴族なら個室を占有してくつろいでいるに違いない。そうなると、例の身なりの良い服を着た者たちは商人の類だろうか。
「何だか、傭兵が多いわね」
「商人の護衛って感じ?」
「たぶん、そんなところ」
ナーサが顔を突っ伏したままボソッと呟く。
俺は視線をそのままに周囲の様子を伺うと、着飾っている連中の何人かは腕っぷしに自信のありそうな風体をしていた。
なるほどね。
さっきから感じる視線はほとんどが護衛の傭兵のものだったわけだ。
そりゃあ連中にしてみれば、いきなり駆け込んできた俺たちは怪しく映るだろうから警戒もするよな。
よく見れば、そういった護衛らしき者以外は全く俺たちを気にする素振りも見せていなかった。隣のテーブルに陣取っている恰幅の良い男たちなど、なにやら薄ら笑いを浮かべヒソヒソ話をしているようだが、ここからだと完全に筒抜けである。
「――本日は大きな会合がありますから、そこで良い話にありつけると思ってやって来たのですよ」
「ほう、あなたもご参加か。実は私もオドアクレ閣下がいらっしゃると耳にしましてね。これは大きな商談に結びつくものと……」
「オドアクレ閣下がお出ましとは素晴らしい。何を隠そう、私はこれでも王都の貴族にコネがありましてね。その貴族様方の大半が何とかシュテフェンのお偉方と良い取引が出来ないものかと願っているのですよ」
「ほうほう。私は王都のコネはいささか足りないかもしれませんが、魔道師ギルドの方々には良くしてもらっておりまして……」
……この男どもはなぜか分からないけど無駄に体裁を気にして争っているな。たかが世間話をしているだけだろうに、商人の性だろうか、笑顔の隙間から本性が見え隠れしている。
ふと見れば机に突っ伏していたユミスもまた聞き耳を立てていた。気になる内容でもあったのだろうか。
「なんと、魔道師ギルドの方も会合にいらっしゃるのですか?」
「それは参りましょう。オドアクレ閣下がいらっしゃるのですから」
「はっはっは、これはまたとないチャンスだ。是非わたりをつけて魔石を大量に購入させて頂きたいものです」
「ほう、あなたの狙いは魔石ですか。それなら私もいくつかご用意が――」
「おお! ならばお部屋でもう少々お話を伺っても宜しいかな」
商人たちはにこやかに笑みを交わしながら席を立ち客室の方へと歩いて行く。その後ろを服装だけは華美に着飾った明らかに違和感のある連中がゾロゾロと付き従っていった。
やがてその一角から人の姿がなくなると、ユミスが俺だけに聞こえそうな声でボソボソと囁いて来る。他からの目を気にしてるのか、顔は突っ伏したままだ。
「オドアクレと魔道師ギルドの長は昵懇の間柄。もしかしたら――」
「さっき言ってた奴らの会合に行けば会えるかもってこと?」
「ん……」
ユミスによれば、元々オドアクレは先代の王ゼノンがまだシュテフェン公爵だった時の腹心で、公爵が即位した際に直轄地となったシュテフェンを任されたという。
それが元で今では実質シュテフェンのトップとして君臨するオドアクレだが、魔道師ギルドと繋がりが深く、長の姪を妻に娶り権勢を振るう要注意人物の一人だった。
確かにそんな関係なら長自身も会合に出席するかもしれない。
……そう言えば魔道師ギルドの長の名前を聞いてなかったな。
「それで、長の名前はなんて言うの?」
「……フェリクス」
そう呟くユミスの声が若干震えているように聞こえた。だが、次の瞬間には普通の声に戻っていたのでこの時はあまり気に留めなかった。
「あの人たちでも参加出来るなら、行ってみる価値があるかもしれない」
「会合か……。俺たちは商人として参加するの?」
「ん……ごまかしがどこまで通じるか次第」
今、俺たちはユミスの詐称魔法で実在する王都の商人に扮してる。ステータスなんかは全部ユミスにお任せだが、一度それを覗こうとして鑑定魔法を使った際に最近の癖で看破魔法を使ってあっさり詐称を見破ってしまい怒られたので今どうなっているかは不明だ。
「詐称魔法は苦手なんだから大人しくしていて」
そう言われると何となく普段よりせせこましい感じはするけどね。
ただ本人は心配そうだったけどユミスの魔法に疑いの余地はなかった。面と向かって看破魔法を掛けられるような事がなければ、そう簡単にユミスの魔法が見破られるはずがない。
まあ、そもそも俺がどれだけうまく詐称魔法を使えても、現在出回っている鉄石と同等になる為には鑑定魔法のレベルが25にならないとダメみたいなので意味がないんだけどね。
「でもさ。会合とかに出たら、さすがにユミスは顔でバレちゃうんじゃないの?」
「前面に出るのはカトル。私は変装して侍女として傍でこそこそしてる」
「なっ……?」
ちょっと待て。そんなの初耳だ。
「カトルがどうしても嫌ならナーサにやってもらおうと思ってたけど――」
「残念だけど私もダメ」
「何で? ナーサなら見た目も立ち振る舞いも何の問題もないじゃん」
「それは……不本意だけど、私はラティウム連邦の公爵家に連なる者なの。他国の貴族が集う場所に、傭兵としてならともかく個人としての参加は許されないわ」
ぐっ……。そういう貴族とか国とか出されると、それがどういう事態を招くのかわからない俺は強く出ることが出来ない。
「……了解。俺はそういうしがらみ何もないからな。せいぜいうまく道化役を演じて見せるよ」
そんなわけで不承不承ながらも俺は約束をしてしまったわけだが。
この約束が後でとんでもない状況に追い込まれる事になろうとは、この時の俺は全く想像もしていなかった。
次回は11月27日までに更新予定です。




