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第二十八話 運命の岐路1

9月18日誤字脱字等修正しました。

「ちょ、ちょっと待って」


 突然神妙になったヴァスコからまさかそんな言葉が出てくるとは思っていなかった為、俺はどうしていいかわからずナーサを見た。だが唐突に視線を振られナーサも困惑を隠し切れない。


「わ、私だって知らないわよ。いくら正当防衛とは言え、貴族をどうこう出来るわけ……」


 そこまで言ってナーサは何かに気付いたように視線を馬車に向けた。

 あ、そうか。

 伯爵たる地位の貴族をどうこう出来る人がいるんだった。


「いや、うーん……」


 でもそうなるとユミスの同行がこの二人にばれてしまう。それが果たして得策なのかどうか個人の裁量では判断しかねた。

 と、その時――。


「アヴェルサ卿とフォルトゥナートをそのまま馬車の中へ」

「――っ!」


 ユミスの声がはっきりと外まで届いたのだ。

 その明瞭な声音に頭を下げていたヴァスコもさすがに気付いたようで、ハッとして俺と馬車を交互に見やる。


「ま……まさか――?!」

「とにかく馬車へ!」


 ヴァスコが何か言い出さないうちに俺は捕縛したフォルトゥナートを連行し共に中に入るよう指示した。

 だがその行動に納得行かなかったのが、前にいた二人の兵士たちだ。


「お待ち下さい!」

「ヴァスコ様お一人でボロ馬車の中に入るなど、とんでもない――」

「よいっ! 下がれ、ドゥッチョ! ロモロ!」

「はっ……しかし!」

「これは命令だ。下がって待機しておれ!」


 ヴァスコの一喝に驚きの表情を見せた衛兵は、黙って一礼すると後ろの連中が待機している場所まで戻っていった。

 それを見届けた俺たちは幌へ先に入りユミスの安全を確保してからヴァスコを招き入れる。

 中では空間魔法で取り出したのかユミスが準備良く簡易ランプを用意していた。そのぼんやりとした明かりで皆の顔が照らし出される。

 一人フォルトゥナートが土で黒く汚れているものの、それを除けば誰がそこにいるのか十分判別出来る明るさであった。


「やはり、陛下――」

「その名で呼ぶな」

「はっ、も、申し訳ありませんっ!」


 ヴァスコは頭を床に擦り付けるほど平身低頭していた。その姿を見るユミスの表情があまり冴えないのは気になる。

 対してフォルトゥナートは呆然としたまま、ただユミスの顔を眺めるのみであった。いったい何を考えているのか、その表情からは見当もつかない。


「まず、今しがた起こったことを簡潔に説明せよ」

「ははっ」


 ユミスがいつもとまるで違うしゃべり方で問いかけた。威厳を付けるべく殊更に低い声を出そうとしているのだが、かえって違和感の拭えない声色になっていて――はっきり言って面白い。

 だがここで少しでも笑ってしまうとしばらく口を利いてくれないので、俺は鬼の形相でヴァスコの説明を傾聴する。


「タルデッリ伯爵より伝聞石に知らせが入り、この国に仇なす傭兵が馬車で通るゆえ道を塞ぎ捕らえよ、殺しても構わぬ、との命がございました。故に急ぎ公道を閉鎖し準備を整えて参りますと、恐れながら貴女様の馬車が通り掛かったのでございます……」


 なるほど。

 道を封鎖してたから向こうから来る馬車に出くわさなかったわけか。


「……こちらも相応の礼を欠いたかもしれない」

「はっ」

「だが、タルクウィニアと共にこの者たちが居た事を卿は見知っていた」

「……も、申し開きもありません」


 ヴァスコはさらに頭を床に擦り付ける。それを見たユミスの顔色がどんどん悪くなっていった。

 もしかしてこういう崇め奉られる行為が苦手なのか?


