3
「・・・えっ?」
聞こえた言葉が信じられず、アメリアは固まった。
レオンハルトは気まずそうに視線をそらす。
「10年前のあの日、初めて会った時からずっと忘れられなかった。この間、スチュアンティック家の娘だと聞いても…。俺はお前が好きだ。」
「あ、あの、陛下・・・。」
「でも、まずは・・・。」
レオンハルトが照れたように笑って、アメリアを見る。
ただそれだけのことに、アメリアの胸は高鳴った。
「俺と婚約してほしい。」
決定的な一言にめまいを感じて、アメリアはぎゅっと目を閉じる。その反応をレオンハルトがどうとったのか分からない。
「陛下・・・。」
そっと目を開けて、うっすらと頬を紅色に染めた顔を上げる。
「はい。」
他のどんな言葉よりもただ肯定を。
レオンハルトの目が大きく見開かれる。
「じゃあ・・・!」
「はい、婚約、します。・・・わたしも戦争のない世がほしいです。」
アメリアは微笑む。
レオンハルトがアメリアの前に来て、跪いた。
そっとアメリアの手に口づけると、レオンハルトはわずかに頭を下げた。
「イザリエ国王の名において誓う。平和とともにある、この国の輝かしき未来をお前に。」
偉大なる王国の名にかけられた誓い。
その重さに気づかないふりをして、アメリアは微笑む。
見るものを惑わす、「偽り」のプリンセス・スマイル。
「誓いはなされた。・・・わたしは聞きました。」
誓いの立会人として、誓いの成立を言い渡す。
レオンハルトが力強く笑った。そして、アメリアをぎゅっと抱きしめる。
「な、レオン?」
「少しだけだ。」
まるで宝物のように抱きしめられては、振りほどくことはできなかった。
自分を抱きしめるレオンハルトの暖かさに、アメリアは涙がこぼれそうになった。
(好きって、言いたい。)
でも、アメリアには彼を想う資格がない。
だからアメリアは想いを告げない。
(それでも、あなたはわたしと婚約するの?)
自分を好きと言わない相手と。
(あなたはわたしを好きだと言うけれど、もちろんわたしも好きだけれど、それだけでいいの?)
レオンハルトは国王で、アメリアは前王朝の血を引く名門公爵令嬢。それぞれの立場があり、それぞれの思惑が交錯する。
アメリアが、スチュアンティック家が、ひた隠しにしている秘密が知られてしまえば、レオンハルトの隣にアメリアが居続けることは難しい。
しかし、想いを告げれば、レオンハルトは本当の意味でアメリアを愛し、その結果王位を捨てることになるかもしれない。
レオンハルトが大切だから、言わない。
そうすれば、彼は愛しい人と呼びながらもアメリアの手を離すだろう。
(わたしは、それまでの幸せな幻を見るだけ。)
レオンハルトの背にまわした手をぎゅっと握りしめて、アメリアはまた嘘をつく。
「ずっと一緒にいて・・・?」