第二十四話 合流、そして依頼の開始
9月15日誤字脱字等修正しました。
「誤魔化すのが下手なんだから、カトル」
「ユミス――!」
部屋まで来ると、ユミスが魔法を解いて姿を現した。
王宮に居た時のドレスではなく、孤島に居た頃とあまり変わらない青のワンピースに白のズボン、そして皮のブーツという出で立ちだ。
ネックレスやブレスレットと言った類のものは外していたが、唯一額のサークレットだけは簡素ながらも付けていて、真紅の宝石が鈍い色を放っている。
……サークレットを見ていたらユミスと目があった。
何だか機嫌悪そうにジト目でこちらを睨んでいる。
「カトルはずっとあの娘と一緒なの?」
「……は?」
俺は一瞬何を言われたのか理解できずポカーンとしてしまう。
「あの娘って、ナーサの事か? 俺と同じでサーニャ――この下の酒場の店主だけど、好意に甘えて格安で部屋を貸してもらってるんだ」
「……ふーん」
何だかほっぺを膨らませて拗ねてる感じだ。こういう時は何を言っても機嫌が悪くなるだけなので話題を変えてみる。
「そんなことよりユミスがここに来たって事は外の雨は――」
「ん……。誰かに見つかるとまずいからちょうど雨が降る頃合を利用して来た」
「じゃあ、やっぱりこれってユミスの魔法?」
「違う! 雨の勢いをほんの少し強める為に補助魔法を掛けただけ。お爺様のように天候を操る魔法はまだ出来ない」
「まあ、じいちゃんは何でもありだからな」
「ふふ、そうね」
良かった。少しユミスが笑顔になってくれた。
ターニャじゃないけど、ユミスの機嫌が悪くなると手に負えないからな。
だが、安心したのもつかの間、ドン、という音と共に勢いよく部屋の扉が開かれ罵声が響き渡る。
「ちょっと、笑ってる場合?! 今、どれだけ酷い状況かわかってるの?!」
振り返ればナーサが眉間に青筋を立てて怒っていた。その後ろではサーニャが困惑した表情でおろおろしている。
「ナーサちゃん、少し落ち着いて」
「女将さんも今の会話が聞こえたのならもっと怒らないと!」
「ナーサちゃんがうちのドアをもう少し丁寧に扱ってくれると助かるんだけど」
「あ……」
かえってサーニャに叱られているナーサに俺は思わず吹き出しそうになったが、ユミスは憮然とした表情に戻ってしまった。
あまり指摘されたくなかったのかもしれない。
「雨の被害を最小限度に抑える為にターニャが動いてる。修繕費用も全部国庫から賄う予定よ」
「あのね、そういう問題じゃないでしょ! 他人に迷惑を掛けない。これ常識よね」
「そんなの綺麗事。私に何かあれば、この何倍も被害が大きくなる」
「やり方なんて他にいくらでもあるじゃない!」
……二人とも凄い言い争ってるな。
どうにも曲がった事が許せないナーサと、大局的に判断しているユミス。
どちらが正しいとか間違ってるっていう話じゃない。
「あのさ、雨に紛れて行動した方がいいなら、すぐに出発しないか?」
俺はとにかく二人を落ち着かせようと強引に割って入った――のだが、結果は完全にやぶへびだった。
「あのねえ、出立の準備が何も出来てないあんたが何言ってるの?!」
「カトル、私たちは遊びに行くわけじゃない。向こうに着いたら相手に正装で面会する事になるけど、用意してあるの?」
「え、え?」
二人が部屋の様子を伺いながら呆れたような声を上げる。
……ってか、正装って何だ?
ただ、単純にシュテフェンに行って魔道師ギルドの長と会うだけなんじゃないのか?
