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「あぁ、ここにいたのかアメリア。」
自分の仕事を終わらせ、レオンハルトの邪魔にならないように庭に出てきたアメリアは、さっそく追いかけてきたレオンハルトにうれしいやら呆れるやら、反応に困っていた。
「・・・レオン、かまってくれるのはいいのだけど、公務はしっかりしてね?」
ふたりが結婚して早三カ月。ヘンリーが亡くなってからは一年がたち、反乱によるあれこれの政治の乱れも落ち着いた。
最初のころこそ忙しくて夜まで仕事に追われていたレオンハルトだったが、近頃は暇を見つけてはアメリアに会いに奥の宮殿に来るのだ。
「分かっている。・・・だが、やはり近くにいると思うと会いたくなるのだ。」
むっと、すねたようにレオンハルトはふいっと顔をそむける。
今まで会いたくても会えなかった反動が、同じ宮殿に住み、夫婦になった今出てきているのだろうか。
「でも、わたしはここにいるのですから、いつでも会えますわよ?」
ふてくされた子どものようなレオンハルトをおいて、アメリアは庭の奥へ進む。
手入れの行き届いた庭。そこに咲く花々たちは、11年前のあの頃と変わりない。
花の香を嗅いでは軽やかな足取りで庭を廻るアメリアを見て、レオンハルトは苦笑する。
「・・・変わらないなぁ、お前。」
「ふふっ、はい。」
アメリアはレオンハルトのもとへ戻ると、彼の手を取って庭へ促す。
「覚えていますか?こうして、手をつないで・・・」
「あぁ、覚えている。」
レオンハルトの笑みが深くなったのを見て、アメリアも満足げに頷く。
暖かで穏やかな時間が流れるこのひとときが、どうしようもなく愛しかった。
春のやわらかな風が、花弁を巻き上げながら吹き、アメリアたちの頬をなでていく。
「・・・そうだ。知っているか、アメリア?この庭の秘密。」
「庭の秘密?」
小首をかしげて問うと、レオンハルトはそっと目を閉じた。
「あぁ、庭の最も奥、小さな泉が湧いて薔薇が咲いているところ。そこで願った恋の願いは必ず叶うと。」
そう言って、レオンハルトは小さな声で何かをつぶやく。
「何か、お願いをなさいましたの?」
「あぁ。」
幸せそうにレオンハルトは微笑んだ。
願いが叶う「薔薇の泉」。
その噂は聞いたことがあった。
昔から、この庭にはある王妃の隠した宝石の魔法がかかっていると言われてきた。その上、王宮の庭は、歴代の王妃たちによってつくられてきたものである。その王妃の中には、王に愛されなかった人もいた。そういう王妃が子孫の恋を守るのだと。
「本当に願いが叶うのですか?」
少し疑わしいが。
レオンハルトはもちろんだ、と頷いた。
「俺は一年前、お前にもう一度会いたいと願った。」
それは叶った。
アメリアが誰よりも分かっている。
「では、今は何を?」
「それは秘密だ。」
いたずらっ子のように笑って、レオンハルトはすばやく身をかがめてアメリアの唇に口づけた。
「・・・いじわる。」
ぽつりとつぶやいたアメリアに、なんとでも言えとレオンハルトは言う。
「なぜなら、それはもう叶った願いだからな。・・・それでも、もっとと望む俺は器の小さな男だ。」
首をすくめて、レオンハルトは一人で庭の奥へと進んで行く。
ーーあぁ。
アメリアは声なく、ため息をついた。
分かってしまった、レオンハルトが言わんとしていることが。
それはきっとアメリアの願いと同じ。
「レオン。」
「ん?」
「わたしは、ずっとここにいます。あなたの隣にいたいです。」
はにかみながらそういうと、レオンハルトは目を見はって、そしてアメリアを抱きしめた。
「当たり前だろう?」
その言葉、言うと思った。
アメリアが願うことは、ずっとレオンハルトのそばにいること。もう、ここ以外にアメリアのいるべきところはない。離れなくてはならなくなっても、きっと離れられないだろう。
(それくらい、願ってもいいでしょう?)
アメリアのたった一つの願い。
そう、死がふたりを別つまで。
ーーあなたのそばにいさせて。
(fin)