第二十二話 王宮とのコンタクト
9月10日誤字脱字等修正しました。
「竜殺しって何で知って……って聞くまでもないか」
「スティーア家の事はマリーからそれなりに聞いてるんだけど、竜族の呼び名については聞きそびれちゃってさ」
「――意図的に言わなかっただけよ」
「えっ?」
「ったく、それくらい察しなさいよね。あんただって私が聞いた質問に答えなかったでしょう?」
「なっ……!? それは、マリーの話だから俺が判断出来ない内容だって――」
「一緒よ、一緒。私が判断出来ることじゃないの。それこそあんただってラヴェンナに来て確認すればいいじゃない」
「……えっ? ラヴェンナに行けばわかるの?」
「あっ……! こ、言葉の綾よ! うちの問題なんだからうちに来れば分かる事もあるんじゃないかってことで……」
なぜかナーサは顔を赤くする。
ただマリーとも約束してたし、そもそもレヴィアの事だってある。そのついでに竜族の秘密? について教えて貰えるなら御の字だ。
「ラヴェンナには行くよ」
「えっ?」
「マリーに会ってレヴィアの行方を聞かないといけないからね」
「あ……ああ、そういうことね……」
ナーサは一瞬どこか残念そうに俯く。ただ、すぐに気を取り直して今度はにこやかに話し始めた。
「カトルが行きたいって言うなら、本当は青タグになるくらいまでここから離れないつもりだったけど、しょうがないから私も付いて行ってあげるわ」
「いや、別に俺一人でも……」
「あんたねえ、パーティ組んでるんでしょうが。何で一人で行こうとするのよ!」
急に焦り出すナーサを見てようやくわかった。
なるほど、故郷に帰りたいわけだ。
そりゃそうか。カルミネのギルドは大変だもんな。リスドみたいに何だかんだで楽しかったら大丈夫かもしれないけど、こんな所で一年半近く茶タグで頑張っていたら帰りたくもなるよ。
「じゃあ今回の件が終わって、ナーサが無事灰タグにランクアップしたら道案内宜しく」
「ったく、あんたは最初からそう言いなさいよねっ!」
そう言うと、ナーサは気が済んだのか部屋から出て行こうとする。
「あれ? もっと聞きたいことがあったんじゃないの?」
「あんたとラヴェンナに行くなら今聞く必要ないわ。じゃあね」
ナーサは手をひらひらさせると、すぐ出て行ってしまった。
残った俺はそれを唖然として見送る。
――昼間のマリーに対するあの異様なまでの拘りはなんだったんだ?
だいたい俺がラヴェンナへ行くのと何の関係があるのかさっぱりだ。
「もしかして自分じゃ聞けないから俺を出しに使う、とか……?」
……まさかな。
自分の姉に聞けないなんてありえないか。
予想外にナーサとの話し合いが早く終わったので、俺は気を取り直して魔法の修練に勤しむべく瞑想して魔力を高めることに集中するのだった。
―――
朝からどんよりとした暗い雲が空を覆い、今にも土砂降りの雨が降るんじゃないかと思われる天候の中、俺たちはギルドを目指し歩き始めた。
「カトルにしては珍しく朝早いわね」
「どうしても仕事前のサーニャにレヴィアの事を聞いておきたかったんでね」
「女将さん、いつも朝早いもんね。深夜まで働いているのに疲れて倒れないか心配よ」
「ちらっと聞いたけど、昼寝を多めに取ってるって言ってたよ」
「あ、そうなの。それならいいんだけど。……それで、何かわかった?」
「いや、結局目新しい話はなかったよ」
「そう。それだとリスドに行く使者の人の情報次第ってことね」
サーニャが見たのは、具合が悪く突っ伏していたレヴィアをマリーがおんぶして城門の方へ向かうところまでだった。何でも二頭の馬を見繕うと言っていたそうで、リスドに行くなら馬車で事足りることからおそらく北へ向かったんじゃないか、っていうのが彼女の見解だ。
どっちにしてもこれからシュテフェンに行くのだから、使者がリスドの情報を持ち帰る日数くらい待つべきだろう。
