金魚鉢から3日後の君を待つ。
小さい球体の中だ。それはシャボン玉みたいに透明で外の世界が良く見える。
目線を上に上げ、球の底から見る天井は揺れて止まない。
やけに冷たさを感じる。それは冷えた水のような、もしくは感情のない無機質さのような。
「綺麗。あなたの尻尾も鱗も。懐かしい夏祭りの浴衣みたい、綺麗な朱色」
大きな目が僕をみている。よほど僕が珍しいのかさっきから一人にさせてくれる気配はない。別に悪い気がする訳では無いのだ、褒められているのだし。だが表現の仕方に全身がむず痒くなるような恥ずかしさを覚える。
「お母さん、これなんて言うの?」
目線は僕から離れない。まるで動物園でゾウやキリンを初めて見た子供のような、夜空の花火を写したかのような瞳で僕を見続けている。
「金魚...だったかしらね、あのお店の人はそんな呼び方をしていたと思うわ」
「きんぎょ、きんぎょ、うん。あなたにぴったりのお名前ね」
この街にはもう僕の仲間はいないと思う。機械化が進んだこの街に生物はいない。ここはなんの奇跡か生き残ってしまった1匹の金魚と、もはや機械に頼って生きる道しか残らない哀れな人間のみが生活している街だ。ネクロポリス。墓場だと、今朝までお世話になっていた店の主人は独り言を呟いていた。
この街に日の光は当たらない。資源を使い果たした人間の最後の悪足掻きで作られた太陽光パネルのせいだ。僕はこの街のことをよく知っている。大昔から現在のことまで。別に魔法が使えるわけでも、何らかの異能力があるとか、そういうことではない。
ただ、この街に住み続けているというだけだ。もちろんこんな金魚の姿のまま、何百年、何千年と生きてきた訳では無い。時代によって普通の人と変わりなく死んで、生まれ変わってを繰り返し続けているだけだ。そして今は金魚。と言うだけの話だ。
「全然動かないなあ、お母さんきんぎょ死んじゃった?」
「寝ているだけよ、朝になればまた動き出すわ、安心してあなたも寝なさい」
パチッ
部屋の照明が消され暗闇と静寂が満たされる。静寂が暗闇を増幅させてるのか、暗闇が静寂を強調させているのか、話し相手のいない夜は孤独を感じる。
寝る前まであんなに騒がしかったあの子も、何も無かったかのように眠りにつく。水の中では寝息が聞こえず、このまま朝になっても目覚めることはないんじゃないかと思わせる。こんなふうに色々考え始めると深夜でも眠れなくなるのは元人間にとって同情してほしくなるところだ。
ゴウンゴウン...
外では輸送機が動き始めた。資源が無いこの街は輸入品に頼るしかないのだ。じゃなきゃ飢餓で人々は死ぬ。そのためか唯一の資金源である機械工業の技術を誰にも盗まれたくないこの街の人々は巨大な壁を造った。この街に生まれたら、この街に生きこの街で一生を終える。だから店主は言ったのだ、この街はネクロポリスだと。
カーンカーン
ほどなくして朝が来た。実際には朝が来たらしいというのが適当だ。この街の中でただ一つ広い空を見ることの出来る場所、この街の中心にある巨大な監視塔、通称「煙突」にいる監視員が朝日を観測しているのだ。朝日が登ると鐘を鳴らして街に朝を告げる。夜にも同じことがされる。つまり1日2回鳴るのだ。
「おはようお母さん」
「おはよう、フィズ。今朝ごはんが出来るから学校の準備をしてなさい」
大きな欠伸をしながら返事をする女の子。初めてこの子の名前を知った。この街のことはよく知ってるつもりでいたが、1人の女の子の名前を知らなかったのだ。
「ご馳走様!お母さんいってきまーす」
「行ってらっしゃい、」