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第二十九話 ユミスの覚悟

9月19日誤字脱字等修正しました。

「は、はい……」


 上機嫌だったヴァスコはユミスの言葉に縮み上がった。見た目からすると娘か孫のようなユミスにそこまで怯えるのは、潔白ではないと暗に示しているようなものだ。


「卿も本来は死罪である者を庇い立てしたのだから、覚悟は出来ていよう?」

「は……。いかような罰も甘んじて」


 再び頭をこすり付けて平伏するヴァスコに、ユミスは眉を寄せつつ続けた。


「卿へ申し渡すことは三つ」

「はっ」

「まずアヴェルサに着き次第、伝聞石で王宮に連絡を取りタルクウィニアに今回の件を正確に伝えよ。その際、静寂魔法(サイレント)の魔石を使うことを忘れるな」

「畏まりました」

「フォルトゥナートの身柄はタルクウィニアの指示に従って解き放て。事は傭兵ギルドのマスターの命に関わる問題だ。もし瑕疵があれば相応の報いは卿が受けることとなる」

「肝に銘じます」


 いろいろ言われたけど結局の所このおっさんには何もされてないわけで、ユミスもその辺がわかっているのか無茶な事を伝えていない。


「次に、このまま卿は別行動を取れ。私たちの事は知らぬフリで何食わぬ顔をして城下に戻るのだ」

「はっ……。しかしそれでは貴女様が――」

「良い。自分たちの事は何とでもなる。卿の名演技に期待する」

「……努力致します」


 まるで、ヴァスコが誰かに監視でもされているような言い草だ。

 ……ユミスの警戒しているものが何かぼんやりと見えて来た気がする。


「最後に、これから十日以上経過して、万が一私たちがアヴェルサに戻らなかった時は……」


 そしてユミスは両目を閉じ何かに祈るような仕草をした。


「カルミネを裏切り、シュテフェンに寝返りせよ――」




 ―――



 ヴァスコはしばらくの間、頭を下げ続けていたが、ユミスの言葉に泣く泣く去っていった。

 その姿を御者の位置で見送りながら俺はしばらく何も言えず押し黙る。

 危険な旅とは感じていたが、まさかユミスが死を覚悟しているなんて思ってもみなかった。

 それだけシュテフェンでは何が起こるかわからないって事なんだろうけど、ユミスの思いがどれだけ強かろうと俺には彼女が傷付くのは絶対に看過出来ない。

 それこそ後でじいちゃんにどれだけ怒られようとも全力でユミスを守り抜く。それだけは竜族(カナン)の誇りにかけて何が何でもやり遂げるつもりだ。

 そんな事を考えていた為か、ユミスが少し困ったような、それでいてはにかんだ笑顔を向けて来た。


「カトルは少し心配性になった」

「そりゃあ三年も会ってなくて、あんな連中相手に頑張ってるの見たら心配にもなるって」


 無理やり低い声を作ってまで必死に努力してる姿を見たら、面白いを通り越して不安にもなる……ってあれ?

 何だか急にユミスが眉を寄せて口をすぼめているんだけど。


「カトルのバカ……」


 そう言ってユミスはふくれっ面をする。それにナーサが追い討ちを掛けてきた。


「ほんとあんたはバカね」

「なっ……」

「ユミスが侮られないように頑張ってるのを、さっきもだけど笑いそうになってるし」


 げっ……、顔に出てたのか。それは非常にまずい。

 俺は言い訳せず平謝りする他なかった。

 その甲斐あってなんとかユミスは機嫌を直してくれたけど、その間ナーサにちくちく言われて地味にへこむ。


「それで、少しは魔力回復した?」

「むう。やっぱり心配性だ」

「もう、その話題はいいって」

「あんたが悪いんじゃない」

「ナーサは煽るな」


 聞きたい事があるのに、全然話が進まないっての。

 俺が不満そうな顔をしたらユミスがようやく頷いてくれた。


「……ん。簡単な魔法なら使えそう」

「じゃあ、あのおっさんの町に着いたら、また消失魔法(ヴァニシング)を使うか?」

「それは……意味が無い」

「えっ? どういうこと?」

感知魔法(ディテクトマジック)を使われたら、かえってすぐにバレるから」

「そんなの跳ね返せば良いんじゃね?」

「術者が遠くに居る時は跳ね返し魔法(バウンスバック)が届く前に居場所を知られる。……お爺様の授業で習ったでしょ」

「あ、そうだっけ?」


 俺自身、感知魔法を使えないから探知魔法と同じかなって勝手に思ってたけど、どうやらだいぶ違うらしい。探知魔法は相手の力を探って情報を持ち帰るが、感知魔法は発生した魔力を知らせるだけなので伝達速度に相当の差が出るとのこと。