あとは使者がレヴィアの事をわからず右往左往するのが懸念だったわけだが……。
「俺が行く事になった」
「……イェルド?!」
どうやら、その心配はなさそうである。
「ったく、面倒事を次から次へと。ほんっとにカトル、お前はよぉ!」
ギルドマスターの部屋についたら開口一番、イェルドが声を張り上げてきた。
どうやら、ターニャが昨日言っていたリスド行きの使者はイェルドに決まったらしい。テーブルの上に荷物をまとめ、必死になって準備を進めているようである。
「何で俺のせいなんだよ?! だいたいリスドの時の文句ならアルフォンソに言え」
「う、わわっ。あ、アルフォンソ様に向かってなんて口聞いてんだ?!」
「アルフォンソが良いって言ったんだよ。フアンの奴だってアル呼ばわりだぜ?」
「フアンのバカはいいんだよ。あいつはめでたくアルフォンソ様の縁戚になったんだからな。ったく良いご身分だぜ……って、話をそらすなっ! レヴィアの姉さんがどこ行ったか確認する為に俺が出向かざるを得なくなったんだ。お前が公女閣下に依頼したって聞いたぞ」
「ああ、なるほど。確かにイェルドならレヴィアの事知ってるもんな」
「暢気そうに言ってくれるじゃねぇか、おい。だいたい、昨日のあの騒ぎは一体何だ!? ただでさえジャンとヴァリドが抜け殻みたいになって使いもんにならん上に、エーヴィまで呆けて帰ってくるわ、フォルトゥナートはギルドにすら帰って来ねぇわ、挙句の果てに王宮の謁見の間の氷を何とかしろとか言うめちゃくちゃな依頼という名の命令が来るわ――!」
「……プッ」
「てんめぇ、何笑ってやがる!!」
イェルドがてんやわんやになりながら文句を言う姿を見ているとなぜか笑いが込み上げてきた。それを咎められさらに笑いが止まらなくなる。
「あれだな、俺やフアンにアルフォンソの強制ミッションを押し付けた挙句、報酬を出世払いとかいうわけわからんものにした報いだな」
「なっ……!」
その言葉に絶句したイェルドは、下手くそな口笛を吹きつつ視線をそらす。
「俺は気長にその出世払いを待つけど、フアンはめちゃくちゃ文句言ってたから、リスドに着いたら間違いなく絡まれるよ」
「いいっ……?! くそったれめ。カトルはともかく、あの馬鹿は別に報酬で困っちゃいねぇだろ!」
「単なる強制ミッションってだけじゃなくて、国王の依頼だからね。その相場で覚悟しとけってさ」
「ちょっ、待て待て待て! 俺は第三王子の依頼としてだな――」
「アルフォンソも自分の依頼なのだから安く見てもらっては困るって言ってたよ」
「ぐ……それはマジか?」
「嘘付いてどうするんだよ。せいぜい三人で話し合って決めといてくれ。俺は決まった報酬で良いからさ」
俺としてはユミスに会うきっかけをくれただけで十分だったんだけど、お零れに預かれるならもらえるものはもらっておこう。
一人奇声を上げて呻いているイェルドは少し哀れにも思えたが、最初に聞いたときは俺も何じゃそりゃって感じだったし、自業自得だろう。
「ったく、あんたたちはいつまで馬鹿話やってんのよ! さっさと本題に入ってよね」
「くっ……この言われよう、マリーの姉さんにフアンと同列に扱われて以来の屈辱だ」
そういうアホな事を言ってるのが原因だと思うんだが。
って俺も同列ってことか。
……。
確かにイェルドの気持ちが少しわかった気がする。
「んじゃ、本題だ。一昨日渡した赤い手紙はまだ持ってるか?」
「え、これ?」
必要だって言うから持ってたけど、結局ずっと預かりっぱなしだった。
「それで、これが対になる白い手紙だ。――取っとけ」
「は? どういうこと? 王宮に行くのに必要とか言ってたものじゃ」
「最初はお前たちだけ派遣するつもりだったから、許可証代わりのつもりだったんだ。それを例の四人が収まりつきそうになかったんで変更したんだよ」
「ああ……そういうことね」
