勇者の記憶
―――――――勇者side
「お、おい翼勝てるのか…………?」
楽が震えた声で聞いてくる。楽は賢者という職業だ。その名にふさわしい明晰な頭脳を持ち、いつも冷静沈着な男だ。戦力としいてならば、四大属性を扱い、魔力もほぼ無尽蔵。魔法だけならば、誰よりも優れている。そんな楽が、恐れていた。それほどまでに、強く恐ろしいのだ。
「大丈夫だ…………」
そうは言ったものの、今の力では何もできずに終わってしまうだろう。あの、力が使えれば………………。
(あの力?あの力ってなんだ……?)
「そうね。それに、どっちみち倒さなければ後はないもの。」
涼。彼女は、いつもクールだ。黒髪を後ろで縛っており、身長は高くモデルのような彼女は気苦労の多い人物だ。いつも、面倒なことの処理をしている。と、昔誰かが言っていた。そんな、彼女は一番現実を見ていた。確かに、倒さなければ死ぬだけだろう。
「そうだな、しかし……厳しいぞ」
返事をしたのは岩田凌。いつも、目立たないがリーダーシップがあり、優れた人物だ。彼も異世界に来ていたのか。訓練中でも見かけたことがないぞ。それに、どんな職業なのかもしれない。謎に包まれている。
「ふぅむ。今のに耐えられたのはたったの六人か。」
「…………くっ」
そう。ヤングという男に立ち向かっているのは現在、俺、楽、涼、凌、陽、隆希だけだった。他の者は、尻を地につけ恐怖で顔を歪ませていた。それには、勿論俺の親友である武もいる。
「い、いやだっ!死にたくない!やめろ、やめろ、やめろぉぉぉー!」
「武!しっかりしろっ!」
武は、泣き叫ぶ。何度、呼び掛けても震えは止まらない。何度、肩を揺すってもその涙は止まらない。…………本当に自分の力不足が嫌になる。あの、スキルが使えれば……っ!
(っ!?まただ、俺は無意識に《あのスキル》などと頭に思い浮かべている。一体、何が……?)
「まぁ、良いでしょう。さて、そろそろ戦いを始めましょうか。…………楽しませてくださいっ……よ!」
ヤングは、どこからか普通の剣よりも少し細いレイピアのような武器をとりだし構える。そして、一気に加速した。
「遅い」
そして、その細剣で楽を貫いた。左胸を貫かれた楽から大量の血が吹き出す。
「…………え?」
皆の顔はただただ、驚きだけだった。速すぎる。ヤングは、速すぎたのだ。この場にいる誰もが想像しない認識できない速さで貫いた。
「う、そでしょ?」 「うそ、だよね…………?」
涼と陽の顔がたちまち恐怖に染まっていく。それもそうだ。日本という死からは遠い国にいたのだから。正直に言うと俺も足がすくみかけ、膝は笑っている。必死に押さえ込めてはいるが。それでも、俺と隆希と凌は立っていた。
「…………くそ、死にたくねぇ」
隆希がぽつりと言った。やはり、隆希も怖いのだろう。隆希は槍を構えた。戦うつもりなのだろう。負けじと俺も剣を構える。
再び、ヤングは加速する。ヤングの狙いは
「っ!隆希っっ!!」
「くそっ……がぁ!!」
隆希は、横へと避ける。しかし、その腕には剣で刺された跡があった。腕から地面へと血が流れ出ている。
「よく避けたな……」
「あぁ……………【緊急回避】様様だな」
成る程、それならば避けられるかもしれない。それでも、腕は刺されたのだ。ヤングは恐ろしく強い。そんな、ヤングはというと……………ため息をついていた。
「……つまらない、つまらないですよ!もっと、強いかと思ったのに…………!」
こいつ!バトルジャンキーだ。余計に質が悪い。このままでは駄目だとは思う。が、攻撃出来ないのだ。隙が無さすぎる。おまけにあの速さだ。俺は、諦めかけながらも剣を構えた。その時だった。胸が途端に熱くなった。焼けるように熱く、痛い。胸を見るとそこには、骸骨。いやヤングが立っていた。その手には、しっかりと細剣を持って。
「が、……あ…………」
口から血が吹き出る。痛い、熱い、痛い、苦しい。
「……誰、……か、…………て」
ヤングが、体から剣を抜いたのが分かった。そして、意識が遠のくなかでその言葉だけは、はっきりと耳に聞こえた。
「…………………弱すぎる。」
そして、俺は膝から崩れ落ちる。こいつに勝てるとしたら、クルト団長だけだろう。それですら互角かもしれない。それに……………きっとクルト団長が来る頃には皆死んでいる。……運が悪かったんだ。俺の視界は完全にシャットダウンした。
―――――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――――――
視界がぼやけている。あぁ、俺はまだ死ねないのだろうか。心臓が一度高く鳴る。その時、確かに聞こえた。
『思い出せ』
その瞬間、記憶が頭に流れ込んでくる。激痛がし、それが収まると既に俺は思い出していた。俺は…………どうして、忘れていたのだろうか。必死に生きた、もがいた、あの日々を。忘れてはいけないはずだ。…………絶対、絶対に
「かえ、るんだ……!再…………生ぇぇ!」
再生。それは、究極の力。俺が使える回復魔法の中でこれ以上のものはない。傷が癒えていく。痛みが消えていく。立ち上がると、隆希を殺そうとしたヤングは目を見張りこちらを見ていた。
「来いよ、ヤング!!」
「ふはは!そうこなくては!!」
俺が叫ぶと、ヤングはニヤリと笑って答える。お互いに剣を構える。その瞬間、ヤングが加速した。それは、今までで一番の速度だ。俺は、それを視認してかわす。
「隆希!凌!楽の応急措置を頼むぞ!」
「っ!分かった!」「任せろ!」
俺は、ヤングと向かい合う。
「今度はこちらの番だな……………?」
今出せる力を全て出せ!こんな敵は何度も戦っただろう。負けたことはないだろう。何故なら俺は、勇者だったのだから。何故なら俺は、
――――――――――――異世界が初めてでは無いのだから――――――――――――
「【韋駄天】【奥義 龍の骸】!」
俺は、ヤングの本気の約五倍のスピードで近づき、斬撃を放つ。すると、ヤングの剣がパキリと折れる。【奥義 龍の骸】。それは、龍が死ぬときの最後の一撃の様に強力な攻撃だ。これは、派生技だ。一つのスキルを使わないとそのスキルが使用できない。故に連続使用となる。こんなもんじゃ終わらないは…………まだまだいくぞ。
「龍閃術基本の太刀【顎】【蛇竜】」
顎で腹を突き、蛇竜でヤングの四肢を切り取った。龍閃術とは、竜人種が使える秘剣で人間が教えてもらえることなどあり得ない。
「お前は弱すぎるな……」
そういって、ヤングの頭を胴体と切り離した。後ろを向くと何人かの人が俺を怖がっていた。それもそうだ。あんなに強いやつを圧倒したのだから。寧ろ、そうでなくては可笑しい。
「さ、流石だぜ!翼のお陰で生きてられる!」
武がそう叫んだ。怖がる人はもういなくなっていた。皆はさっきまでの事が嘘のように笑い合っていた。感謝してくる人もいた。やはり、人に怖がられるのは嫌だ。
「武、お前ってやつは……!」
俺は、嬉しさを隠すために武を軽く殴る。
「おい!何すんだよ!」
そういって、俺らは笑い合う。俺らは、喜びあう。ヤングという恐怖からの解放を。ただ、ただ、ひたすらに。