 稲光と雷鳴みたいなものか。

 それなら魔法を使わないようにするしかない。


「ユミスは隠密魔法(シークレシィ)は使えないのか?」

隠密魔法(シークレシィ)……って、ターニャに掛かっていた謎の効力の魔法ね」

「ラドンが掛けてたから、多分音魔法の派生なんだろうけど」

「お、音魔法の派生……」


 あれ? ユミスがしょげちゃった。

 もしかして音魔法が使えない――ってことはないか。


「音魔法でどうやったら魔力を感知させなく出来るの? 阻害魔法(インハビション)ならともかく、どんな仕組みなのか皆目検討もつかない……」

「目の前で使ってたのを見てた俺もさっぱりだったけどね。ラドンは音波の壁って言ってたけど」


 そういや、飛行(フライト)移動(コンベア)の魔法を使ってた時はさらによくわからない魔法を掛けてたんだよな。風魔法と音魔法を掛け合わせたみたいな奴。


「見当付く?」

「付くわけないでしょ! 隠密魔法(シークレシィ)でさえわからないのに」

「はぁ……。二人とももう少し私にもわかるように話してよね」


 とりあえずユミスはこのままで帽子だけ深めに被るとのことだ。確かに、あの煌びやかなドレスを纏わず、髪も帽子で覆い隠せばそう簡単に見分けは付かない。

 それに――。


「誰かが魔法を使っても、すぐ跳ね返すから」


 探知系統の魔法なら、俺がすぐ対処してしまえばユミスの所在は実際に目で見て調べるしかなくなるという公算だ。これならユミスが魔道師ギルドの連中に見つかる可能性はグッと低くなるはず。


「カトルのスキルは魔法を使う者にとっては天敵ね」


 ユミスが呆れ半分悔しさ半分で文句を言ってきた。

 こと魔法が関わるとユミスは饒舌になるなあ。


「とにかく、私としてはここで野宿をしないってことが分かればそれでいいわ。だから御者さんは早くしてね~。宜しく」

「ったく、調子のいい」


 ナーサが茶化すように話して来たので、俺はあえてそれに乗っかることにする。

 きっと彼女もなるべく場の空気を軽くしたかったのだろう。――それだけ先程ユミスがヴァスコに発した言葉は重かった。




 ユミスはヴァスコに最悪の事態の可能性を告げた。

 ユミスが魔道師ギルドの手に落ちた時、そのままシュテフェンはカルミネに攻め込んでくる。その被害に最も晒されるのは、テーヴェレ川沿いの宿場町であるアヴェルサ、クーネオ、マンフレドーニアの三都市に他ならない。

 だから攻める意思を示される前に最初からシュテフェンへの恭順を示すよう三都市の領主間で(はか)る旨を指示した。――被害を最小限にする為に。

 ヴァスコはその心を読み取ると、ようやく全てを理解し、ユミスを本気で(いさ)め始めた。

 それはこれまで抱いていたユミスへの悪意を包み隠さず示し、それでいて命を賭ける事の愚かさを説くものだった。

 それまでの権力の犬が如き露骨な態度はどこへやら、まるで父親が娘を叱るように切々と話す姿勢にユミスも本気で困っていた。

 ただ、その言葉でユミスの意志が変わるはずもなく――。

 それを伝えると、ヴァスコは声を殺したまま涙を零し深々と頭を下げた。


 俺は二人の会話を黙ったまま聞いていた。

 ユミスがなぜ命を賭けてまでシュテフェンに赴こうとしているのか、完全に理解しているわけじゃない。

 けれど、それをやめさせることが出来るくらいなら、そもそも大陸へなんか行かせないわけで。

 ――俺はすべきことに集中する。

 まずはユミスを安全にシュテフェンまで送ろう。

 そして、何があろうと連れて帰るんだ。



 俺は御者の席に座りヴァスコたち一行の姿が見えなくなるのを見届けてから、ようやく馬車をゆっくり動かし始めた。

 それから二時間ナーサとお馬鹿な掛け合いを繰り広げながら馬車を走らせると、湿地帯を抜け大きな川とその沿岸に広がる街の明かりが見えてくる。

 はじめはあんなぬかるんだ場所で野営しようとしてたって事を考えると、ちゃんとした宿に泊まれるってのは幸運だ。たださすがにユミスが表に出るのは避けたいので、部屋で食事を取ることが出来る宿を選ぶ。