「命令により動いてたのであれば卿には情状酌量の余地がある。だが、フォルトゥナートを助けたいのはなぜか?」

「はっ……。貴女様にはご存知ないかもしれませんが、私は伯爵のお父君タルデッリ侯爵により騎士から男爵へと任ぜられました。今日の私があるのは全て侯爵様の恩恵あってこそなのです」


 なるほど。

 俺がフォルトゥナートをやり込めたことで態度を急変させたのは、そういうことだったのか。やたらと部下に偉そうに接してはいたが、恩に報いようとする行動だけは立派だ。


「だが、この者は私をコケにしたばかりか王宮の施策を真っ向から否定し、あまつさえギルドマスターの地位を我が物にせんとしている。その罪はどれほどと卿は裁定するか」


 ユミスの声が冷たく響き渡る。

 先ほどまではお茶目だった声色が、いつの間にか背筋も凍るほどの怒りに満ちたものになっていた。


「はっ、それは……」


 そう感じたのは俺だけではなかったようで、ヴァスコの額からも冷や汗が滴り落ちる。だがそんな様子に留意することなくユミスは冷徹に言い放った。


「アヴェルサを(つかさど)る者として忌憚なく答えよ」


 その言葉にヴァスコは搾り出すような声で返答する。


「死罪が妥当と、存じます……」

「それを身をもって受けると申すのだな?」

「それは――、クッ……」


 ヴァスコは平伏(ひれふ)したまま嗚咽を漏らした。

 何ともやりきれない状況に俺は思わず目を背ける。誰も何も言わず、壮年の男のすすり泣く声だけが、しばらくの間、幌の中に響き渡っていた。


 ――そして沈黙は突如として破られる。

 張本人たるフォルトゥナートが狂ったように笑い始めたのだ。


「クックック、クハハハハハ!」

「何を笑う?」


 一瞬、ビクッとなったユミスは気丈にも再び厳しい顔つきに戻り問いかけた。

 だが、それを一笑に付したフォルトゥナートはユミスへ哀れむような目を向ける。


「私が死罪? それならば王都にいるほとんどの貴族は皆、死が相応しいということになる。これが笑わずにいられようか!」

「なっ……タルデッリ伯爵?! それ以上はお控えなされ!」


 我が身を捨てて庇い立てした男がさらに狂気を振りかざしたことに戦慄し、ヴァスコは何とかその言動を(いさ)めようとした。だが、その矛先は無情にも自身に降りかかる。


「フン、平民上がりは考えがせせこましいな。せっかく父が今の地位にしてやったものを、やはり生まれながらの貴族でないと崇高な考えは伝わらぬか……」


 フォルトゥナートはヴァスコを鼻で笑うと、堰を切ったように叫び出した。


「魔道具を禁止するという暴挙を否定して何が悪い? そんなことも分からぬ愚劣な者が王であることこそおこがましいわ!」

「な……」

「ギルドもそうだ。私を差し置いてどこの馬の骨とも分からぬ(やから)をギルドマスターに据えたばかりか、はした金すら用意出来ない平民如きの依頼を受け入れ始め、あまつさえ貴族からの依頼と同列に扱う始末。挙句の果てが、王宮からの名誉ある依頼を平民如きに打診し、事もあろうにそれが認められ下賜される所業――。いったい誰がこんな状況を受け入れられようものか! もう一度言おう。私が死罪だと!? 貴族全てを敵に回して王を名乗る愚か者こそ死すべきだ!」


 あまりの発言にその場が凍りつく。

 ――この男の考えは何かがおかしい。何かを履き違えている。

 そう思うのは俺が貴族ではないからなのか?