「特にジャンとフォルトゥナートは王宮の都合でギルドの幹部に据えられたってのもあるから、新参マスターの俺はそこまで強く出れんわけよ。んで、事情を伝えたら公女閣下が特別にテストをやって下さると相成ったわけだ」
「じゃ、これいらないってこと?」
「バカ、話は最後まで聞けって。お前ら、この後どうやって公女閣下と連絡を取り合うつもりだったんだ?」
「えっ……いやイェルドの所に連絡が入るって聞いてたけど」
「かぁーっ……! ったく良く考えろ。伝聞石でやり取りなんざすればどこの誰に情報が漏れるかわかったもんじゃねぇだろ?」
「じゃあ、イェルドが王宮まで行けば――」
「何で俺がそんな面倒くさいことやんなきゃなんねぇんだ。これはもうカトル、お前の依頼だろう? 俺が伝えたかったのはここまでだ。後は自分で考えろ」
「なっ……」
「ちょっと! ギルドマスターなら依頼の内容を精査してポイントや報酬を決めるのが筋じゃない」
「おっと、嬢ちゃん。今回のは王宮からの強制ミッションだ。内容は開示されねぇし、全ては成功してからってことになる」
「はぁ?! そんなデタラメ、ありえないわ」
「まあ落ち着けって。王宮からの依頼なんだからどんなに低く見積もっても白タグレベルは間違いねぇ。報酬関連も全部王宮から出る。だったら別に何の心配もねぇだろ?」
「それなら、まあ……」
「だから俺は内容を一切知らん。ってか、これ以上知りたくもねぇ。お前らが自分で判断して勝手に行動しろ。これ以上俺の面倒事を増やすな」
イェルドはそこまで言うとまた出立の準備を再開し始める。
「すぐ行くのか?」
「おう。この無駄に多い強制ミッションの束をジャンとヴァリドとエーヴィに投げつけたら、すぐリスドに直行だ」
「アルフォンソやフアン、あとトム爺さんたちに宜しく」
「あーあ、せっかく会うんだったらのんびり酒でも酌み交わしたい所なんだがな。とっとと戻ってこねぇとギルドが回らねぇんだよ。ったく、こうなることが目に見えてたからあいつらには失敗したら強制ミッションやれって強めに言っておいたってのによ。……カトル、お前もさっさと依頼終わったら責任もって少しは手伝え」
「善処するよ。って、何の責任だ」
「はっは。じゃな。そっちは任せたぞ。失敗したら俺の首が間違いなく飛ぶから頼んだぞ」
最後にとんでもない事を告げるイェルドだったが、グータッチで互いの健闘を祈ってギルマスの部屋を出る。
「とりあえず、その手紙よね」
階段のすぐ隣の空き部屋を適当に使っていいという話しだったので、俺たちはそこに入り戸締りを厳重にしてから二通の書面をテーブルに並べた。
「こんな大事そうなもの、ギルドマスターの部屋で開封させてくれても良かったのに」
書面を見ながらナーサは呆れたようにぼやく。俺は絶対これ以上関わらないからな、って凄い剣幕で言い張ってたからなあ。イェルドのやつ。
「じゃあ、開けるわよ」
そう言って何のためらいも無く開封したナーサはその中身を見て怪訝な表情を浮かべた。
何しろ書いてあったのは単語の羅列だけなのだ。
「普、寝……んん?!」
俺は声に出そうとしたナーサの口に手のひらを押し付けた。一瞬、怒りの形相を見せたものの、すぐに俺の意図に気付いたようで大きく頷く。
文字は両方の書面に一定間隔をあけて書かれてあった。
白い書面には「普、寝、り、て、る、所、魔、を、め」とあり、赤い書面には「段、泊、し、い、場、で、力、高、ろ」とある。
「あっ……」
“普段寝泊りしている場所で魔力を高めろ”
二通を重ねたらちょうど赤の書面の文字が浮かび上がる寸法か。
「……いや、でも良く分からん」
「うーん……。とにかくいったん戻ってから考え直しね」
ナーサは手早く書面をしまい片方を俺に渡してきた。
あ、でも待てよ。ユミスなら確か……。
そう思ったら居ても立ってもいられなくなったが、誰かに気付かれるわけにもいかない。
俺はいつも以上に冷静になろうと心がけつつ、ギルドを後にするのだった。
次回は10月28日までに更新予定です。