「それで、この後はどうする予定なの?」


 俺は受付で静寂魔法(サイレント)の魔石を購入し、それを使って話し始めた。


「ん……シュテフェンに直行する。出来れば明日の夜までには着きたい」

「無茶ね。普通はクーネオやマンフレドーニアを経由するから三日はかかる行程じゃない」


 ユミスの言葉を即座にナーサが否定する。


「馬車で行くならそうかもしれない、けど」

「あれか。飛行(フライト)移動(コンベア)の魔法とか?」

「……私を竜族(カナン)と一緒にしないで」


 今考えるとラドンの魔法は凄かったんだとわかる。着地がアレなのは難点だが、気配を消せるとんでも魔法と合わせるともはや災害クラスの凶悪さだ。


「ここからは船で川を下って行く」

「おお」


 そうか。船って手があった。

 それなら下るわけだし、馬車で行くより断然早い。


「でも船だと何かあった時逃げ場がないじゃない」

「多少のリスクは覚悟してる。でもここからは時間勝負――。出来るだけ向こうの態勢が整わないうちにシュテフェンに着きたい」

「態勢って?」

「魔道師ギルドにはおびただしい数の魔石があるの。たとえば、それらを巧妙に隠された部屋へ招かれたとしたら、数によっては対処しきれないかもしれない」

「いやそれ普通に考えたらそんな部屋の一つや二つ、絶対用意してるだろ」


 何かあった時に備えて、ってのは当然誰もが考えそうなことだ。それが魔道師ギルドのトップならなおの事と言える。

 だがユミスは少しだけ微笑んで、それから首を横に振った。


「魔石は魔力を消耗するから、ずっとその場所に置いておくわけにはいかないの。ほら見て」


 ユミスが示したのはさっき購入した静寂魔法(サイレント)の魔石だった。

 あれ? 何だかさっきより魔力が弱まっているような気がする。


「鑑定魔法はやめてね、カトル」

「え……、あ、うん、わかった」


 あっぶなあ……。今、普通に鑑定魔法で魔石を調べようとしていた。敵の感知魔法に引っ掛かったら今までの苦労が水の泡になるところだ。


「魔石は一定量の魔力を使いきると粉々に砕け散るの。だから普通の魔石ならともかく効果の高い貴重な魔石を常駐させておくわけにはいかない。それともう一つは位置把握と相性ね。設置場所や種類によっては反発し合って効果をなさないから、準備に相当の時間を要するわ」


 ……ユミスのこの語りよう、絶対いろいろ試したな。

 実験台はターニャ辺りか。

 ふと見れば、ナーサがだんだん呆れ顔になっている。普段は口数が少ないのにここぞとばかり饒舌に話すからな。


「ユミスが魔法マニアだって事は理解したけど」

「……な」


 ナーサがあまりにど直球を投げつけたので唖然としてしまった。ユミスも固まっているが、とりあえず置いておこう。


「話をまとめると、敵が準備出来ないうちになるべく急いでシュテフェンに行き、魔道師ギルドの長に会って話を付けるって事ね」

「……そう、ね」

「私たちの仕事は、怪しい行動をして来る者からユミスを守ると」

「……ん」

「楽観的に考えれば女王であるユミスに早々襲い掛かったりしないはずよね。何かあって戦争になればお互い疲弊するわけだし」


 確かに、ナーサの言う通りだ。あくまでヴァスコに話したのは最悪のケースであって、普通に話しがまとまることだってあるかもしれない。


「出来れば、パッと行ってパッと帰りたいところよね。それこそ日帰り的な」

「それが出来れば苦労はしない……。そろそろ静寂魔法(サイレント)の魔石は効果切れね」


 見れば魔石にヒビが入りつつあった。静寂魔法(サイレント)は上位魔法だけあって同じクズ魔石でも効果が短い。そろそろ話し合いを終わらせなくてはならないようだ。


 でも、そうだよな。

 早めに着いて様子を探ってささっと会えれば危険も少なくなる。

 ……かなり疲れるけど、ここは頑張るべきだ。


「一つ、提案があるんだけど」


 俺は魔石の効果が切れるギリギリのタイミングで話を切り出した。

次回は11月24日までに更新予定です。

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