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第二十三話 来訪者は豪雨と共に

9月12日誤字脱字等修正しました。

『他人の身体強化(ブースト)とか魔石持ち、あと魔術統(ウィッチクラフト)治魔法(ガヴァニング)――この街の魔力制御を超える魔力持ちはすぐ気付くんだから!』


 王宮でのユミスの言葉を紐解くなら、俺の存在はとっくに認識していて、魔力を高め続けていればこの場所を特定出来るという事だ。

 もちろん向こうの準備が整ってからなんだろうけど、とりあえず俺が瞑想に集中していれば何らかのリアクションがあるはず。

 そう思って昼食もそこそこに自分の部屋に戻ると、久しぶりに全魔力を集中した瞑想に取り掛かった。


「ナーサもやってみる?」

「瞑想? そんな事で魔力が上がるなら誰も苦労しないわよ」

「そうか? 俺とユミスはじいちゃんにずっとやらされたお陰で間違いなく魔力が上がったぞ」

「ほんとにぃ?」


 胡散臭そうな目で俺を見るナーサだったが、試しにやってもらった瞑想は、おおよそ瞑想と呼べる代物ではなかった。


「あのな、そんなふざけた感じで魔力が上がるわけないだろ」

「なっ……何よ! あんたがやれって言ったんじゃない!!」

「でも、それは何も考えてないだけだよ。瞑想なんだからしっかりイメージを固めないと意味がない」


 ナーサに言ってて、俺もじいちゃんに同じ事を言われたもんだと懐かしい気持ちになる。


『カトル、それは何も考えていないだけじゃ。最初は魔力を脳内で高めるイメージを膨らませよ。体の内側に使う意識で一点に集中させるがよい』


 始めはなかなかイメージ出来なくてついつい魔力が身体の外に出てしまったんだよな。それを何とか体内に留める感覚をつかむのに数日掛かった気がする。


「だぁっ……、はぁっ、はぁっ……」

「いや、別に息を止める必要ないよ?」


 ナーサが悪戦苦闘する姿に何だか昔の自分を思い出して思わず笑みがこぼれた。だが、それを馬鹿にされたと思ったのかナーサはムッとしてしまう。


「あ、んたねえ……、はぁ、はぁ……そんなこと、言ったって……、魔力を体内で使う感じって、少しでも集中を切らしたら暴発しそうになるのよ!」

「大丈夫だって。どっちかっていうと、自分の中の全ての魔力を研ぎ澄ませるくらいじゃないと意味ないし」

「とにかく、ちょっと休憩……。頭が焼き切れそう」


 そう呟くとナーサはそのまま壁に背中を付けてへたり込んでしまった。

 ただ初めてにしては魔力が体内に留まり続けていたし上出来だと思う。もしかすると、この町の魔力制御が上手く働いて瞑想しやすくなっているのかもしれない。


「カトルはこんなこと毎日続けてるの?」


 少し落ち着いたのか、ナーサが若干呆れ顔で尋ねてくる。


「うん、まあね。鑑定魔法と詐称魔法が出来ないとすぐ竜族(カナン)ってバレちゃうってんで、じいちゃんに(しご)かれているうちに自然と習慣になったよ」

「はー……」

「魔力を大量に使うからいつもは寝る前にやるんだけどね」


 俺は瞑想を続け、そのまま身体全身に魔力を行き渡らせた。すると次第に身体がぼんやりとした光に包まれていく。

 やっぱりこの街では魔力の集まりが良い気がする。

 たぶんユミスの言っていた何とかっていう魔力制御の魔法の影響なんだろうけど、本当にこれで場所の把握まで出来るのなら、何か相当大きな力が働いているはずだ。いくらユミスでも常時魔力を消費するわけにはいかないだろうしね。


