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告白された日から何回か会っているが、レオンハルトと会うのは七日前の指輪を貰った日以来だ。
舞踏会が始まってから、アメリアはそわそわと落ち着かなかった。
イザベルと父は、貴族方に挨拶をしてまわっている。
(でも、おかしいわ。)
なぜ、反国王派のスチュアンティック家から王妃を出すことになったのだろうか。
(だって、絶対に反対意見があるはずなのに。まさか、親国王派に寝返るつもりなの?)
おかしい、おかしすぎる。
(お父様は、何を考えているの?)
「お父様・・・。」
小さく口に出して、脳裏に浮かぶのはヘンリーとは別の、アメリアと同じ銀髪の男。
「助けて・・・お父様。」
アメリアのかすれた呟きをかき消すように、広間がざわめきだした。
国王陛下のおいでだ。
真紅の豪華なマントを引き、ラズベリッシュブラウンの髪の上に金の王冠をかぶったレオンハルトが、ゆったりと玉座に近づいていく。
きらびやかな玉座に座ったのは、紛れもなくこの国の「国王」であった。
自分は、本当に彼の隣にふさわしいのだろうか。
アメリアは自分の姿を見下ろす。
今日は、侍女たちがより力を尽くして用意してくれたのだ。
光沢のあるアイボリーホワイトの生地に金と桃色の糸で細やかな薔薇の刺繍を散らし、裾にいくほど金の色が濃くなる豪華なドレス。大きく開いた胸元や袖口には、柔らかい白のレースがふわふわと揺れる。
アメリアの髪の相まって、一輪の薔薇が咲いているようだと、クリスティーナが褒めちぎってくれた。
「陛下、本日の良き日、お招きくださり光栄でございます。」
宰相アーレーンズ侯爵が、レオンハルトに頭を下げた。
「うむ。」
「加えて、ディファクター公爵より申し上げたいことが。」
「なんだ?」
レオンハルトが不思議そうに問う。やはり、レオンハルトは知らなかったのだ。
「はい、実は・・・」
ヘンリーはもったいぶりながらながら、言った。
「我が娘、イザベルを王妃にしていただきたい。」
広間がざわめいた。
ーーなんだって?
ーーアメリア嬢ではなく…
ーーなぜスチュアンティック家が…
「・・・は?」
レオンハルトが目を見開いてヘンリーを見た。
「なぜ、そういうことになった?」
「失礼ながら、陛下には王妃がおりません。それでは他国にも、国民にも示しがつかないと思い、我が娘を推薦させていただきました。」
「・・・いや、まず妃がどうこうといったことの前にだな。」
困惑したレオンハルトが、アメリアに答えを求める。
「これはしばらく会えなかった俺への仕返しなのか、アメリア?」
「いえ、わたしもよく分からなくて・・・」
「その前に、アメリア。お前は俺とのことを公爵に言っていないのか?」
「はい・・・」
「指輪のことも?」
「・・・ごめんなさい。」
あまりの気まずさに、アメリアは俯いた。
恥ずかしくてなかなか父に言えなかったのだが。
「ごめんなさい、お父様。実は、わたし・・・」
「俺と婚約したんだ。」
アメリアの言葉をレオンハルトが引き継ぐ。
つかの間の沈黙。
「・・・何?」
沈黙を破ったのは、ヘンリーだった。
驚きと動揺が、水面に波立つ輪のように広がっていく。
「どういうことですが?」
ヘンリーが、固い声で問う。
「どうもこうも、そのままの意味だが?」
輝くマントを引きずり、レオンハルトが玉座をおりた。
王冠に飾られた宝石が、光を浴びてきらきらと色を変える。
大窓からの月光を背に、レオンハルトはやさしく笑った。
「俺が愛するのはアメリアだ。アメリアは、公爵令嬢だから王妃となるのに不足はない。」
「・・・レオン。」
愛おしそうに紡がれる自分の名。
こちらに伸ばされた手を取って、アメリアは不安を押し殺して無邪気に笑って見せた。
幸せそうに笑う娘を見て、ヘンリーは歯ぎしりをした。
アメリアと同じ、銀髪碧眼の男の幻が見えた気がした。
濃いブラウンの髪、グリーンの瞳のヘンリーが持ち得なかった、スチュアンティック家の証の色。
「どこまで邪魔をするんだ、兄上・・・!」