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ーーーー昔むかし、ある王妃さまは国同士の戦いのために王さまと離れ離れになってしまったの。王妃さまは、王妃さまであると同時に隣国の女王さまだったから。王妃さまはね、この国を出る最後の日にこの庭のどこかに宝石を隠したの。王妃さまの瞳と同じ、ブルーサファイアのジュエリー。それを『王妃の涙』と呼ぶわ。その時から、宝石は見つかっていない。幸せを失った王妃さまの想いが、その後かわいそうな女性たちを救っていったわ。あなたも、叶わない恋をしているなら、お願いしてみたら?
ーーーーほら、ここにまた一つ、運命の恋が生まれる。
8歳ほどの時だっただろうか。その日、アメリアは親友に会うために王宮に来ていた。
親友と遊んだあと、王宮の庭を見せてもらっているうちに、侍女たちとはぐれ、迷子になってしまったのだ。
「どうしよう・・・」
心細さに涙がこぼれそうだった。
くるりと後ろを向き、もと来た道を戻ろうとしたときだ、
「何者だ。」
声変わりが始まったころの、少年の声が聞こえた。
はっとして振り返ると、そこには不審げに眉をひそめた美しい少年がいた。
紫水晶の瞳にラズベリッシュブラウンの髪。王者の風格をまとうその姿に圧倒されて、アメリアはぽかんと口を開けたまま動けなかった。
少年がため息をつく。
「迷子か。仕方ない、お前、名前は?」
そう尋ねられて、かすれた声でなんとか名前だけを伝える。
「ア、アメリアです。」
ふぅん、とさして興味もなさそうに少年は頷いた。
「ほら。」
少年が、アメリアに左手を差し出す。
まさか、手をつなごうと言っているのだろうか。
小さく首をかしげて少年を見上げると、少年が照れたようにうっすらと頬を染めた。
「・・・つれていってやるから。」
慌ててそう付け加えて、少年はアメリアの手を取って歩き出した。
「あ、あの・・・」
呼びかけてから、少年の名を知らないことに気づいた。
「あの、お名前を聞いても?」
こわごわと少年を見ると、彼は少し考える素振りを見せた。
「・・・レオン。」
考えた末か、少年ーレオンは短くそう言った。
レオン。アメリアは、その名前に引っかかりを覚えた。
どこかで聞いたことがある気がする。
元々口下手なアメリアだ。同じくとくに話そうとしないレオンとの会話はすぐにとぎれてしまう。
しかし、知らない人であっても優しいレオンの隣は不思議と緊張しなかった。
アメリアの視線が、ふらふらと庭の花たちを追いかける。
そんなアメリアを見て、レオンがくすりと笑った。
少し大人びたその笑顔に、アメリアの胸がトクンと鳴る。
「花、好きなのか。」
レオンに問われて、アメリアはドキドキしながら頷く。
「えぇ、好き。・・・こ、ここのお庭、とってもきれいね。」
わたわたと答えるアメリアを、レオンが穏やかな瞳で見つめた。
アメリアよりも5歳ほど年上だろうレオンだが、その年齢よりもずっと大人に見える。
(・・・そういえば、レオンって何者?)
ここは王宮の奥。王族の住まう宮に隣り合う庭だ。
アメリアも、父の名を借りて特別に許されている。
(家名も聞いてないし・・・)
しかし、王宮にいることを考えても、見た目の上等さを考えても、レオンが上流階級の子息であることは間違いないと思うのだが。
「ねぇ、レオンってーー」
「ついたぞ。」
アメリアの言葉を遮り、薔薇のアーチをぬける。
「アメリアお嬢様!」
迷子になってしまったアメリアを探していたのだろう。
数人の侍女たちが、アメリアの姿を見つけ駆け寄ってきた。
「よかった!どこに行っていたのですか。」
信頼している侍女たちが、怒りぎみで問いかける。
だが、アメリアの一歩手前で止まった侍女たちがさっと顔を青くした。
「な、な、なぜあなた様が!」
震えながら侍女たちが跪く。
「レオンハルト国王陛下!」
つないだままだったレオンの手が震えた。
はっとアメリアはレオンを振り仰いだ。
レオンは、どこか苦しそうに美しい顔をゆがめていた。
「すまない・・・。騙すつもりではなかったんだ。」
瞳を合わせながら、レオンが謝る。
そうか、だから彼は堂々とこの庭を歩けるのだ。
ここは彼の場所。怒りは湧いてこなかった。
ゆっくりと首を横に振って、アメリアは微笑む。
その微笑みが、ぎこちないものだとも知らず。
「いいえ、大丈夫ですわ。でも、うらやましい。こんなにきれいなお庭を独り占めできるなんて。」
花のように微笑み、口調だけは正して。アメリアは、そっとレオンの手を離した。
「ありがとうございました。」
そう言って頭を下げて、アメリアはレオンに背を向けてかけだした。
不敬としか言い様がない。後ろで、レオンがなにか言っている。
それでも。
彼女は、白薔薇は、赤薔薇の隣にいてはいけない。