脱出
―――――理緒side―――――
もう駄目だと思った瞬間だった。今までの記憶が、異世界に来てからの記憶がよみがえってきた。もしかして、これが走馬灯とか言われるやつなのだろうか?
「い、…………っ!」
頭に衝撃がはしった。激しい痛みが体中を襲う。
「…………あ、れ?」
思い出せない!誰だ?誰なんだこの少女は!?この、村は?見えてきたのは、村で少女と会話している光景。少年…………おそらく僕であろう人物が何か、何か大事な事をいっている気がする。
「ア、……………………リ、ア?アリア?」
「おい、どうかしたか~?」
今まさに、見ている走馬灯の原因となった魔族が話しかけてくるがそれを無視する。今、もっと大事な事がある。それは、命よりも大事なものか?答えはNOだ。しかし、重要な事に違いはない。
(まさか、まさか………まさかまさかまさか!)
「記憶が、ない………………!」
それは、昨日までは覚えていたはず。何故だ?昨日まで覚えていたいたことは覚えているのに、肝心な内容が思い出せない。いや、思い出せないのではない。それは、抜け落ちているのだ。空っぽになっている。急に何で?不思議に思っていると、突然魔族が理緒に背を向けた。
「まぁ、もう目的は果たしたからいっか……」
「目的…………?」
それだけ言うと、魔族はその場から立ち去った。次に聞こえて来たのは、ガチャガチャと鎧の鳴る音だった。しかも、それは一人のものではなく大勢であった。
「た、助かった……!」
グランデは、心底喜んだ。グランデは、幼い頃の経験から恐怖というものに対して人一倍、いや人の二倍は敏感であった。勿論、ある程度は克服している。そうでなければ、王宮魔術師なんてやっていない。だからこそ、あの魔族に心底怯えたのだ。
(あれに…………あの魔族に手を出していたら死んでいた)
グランデはそう思った。だから、何よりも嬉しかった。助けが来たと思ったから。共に何度も戦った仲間のクルトが来たと思ったから。そして、現れたのは
「望月君、グランデ…………」
「や、やった!もう、大丈夫なのですね…………」
クルトだった。グランデはそう言って、保護してもらおうとクルトに近寄る。だが、次の瞬間。グランデが想像もしないことが起こった。
「…………えっ!?」
クルトに剣を向けられたのだ。意味が分からなかった。何か誤解しているのではないか、言えば分かってくれる。そう思っていた。だが、クルトから発せられたのは誤解などではなかった。
「貴様らが魔族を、あいつらを手引きしたのだな!?」
「っ!?待ってくださいよ!!」
「貴様らの命乞いの時間はないっ!」
「だから待てって、いってんだろうが!?」
理緒が叫んだ。本気で怒っているようだった。グランデには彼が大人しい人だと思っていた。いや、その通りなんだろう。理緒が怒るとは思わなかった。しかし、グランデは気付いていない。おかしいのは自分の方だと。
「クルト、待ちなさい!」
「っ!?アルシャ様!?」
そこにやって来たのは、先日死闘を繰り広げた女王だった。
(え?アルシャって名前だったの!?)
アルシャ女王はこちらを見るとニコッと笑ってきた。そうか、元に戻ったんだ……。
「クルト、決めつけるのは早計ですよ。」
「ですが!……魔族が吐いたのですよ?」
「あ、あの!ま、魔族ってさっきの魔族ですか?」
思いがけず声を出してしまった。もし、そうなのだとしたら。仮説が一つ立てられる。それは、最も考えたくない最悪な仮説。
「……あぁ、そうだ。私たちではあいつには勝てない。しかし、あいつは逃げる際こう言ったのだ。『望月理緒とグランデのおかげだな』と。」
「………!?最悪なパターンじゃないか!」
まず、あの魔族は人を殺すことをおとすことを楽しんでいる。しかし、あの魔族は回りくどいことはしない。……はずだ。
(長年、クラスの人を観察してきたからこの観察力は確かなはずだ!)