「それで、今日はずっとそれやってるわけ?」

「とりあえずは、ね」

「はぁ……。私は身体強化(ブースト)魔法の練習がしたかったんだけど、依頼人の希望なら仕方ないか」


 ナーサはため息混じりに愚痴を零すと、なぜかジト目でこちらを見て来る。


「あんたのそれ眩しいんだけど、何とかならない?」

「ならないよ!」


 ……いや、俺だって自分の身体が光っているのは違和感でしかないし、文句を言われても困るんだけど。

 こちらから連絡を取る手段がない以上、こうやって部屋で瞑想を続けるしかない。

 寝泊りしている所で、って書いてあったもんな。


「夕方までやって何も無かったら下で夕食にしよう」

「食事の時くらいその光は()めるんでしょうね?」

()めるに決まってるだろ。完全に変人扱いされる」


 結局その後ずっと瞑想を続けていたが何の音沙汰も無く、魔力の少ないナーサは極限まで精神力を使い果たした為、自分の部屋に引っ込んでしまった。

 どうやら当てが外れたかと思い、気分を変えるべくいったん瞑想を中断して真っ黒な雲に覆われた空をぼんやり眺める。


「あ、雨」


 気付けば窓に雨がポツポツと当たり始めていた。

 下の大通りを見れば蜘蛛の子を散らすようにたくさんの人が走っている。

 大変そうだな、と暢気に考えていると、あっという間に雨足が強くなり、壁を殴りつけるような轟音に変わっていった。


「うわ、すごっ」


 思わず声が出るほど、雨の勢いは激しさを増していく。

 もはや大通りに人の姿はなく、雨が川のように流れており、時々馬車が通るのだが荷車の車輪が豪快に水しぶきを上げていた。

 ――これ、下の酒場も水浸しになるんじゃないか……?

 そんな懸念が脳裏をよぎり、俺は急いで部屋を出て階段を駆け下りていく。


「遅い! カトル」


 酒場まで来た途端すぐにナーサの声が響き渡った。

 その声の主を見れば、さっきまでヨロヨロしながら自分の部屋に戻っていったとは思えない動きで、外から流れ込もうとする雨水を土嚢で懸命に防ごうとしている。

 だが、いかんせんゲリラ豪雨の前に床下へどんどん雨が侵入し、一段高い厨房にまで水が流れ込む寸前であった。


「お願い、助けてカトレーヌ!」

「意外と余裕ありそうだね、サーニャは」

「ああ待って、カトル。本当に困ってるのよ」


 従業員総出で土嚢を運んでいるのだが、慣れていないのか隙間から水が漏れ出てあまり用途を成していない。


「あんたの火属性で何とかならないの?」

「氷を溶かすならともかく、室内でこんな大量の雨を蒸発させるのはやばいって」


 水蒸気にするには相当の温度が必要であり、それだけの火属性を操れる自信は俺にはない。


「どっちかと言えば土属性だな」


 土属性も苦手分野だったが、土嚢を補強する程度であれば俺にも出来た。間を塞ぎ何とか店の入り口からこれ以上雨水が入り込むのを防ぐ事に成功する。


「さっすがカトレーヌね」

「これでとりあえず中の水を何とかすれば大丈夫だろ」

「じゃあ、こっちは任せたわ。私は厨房を見てくる」


 そう言うとサーニャは早足で店の奥に戻っていく。

 俺もやっと少し落ち着いて店内の様子を見渡すと、この雨に驚いて帰ってしまったのか客はほとんどおらず、奥の席で途方に暮れた数人だけが自棄酒しているくらいであった。


「確実に傭兵ギルドのメンバーね、あれは」


 こちらも一段落したナーサが近づいてくると、眉を顰めながらそっと囁く。


「この雨ならしょうがないんじゃない? ってゆーか、カルミネでは結構こういう雨が降るの?」

「こんなの初めてよ。そうそう降る量じゃないわ」


 外を見れば大通りにある両脇の溝から下水道へ落ちる水が滝のような水しぶきを上げていた。もの凄い勢いで地下に流れ込んでいるのだが、それを上回る雨量に対処しきれず溢れた水が濁流と化して城門の方へ流れている。


