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「アメリア!」
騒がしい広間の中でも、レオンハルトの声はよく響いている。
信じられない。
こちらにちかづくレオンハルトの目はそう語りながらも、喜びの色を映していた。
「アメリアだよな。覚えてるか?王宮の庭で会っただろう。」
レオンハルトの輝くような笑顔が眩しい。
10年前も今も、ウソつき者のアメリアには分不相応だ。
「何のことでしょうか?陛下、わたしはそのようなこと存じ上げません。」
ふわっと笑って見せ、小首をかしげる。
けれど、アメリアの目は笑っていなかった。
レオンハルトがたじろぐ。
(大丈夫、逃げ切れる・・・)
追い打ちをかける言葉を探して、アメリアが口を開こうとしたとき、
「分かった。じゃあ、こうする。」
そう言って、レオンハルトは左手を差し出した。
まるで10年前のあの日のように。
「俺と踊ってくれないか、姫君?」
アメリアは俯いて目を閉じた。
ー俺と踊ってくれないか。
どれほどその言葉がうれしかったか、彼には分からないだろう。どれほど切なく恋しさがこみ上げたか。
そして、どれほど悲しかったか。
彼には絶対に分からない。
美しい国王に声をかけられている見慣れない少女アメリアには、先ほどから好奇の視線が寄せられている。
令嬢たちからも、厳しい目で見られた。
ほら。
あちらに美しい娘がたくさんいるではないか。
アメリアよりも、あなたの隣にふさわしい人が。
「レオン・・・」
彼に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、そっと呼びかける。顔を上げると、レオンハルトはうれしそうに笑っていた。
しかし、この笑顔を向けられるべきはアメリアではない。
「申しわけありません。」
一歩下がる。
「あなたとは踊れませんわ。」
静かにそう告げ、立ち去ろうとした。でも、できなかった。
レオンハルトが、あまりにも悲しそうな顔をしたから。
「なぜだ?」
「・・・。」
答えられない。
体が後ろに傾ぐ。アメリアの腕をレオンハルトはつかんだ。
(この、わからずや。)
掴まれた腕を振りほどく。
「それは!わたしが、わたしがスチュアンティック家の娘だからですわ!」
この髪を見てお気づきにならない?とアメリアは自嘲気味に笑って肩にかかる銀髪をはらった。ぱっと宙に散った銀の髪は、シャンデリアの光の下、星屑を纏ったように輝いている。
周りの貴族たちが、わずかに息を飲んだ。
混じり気のない銀髪は、スチュアンティック家の直系。前王朝スチューリーの血を引く、白薔薇の一族の証。
レオンハルトは目を見開き、ぼう然とした表情だった。
「失礼しますわ。」
今度こそ確実に後ろを向き、歩き出す。
「待って。」
思ってもないことに、彼はアメリアを引き止めた。
「今日はあきらめる。だが、お前には後日王宮に来てもらう。いいか、これは王命だ。」
高々と言い放たれた言葉を聞き流し、アメリアは広間を出た。
壁に背をあずけて、ほっと息をつく。
そういえば、クリスティーナはどうしただろうか。
レオンハルトとの話に必死で、彼女のことは忘れていた。
「・・・ばれちゃた。」
知られていなければ、また話せるかもしれなかったのに。
もう、話せない。
彼とアメリアは敵。
例え、互いがそう思っていなくても。