再会の舞曲
イザリエ王国の王宮レヴィンエーゼル城。
花の香り漂う、春の夜。
現国王の即位15年を祝って、舞踏会が開かれていた。
きらびやかな広間のシャンデリアの下、宝石をこれでもかとちりばめたかのような姿の貴族たち。
その光景に目を細めながら、アメリアはひっそりと壁際に移動した。
「・・・早く帰りたいわ。」
ぽつりとつぶやき、ため息をつく。
広間を眺めていると、きょろきょろとアメリアを探す父を見つけた。
父は、ディファクター公爵、ヘンリー・スチュアンティック。
アメリア・スチュアンティックは、名門公爵家の令嬢である。
誰もがうらやむ身分、誰もがうらやむ良縁が約束された絵に書いたような姫君。
しかし、アメリアは華やかな場が苦手で、おとなしい性格をしていた。
公爵令嬢として、父の面目をつぶさないようにと舞踏会に来たまではよかったが、あまりのきらびやかさに気後れしてしまったのである。
広間の中心に、着飾った貴族令嬢たちが集まっている。
彼女たちたちの視線を一身に浴びる、ラズベリッシュブラウンの髪の青年。
彼こそが、イザリエ王国国王、レオンハルト・ラン=シュバーウェン。
紫の瞳をした、若く美しい国王である。
即位より15年、今年23歳になる彼だが、いまだ王妃はいない。それ故か必然的に、彼の周りには多くの女性が集まっていた。
めいっぱい着飾って、国王に気に入られようとする彼女たちを見て、アメリアの胸は苦しくなる。
それが、アメリアが舞踏会に来たくないもう一つの訳だった。
一際大きな笑声が聞こえ、レオンハルトが満面の笑みを浮かべる。
その美しさに思わず見とれてしまい、アメリアは慌てて首を振った。
「だめだめ、忘れないと・・・」
そう言葉に出しながら、アメリアはまだ自分の心の中に彼がいることに気付いた。
レオンハルト国王は、アメリアの初恋の人だった。
10年前のあの日、アメリアがまだ8歳だったころ、王宮の庭で出会った美しくて優しい少年。ただあの一時に出会っただけの彼に、アメリアは恋をした。・・・まるであらがいきれない運命であるかのような。
ずっと忘れられなかった。
だから来たくなかったのに。彼に会ってしまうから。
「もうっ、あの方が早く結婚しないのも悪いのよ。」
自分のことは棚に上げて、レオンハルトに文句を言う。
広間の様子を思い出し、再びため息をついたとき・・・
「アーメーリーア!」
横から飛び出してきた人物に、ぎゅうっと抱きしめられた。
ふわりと甘い、コロンの香りのする少女。
なじみ深い彼女の行動に、アメリアは頬をゆるめる。
「ふふっ、クリス、苦しいわ。離して?」
そう告げると、少女は跳ねるようにして体を離した。
彼女の輝く金髪がふわりと広がる。
「まーた、アメリアは!こんなところに居ないで、向こうで踊ってくればいいのに。」
おどけたように言って頬を膨らませた彼女の名は、クリスティーナ・ラン=シュバーウェン。
レオンハルト王の従妹にあたるが、実の両親を早くに亡くした彼女は先王に育てられたため、実質は王妹のようなものだ。
誰に対しても愛想がよく、王族でありながらもさばさばとした性格で多くの人に好かれている。
敵対する家柄のアメリアとも、昔からの親友である。
「ねぇ、一緒に踊ろう?次は、フローラル・ロンド(花の円舞)だから。」
花の円舞は古くからある、伝統的な舞曲である。
女性だけが輪になり、手を取り合って踊るので「花」は乙女たちに例えられた。
すでに、広間には多くの令嬢や貴婦人が集まり始めている。
せっかく来たのだから。
「1曲だけね。」
クリスティーナに差し出された手を取り、輪の中に加わる。
すると、見計らったかのように楽団が演奏を始めた。
冒頭のゆったりとしたメロディーは春の優しげな雰囲気をかもしだし、途中の跳ねるようなヴァイオリンの音が小鳥や蝶を表す。そして吹く風に散る花弁の中を、駆け回りたくなるようなチャルダッシュ。
くるりとまわると、アメリアの銀髪とクリスティーナの金髪が混ざり合いながら広がり、きらきらと輝いた。
その美しくも神々しい、王家の血を引く二人の姫君の姿に、人々はうっとりとため息をつく。
ふわりとドレスをひるがえすとともに曲が終わった。
一緒に踊っていた人たちとともに、そろって国王のいる玉座を向く。曲が終われば、国王にあいさつするのが慣わしだ。
ドレスのスカートをつまみ、アメリアたちは優雅に腰をおった。そして、再び顔を上げたときだ。
驚いたように目を見開くレオンハルトと目があった。
「っっ!」
頭が真っ白になった。
(どうしてこちらを見るの?まさか、わたしのこと覚えて…)
大きく深呼吸をして、アメリアは踵を返す。
慌てているようには見えぬよう、優雅に。
(お願い、見逃して!)
しかし、レオンハルトの行動はアメリアの願いに反していた。