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2

 「アメリア・・・。」


 しぼり出すようにアメリアの名を呼んだ。


 「すまなかった。」


 「・・・レオン。」


 アメリアは、泣きぬれた瞳をレオンハルトに向けた。最後の審判を下してもらうために。

 雷鳴が先ほどよりも強くとどろく。

 ヘンリーとアメリア、その場にいたすべての人の悲しみに誘われるように、霧雨が降り出した。


 「ヘンリー・スチュアンティック。国家への反逆、その罪は赦されるものではない。・・・しかし、その生い立ちは考慮する。俺も立場上考えなければならないこと。今は亡き者たちに変わり、改めて謝罪する。すまなかった。」


 すべての始まりは、先々代の当主が庶子のヘンリーに冷たくあたったこと。

 そして、それらを悪化させた先の戦争。

 けれど、それに目はつぶれても、なかったことには出来ない。


 「叔父さま、わたしは違ったと思います。」


 「え?」

 

 アメリアは、ヘンリーの瞳を見つめた。

 暗い色を消し、ただあきらめだけを映す瞳を。


 「お祖父さまは、きっと叔父さまを嫌ってなんかいなかった。」


 「しかし、ずっと・・・」


 ヘンリーは困惑したように言葉を詰まらせた。


 「もっと話したかったけど、愛しさを伝えたかったけど、そのたびにお祖父さまの心の中には罪悪感が生まれた。庶子として生まれたことを嘆く叔父さまに。言いたくても言えない。そのもどかしさがお祖父さまを苛立たせ、叔父さまに冷たくあたってしまうことになったのでしょう。」


 そう言って、アメリアは笑みを浮かべた。

 やさしく、すべてを包み込むような笑みだった。


 「ねぇ、叔父さま。叔父さまだって、お祖父さまやお父さまを嫌ってなんかいなかったでしょう?」


 「・・・あぁ、・・・あぁ、そうだ、そうだな。」


 泣き笑いのように顔をゆがめて、ヘンリーは何度も頷いた。


 「私が間違っていた。私の身勝手な逆恨みに付き合わせてしまってすまなかった。」


 ヘンリーは、反乱軍に向かって頭を下げた。深く、深く。決して、赦される罪ではないけれど。


 「・・・よろしいですか。」


 ヴィクターが、ヘンリーに縄をかけた。

 兵たちに縄を引かれ、ヘンリーが歩きだす。


 「お養父さま!」


 その去り行く背中に向かって、アメリアは叫んだ。

 ヘンリーが振り向く。


 「わたしが父を亡くしてからずっと、わたしに向けられたお養父さまの優しさ、そのすべてが偽りだったとは思えません!」


 本当の父でないことは理解していた。

 けれど、「父」と呼んで慕ったのは、彼のことを本当の家族のように思っていたからだ。


 「・・・昔、お前が青いタイピンをくれた。」


 ヘンリーが目を細めて、ここではない過去の光景を見る。

 これはおそらく、10歳のアメリアがヘンリーの誕生日に青いサファイアのタイピンをプレゼントしたときの話だ。


 「どうして青なのか、と私は聞いた。その時お前が何と言ったか覚えているか?アメリア。」


 覚えていた。


 ーーだってお父さま、いつもわたしの瞳をきれいな青だって言っていたから。


 青色が好きなのかと思った。

 幼いアメリアは、そう言ったはずだ。


 「あぁ、だが本当は父や兄と同じだった青い瞳がねたましくて、うらやましくて、青は嫌いだった。それなのに・・・」


 アメリアとは違う、エメラルドのような緑の瞳がこちらを見ていた。


 「その時からだよ。青が、好きな色になったのは。」


 そして、ヘンリーは笑った。うらみも何もない、心からの笑みで。


 「その澄み切った瞳を、濁らせてはいけないよ。私の娘、アメリア。」


 「お養父さま・・・」


 うれしさに再び涙がこぼれた時だ。

 最後にアメリアの名をつぶやいたその声が、喘鳴に変わる。体をくの字に折って、ヘンリーが激しく咳こんだ。


 「・・ア、アメリアの・・お前の、花嫁姿・・・。王妃になった・・・お前を、見たっ・・・」


 見たかった。そう紡ぐ前に、ヘンリーの口から鮮血が溢れた。


 「お養父さま!」


 悲鳴のような声を上げて、アメリアはヘンリーに駈け寄り、背中をさすった。その背中があまりにも痩せ細っていて・・・


 「まさか、あなたはもう・・・」


 レオンハルトが呆然と呟いた。

 ヘンリーが咳こむたびに、口から真っ赤な血が滴り落ちた。


 「いやっ、いやよお養父!わたしを、わたしをっ・・・!」


 ーーまた、おいて逝くの?



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