「……まさか、今まで依頼をこなしてもランクアップの条件に適合しないって言われてたのは――」

「クハ、愚か者め。貴族御用達の商人の依頼ならともかく、どこぞの平民の依頼如きでランクが上がると思ったか? それでは他の貴族に申し訳が立たぬではないか」

「信じ、られない――!」


 ナーサは怒りに身を震わせフォルトゥナートを睨み付けた。それをにたりと笑うこの男の本性はひどく気持ち悪い。


「特権はそれを持たざる者への義務により保たれる――。その矜持をもたざる者に貴族たる資格なし……」


 ナーサが唐突に言葉を紡ぐ――。

 一瞬、怪訝な表情をしたフォルトゥナートだったが、再び小馬鹿にしたような態度でせせら笑った。


「フン、何だそれは。寝言は寝てから言え、平民」

「あんたには一生わからないでしょうね。ラティウム連邦の貴族なら誰もが心に刻むこの言葉を!」


 そう言って大きく息を吐いたナーサは、もう二度とフォルトゥナートに視線を向けようとはしなかった。


「小娘如きが貴族を語るとは無礼な。この――」


 苛立ったフォルトゥナートが叫び、何事か続けようとした時、ユミスの声が重く響き渡る。


「今のスティーア公爵令嬢の言葉を寝言と捉えるならば、この者に貴族たる資格はない」

「……は? スティーア――公爵だと!?」


 フォルトゥナートは雷に打たれたように呆然とナーサを見た。

 ってか、公爵令嬢って響きは何だ? まあ、マリーもいろいろ出自を語っていたから凄いんだろうとは思っていたけど、なんていうかナーサにはまるで似合わないフレーズだ。

 それにしてもよほどショックだったのか、フォルトゥナートはまだナーサを見続けている。


「ユミス――、二度とその名で呼ばないで」

「……ん」


 ナーサが射抜くような視線をユミスにぶつける。どうやら、彼女の逆鱗に触れる発言だったようだ。

 だが当のユミスは生返事を返すだけ――というより、うんうん頷いているあたり、何か別の事を考えているに違いない。

 そしておもむろに立ち上がると、ヴァスコに向けてとうとうと語り始めた。


「アヴェルサ卿」

「はっ!」

「フォルトゥナートの罪は、貴族という立場によるものと私は考える。よって卿の発言を踏まえ、爵位を剥奪することと引き換えに一命は許そう」

「――!! あ、ありがたきお言葉……!」

「フォルトゥナート。貴様は二度とカルミネの地で爵位を有する事を許さぬ。平民としてこの国で一生を終えるか、いずこなりと立ち去るがいい」

「……クッ」


 フォルトゥナートはそんなユミスの言葉に少しだけ反応を示したが、すぐ興味を失ったかのように俯いてしまった。


「アヴェルサに到着し次第、伝聞石でこの裁定を公示する。それまでは卿の部下に身柄を任せよう」

「ははっ。温情、感謝致します」


 そう言うやいなやヴァスコは部下を呼び、そのままフォルトゥナートの身柄を拘束するよう命じた。

 突然の状況に混乱する衛兵たちであったがヴァスコの一喝で大人しく命に従い、束縛されたままフォルトゥナートを馬に跨らせる。

 さすがに徒歩で行かせるのは(はばか)られたらしい。

 とにかく、やっとこれで先に進めそうだ。松明を持った連中も多いので、真っ暗闇の樹海とは言え、道なりに行く分には問題ないだろう。

 この暗闇の中で襲ってきた奴らと夜営ってのもゾッとしないしな。


「それにしても、さすが貴女様の護衛です。あの一瞬で視界から消えるような動きは、まさに神業。後学の為、宜しければどのような魔法だったのかご教授願えないでしょうか?」


 意外にテキパキと行動を終えたヴァスコがにこやかな笑みを浮かべて問いかけてくる。

 いや、別に魔法ではなく普通に抑え目で動いただけなんだよな……。


「うっ」


 ユミスの白い目が突き刺さる。

 あれは嘘をつきたくないから何とかしてって訴えている目だな。いやでも、正直に言うわけに行かないんだから、どうしようもないだろ。


「まあ……。はは、そこは一応秘密ということで」


 俺がユミスに代わって無理やり誤魔化す。


「――! これは失礼、お忍びでございましたな。確かにあれほどの身体強化(ブースト)の威力では他の者に真似出来るはずもなくすぐに露見してしまいましょう……」


 そう言って、ヴァスコは納得したように頷いていた。

 ……ますますユミスの視線が怖いんだけど、俺は秘密と言っただけだ。勘違いを正すわけにもいかない。


 そんな感じでひとまず落ち着いた所、ヴァスコがユミスに話し掛けて来た。


「それではアヴェルサまで同行を――」

「待て。それはならん」


 その言葉をユミスが遮る。


「卿には、まだフォルトゥナートの罪を償う必要があろう?」

次回は11月22日までに更新予定です。

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