自分で思って泣きたくなってしまった。つまり、あの魔族の目的は―――――――ということだ。
何故?どうして?という考えだけが理緒の頭の中を駆け巡る。しかし、いくら考えてもその答えが出ることはない。
「おい!こいつらを連れていけ!」
「どういうことなんだよ…………」
★☆★
こうして、理緒とグランデは地下の牢屋に入れられた。そこは、とてもカビ臭くじめじめとしていた。鎖は錆びていて、自分たち以外は誰も居なかった。それだけこの国が安全ってことなんだろうな…………。
それにしても、と隣に目をやる。そこには、グランデが目を伏せて座っていた。グランデには召喚するところを見られてしまっている。…………気まずいな。と、とにかく何か話してみよう。
「あ、あの~」
恐る恐る呼び掛けてみる。すると、バッとグランデは顔を上げてフードを取った。そこには、青い髪、青い目、整った顔立ちの美しい女性がいた。今までずっとフードをしていたから顔がわからなかったけれど、声からして女性だとは思っていた。皆、そうだろう。だけど、ここまで綺麗だとは思わなかった。今まで、見てきた中でも断トツで綺麗だ。
「…………私は、私はここから逃げたいと思います。まだ、死ぬわけにはいかない……!貴方はどうしますか?」
まだ、死ぬわけにはいかない。グランデにも何か事情があるのだろう。僕だってそうだ。記憶こそ無いものの僕は誓ったんだ。最強になるって。最強になって自分の大切な物を守るって!
「……………僕も行くよ!」
「分かりました。では、行きましょう。私たちは鎖をつけられていませんから。きっと、アルシャ様のお陰でしょう。」
そういうことか。不思議に思っていたんだ。鎖は錆びてはいるものの十分に捕らえることはできる。なのにも関わらず、つけられることはなかった。それは、あの女王様のおかげだったのか。もう、誰かを騙したりはしないようになったのだろう。
「あ、そうだ!一つ、考えたことがあるんだ!あの、僕らが疑われていることで…………」
「……………っ!何ですか!?」
「これは、想像なんだけど…………。きっと、僕らを誰かが陥れたんだおもう。その理由は…………分からないけど」
「えぇ、私もそう思います。」
「「っ!?」」
僕とグランデは、その声が聞こえたドアの方を見る。そこに立っていたのは
「先日は、どうもありがとうございました。」
いつかのお姫さまだった。何しに来たのだろうか。仮説を聞かれてしまった。僕の額に汗が出るのがわかる。
「安心してください。私は貴方たちを逃がすつもりです。」
「えっ!?どういうことだ?」
「それは、言えません。が、一つだけ言えることがあります。私は他の勇者も逃がすつもりです。」
「なっ!」
お姫さまは、ドアの鍵を外し、扉を開けた。すると、お姫さまは何か思い出したような顔をした。
「隆希さんと陽さんから伝言です。『また会おう』だそうです。」
「っ!……あぁ、分かった。絶対にまた会おう!」
脱獄したら、追われる。そしたら、罪を認めたことになり殺されるだろう。だから、二人のあの言葉は『死ぬな』という意味……………なはずだ。その時だった。ガタン!という音が聞こえ、鎧の鳴る音が聞こえてきた。
「もう時間が…………!いいですか、ここを真っ直ぐに行くと裏口があります!そこから、ヴィンセントという町を目指してください!」
「分かった!」
「逃げ出したぞ!」「姫様が協力したみたいだ!」「捕らえろ!」
騎士たちが、捕らえようと追ってくる。それには、僕たちだけではなくお姫さままでも入っているようだった。
「お姫さま!」
「いいから、行ってください!」
「っ!絶対に助けに行くから!」
そう言うと、一瞬きょとんとしたがすぐに笑みを見せ言った。
「私は、シャルル・イノセント・ナターリア。貴方の助けを待ってます!」
その顔は、とても可愛らしい笑顔だった。僕たちは、裏口から出る。その時、シャルル姫が捕らえられた音がした。また、守ることが出来なかった。でも……………もう諦めない。戻ってきて絶対に助けるんだ!
こうして僕たちは王都セントレアを脱出したのだった