そう言おうとして、すんでの所でこの場にサーニャが居る事に気付き慌てて口を噤む。
依頼内容を勝手に誰かに聞かせていいはずがない。
そんな俺の逡巡を察したのか、ユミスは二人を一瞥すると小さくため息を吐いた。そしてそのまま四人が入る大きさに静寂魔法を張って短く答える。
「……他言無用で」
そう囁くユミスの顔が少し赤い。
もしかするとユミスも動揺してるのかもしれない。
「えっと、はは。……何だか聞いちゃいけない話、だった?」
サーニャは苦笑いを浮かべながら恐る恐る尋ねてくる。
「いや、ユミスがいいなら問題ないよ」
「えっ……!? ユミスって、その娘はまさか――!」
「あれ? 前に話さなかったっけ、知り合いだって」
サーニャは絶句してユミスの顔を見つめていた。そりゃそうか。一応、ユミスはカルミネの女王だもんな。
「紹介するよ、サーニャ。俺の幼馴染で今はこの国の女王になったユミスネリアだ」
「……は、はじめまして、その、ここで酒場の女将をしてますサーニャと申します」
「……ん」
サーニャが急いで頭を下げると、それを見たユミスが鷹揚に頷く。
だが、その態度に俺はなんとなく違和感を覚えた。
いや、確かにこの国の女王と住民という関係なんだからこれが正しいのかもしれないんだけど……。
ダメだ。やっぱり納得できない。
「こらっ、ユミス。一応俺が今世話になってる人なんだから挨拶くらいちゃんと――」
「プッ……」
「え?」
せっかく俺がユミスを叱ろうとしたのに、なぜかサーニャは笑い始めてしまった。
「何だかカトルがお兄さんぶってると妙におかしいわね」
「なっ……!?」
「お陰で緊張がすっ飛んで行っちゃった」
サーニャはそう言うといつもの笑顔に戻りユミスに向き直った。
「何か事情があるっていうのは理解したわ。なので、ここではあえて様付けはしないでおくわね、ユミスちゃん」
「……だからってちゃん付け?」
「カトルの幼馴染ってことは、レヴィアさんの妹分ってことでしょ? だったらそう呼ばないとおかしいじゃない」
サーニャの言葉に無言でユミスが視線を向けてくる。なんとも釈然としていない顔だ。
そういや、サーニャは俺の事をレヴィアの弟って思ってたんだっけ?
……ユミスには後でよく言い含めておこう。
なにはともあれ、ひとまずこれで落ち着きそうかなと俺は少しだけ安堵の吐息をついた。だが気を良くしたサーニャによって、予想の斜め上を行く展開が待っていたのである。
「それにしてもユミスちゃんはカトレーヌと二人並んだら映えるわね。ウェイトレスをさせたいくらい」
「バッ――」
俺はあまりの事に絶句してしまった。
サーニャの奴、よりにもよってユミスの前でそれを言うか?!
「……何、そのカトレーヌって?」
「カトレーヌはね、店がピンチの時に颯爽と駆けつけてくれた看板娘よ。――男どものいやらしい視線を掻い潜り、絡んでくるいかつい傭兵をなぎ倒し、店内を優雅に駆け巡る俊敏な動きは他のウェイトレスの追随を許さない……!」
まるで歌うように語るサーニャに俺は頭が痛くなってきた。
「マリーさんとカトレーヌの二人がエプロンドレスでダンスするように戦っていた時は、不覚にもどきどきしちゃったくらい。……途中で止めたけど」
……アホすぎる。誰かサーニャを止めてくれ。
こんな話を聞かされたらユミスに軽蔑され……、あれ?
ふと隣のユミスを見れば、目がらんらんと輝き、これでもかというくらいサーニャの話に身を乗り出していた。
「それは……すごい――!」
「ね、姉さんがカトルの着てたあの格好でウェイトレスの真似事を……? 信じられない……!」
「そうなのよ。料理対決の相手だったアラゴン商会会長のロベルタさんなんて完全に魅了されて、カトレーヌに――」
何でこうなった?