「イェルドもこんな雨の日に出かけることになるとはご愁傷様だな」


 さすがに外に出るのを躊躇するレベルだ。ちょっと歩いただけで間違いなくずぶ濡れだろう。

 まあせいぜい頑張ってくれ、と適当に無事を祈りながら俺は店内に入り込んだ雨水をかき出す作業に取り掛かった。

 そしてナーサと二人、店の入り口から外へバケツで水を追いやっていると、ちょうどすぐ先にある二の門を越えて馬車がやって来る。

 こんな雨の中どこに行くのだろうと興味本位で眺めていたら、突如目の前で凄い音を立てて急停車し、すぐに反転して二の門へと戻っていった。


「ちょっと、何事?」


 あまりの音に驚いたサーニャが慌ててこちらに戻ってきた。

 だが、外を見ても誰かが馬車から降りた気配は無い。


「何か急に馬車が店の前で止まって、反転して帰って行った」

「……はっ?」


 俺の説明にサーニャは目が点になっている。

 そりゃ、そうだ。俺も自分で言ってて謎だもんな。


 とその時である――。

 不意に魔力が周囲を覆い始めたのだ。


「……っ!?」


 咄嗟にはねつけようとして、どこかで感じた事のある魔力に俺はその魔法を受け入れる。


静寂魔法(サイレント)……!」

「えっ、何でわかったの?」


 何も無い空間から聞き覚えのある声が響き、気持ちが和らぐ。


「ユミスの魔力を感じたからね」

「……カトルは魔法が苦手って言ってたのに、やっぱりサボってただけだったのね」

「それは酷い誤解だ」


 俺はキョロキョロと辺りを見回すが、ユミスの姿は見えない。気配がするのに見えないということは、あのファウストが使っていたのと同じ消失魔法(ヴァニシング)だろう。

 改めてユミスの資質センスに舌を巻いてしまう。


「ちょっと、カトル! あんた何で突然ボーッとしてるの?! こっちはまだまだ大変なんだからね」

「あ、ああ。悪い」

「いいわよ、ナーサちゃん。カトルのお陰で雨も流れ込んで来なくなったし、二人とも少し休んだら?」

「そんな、女将さん。まだ床もテーブルも濡れてるじゃないですか」


 ナーサの言う通り店の床は全面水浸しでかつ雨の泥水の影響で衛生的にもあまり宜しくない状況になっていた。

 さすがにこれを放置して休むわけにはいかない。


「私に任せて」

「えっ……?!」


 俺が何か言おうとする前にユミスの魔力が店内を包み込んだ。

 繊細かつ尋常ではない力が床を覆い尽くし、あっという間に床から水気がなくなる。


「ええっ?!」

「なっ……!」


 驚くべきはそれだけではない。床だけではなく水に浸ってたテーブルや椅子の足まで汚れが綺麗に落とされていた。


「これって洗浄魔法?」

「似てる魔法ね」

「え、違う魔法なの?」

「ん……清浄魔法(ピュアライズ)


 ユミスがボソッと呟く。何だか恥ずかしそうな声だったのは気のせいだろうか。


「すごい、わね。これ全部カトルがやってくれたの?」

「え? いや、その……」


 隠れているユミスがやりました、って言っていいものか迷う。誰かに話し掛けられている時は静寂魔法(サイレント)を解かれているのでユミスに相談することも出来ない。


「これでカトルの部屋に行けるでしょ?」


 ユミスは自分がしゃべりたい時だけ静寂魔法(サイレント)を掛けてさっさと解くのを繰り返していた。 


「ははは……、ああでもこれでいったん大丈夫だよね。俺ちょっと部屋に戻るよ」

「カトル?」


 俺は笑って誤魔化しながらそそくさとその場を退散した。


「あやしい……」


 何か後ろから聞こえたような気がしたが聞き流すしかない。

 俺はそのまま一目散に部屋へ逃げ込むのだった。

次回は10月30日までに更新予定です。

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