女が三人よれば姦しいと言うけれど、もはや俺が入っていけないほど熱のこもった別空間がそこには出来上がっていた。
って、気付いたら俺だけ静寂魔法が解かれている。もはや三人だけで話し合っているのだが、どう考えても悪巧みしているとしか思えない。
少しだけ疎外感はあったけど、それでも正直この輪の中には入りたくなかった。
どうせ止めようとしたって無駄だ。あの時――軽くトラウマになった、レヴィアとマリーとサーニャの三人に無理やりウェイトレスの格好をさせられた時もそうだったんだ。
主犯はレヴィアだと思っていたが、今この状況を鑑みると真犯人はサーニャだったのかもしれない。
そうこうしているうちにナーサが何か文句を言い始めたようだったが、ユミスとサーニャの即席タッグに折れてがっくりとうなだれていた。そのまま二人は部屋から出て行ってしまう。
「何がどうなったのか説明してくれ」
一人残ったナーサに問いかけると、深い溜息とともになぜか肩を叩かれた。
「もう引き返せないから覚悟しておくのね」
「何を?!」
その後、戻って来たユミスの顔は満面の笑みに包まれていた。
これだけ機嫌のいいユミスも早々見れないんだけど……なんか怖い。
「サーニャが色々と手伝ってくれたから予想外に早く出発出来そう」
「良かったわ、気に入ってくれて。頑張ってね、ユミスちゃん」
あれ? 何だか二人めちゃくちゃ仲良くなってないか?
「はぁ……。じゃあ私の荷物も宜しくね、ユミス」
「ん……」
そう言って今度はナーサとユミスが連れ立って部屋から出て行く。
何だかこうなってくると本当に除け者にされた気分だ。
「ほら、カトルも早く準備しないと」
サーニャはサーニャでなぜかご満悦の表情だ。
「何でユミスがあんなに機嫌良くなったの?」
「それはね」
「それは?」
「な・い・しょ」
「なんだそりゃ」
「お楽しみは後に取っておかないとね」
「……マジで嫌な予感しかしないんだけど」
俺はサーニャにせかされて仕方なく出発の準備に取り掛かった。
とは言っても新調した胸当てと盾に愛用の剣と、それから身の回りの細々したものを持っていくのみだけど。
どうやら食料や道中の夜営の準備といった事まで全部サーニャが用意してくれたらしい。至れり尽くせりである。
……あれだな。何を企んでいるのか知らないけど、気にしたら負けって奴だ。
「まあ、何はともあれ気をつけてね~」
サーニャは屈託の無い笑顔でゆるゆると話してくる。
これからシュテフェンへ行くってのに緊張感の欠片もない。
「なんかノリ軽いな、サーニャ」
「なあに、心配でもして欲しいの?」
「そういうわけじゃないけど」
「カトルはモンジベロ火山までの道のりを大した怪我もなく帰って来たばかりか、あのマリーさんのピンチを救い、敵わないって言わせたくらいなのよ? 大丈夫に決まってるじゃない」
そう言ってサーニャはつとめて笑顔になる。
だが、その瞳はいつに無く真剣な色を示していた。
「酒場で働いているとね、お客の顔ってなんとなく覚えるの。それが二回、三回って繰り返してようやく顔馴染みになって話が出来たりするわけ。当然、傭兵ギルドに所属しているような人は皆、危険を省みない人たちだから、中には怪我をしたり、不慮の事故に遭ったりして二度と来れなくなってしまう人もいるわ。……それはとても悲しいけど、でもそれでお客に笑顔を向けられなくなったら店の女将失格よね」
「……サーニャ」
「だから今、カトルがとんでもない事に巻き込まれてたとしても私は変わらず接するわ。――頑張って無事に帰って来てね」
「……ああ、了解!」
サーニャの言葉がとても身に沁みた。
大変な事は最初から分かりきっている。だからユミスだって無謀とも言えるこの強行軍を行おうとしているんだ。きっと、はじめは一人きりでやるつもりだったに違いない。
だったら俺が出来る事は一つだ。
「絶対に三人で無事に帰ってくる。その時は美味しい食事をお願い」
「たくさん用意して待ってるわね。……ついでにカトレーヌがウェイトレスもやってくれると助かるんだけど――」
「あのな! 何で食べたいって言ってるのに給仕しなきゃならないんだよ」
「あはは」
俺とサーニャが笑いあっていたので、戻ってきた二人は不思議そうな顔をしていた。
ただ俺は気合が入った。さっきまでの自分とは雲泥の差だ。
「じゃあ、今度こそ出発しよう!」
いよいよシュテフェンへの旅路が始まる――!
次回は11月3日までに更新予定です。




