3:事件-II
「無駄足でしたね。」
「そうね。」
午前中から行方不明者が消えたとされる場所を見て回ったが解決の糸口なんてものは見つからなかった。目撃者から話を聞いても謎が深まるばかりでこれは本当に事件なのだろうか、と疑いそうになる。ていうかすでに疑ってます。
「これからどうします?署のほうへ戻りますか?」
「その前に何か飲み物買ってきてくれない?」
胸ポケットから500円玉を出して渡す。
「いいですよ。ちょうど僕も何か飲みたかったので。コーヒーですか?」
「いや、炭酸で。カロリーオフはやめてね、あんなの不味いだけだから。」
霧本は『わかりました』と、何故か嬉しそうに500円玉を握り締めて自動販売機を探しに行った。
「はぁ・・・」
一人になったことで自然とため息も大きくなる。部下の前であまり頼りないところは見せられない。それが解決不可能な事件でも自分が出来ることを全てやるまでは。
実は今日一日で調べたことは決して無駄足では無かった。分かったことはたくさんある。ただ解決するには決定的な何かが足りないだけなのだ。
まず一人目の会社員。
自宅から駅まで約20分。そして4つ目の駅のすぐ目の前に会社がある。その間にはどこかに連れ去られそうな人気の無いところは無く、朝の自宅から駅までの道のりは犬の散歩をする老人や通学中の小、中学生が頻繁に通るため少なくとも連れ去られた可能性は低い。
そして二人目のフリーター。
トイレに入るところは監視カメラの端に映っていたが出てくるところは映ってなかった。
デパート内のトイレはどれも窓は付いているものの子供がやっと通れるくらいの大きさで大人では窓から出ることは不可能。あとから入った人間がトイレ内でバラバラにして一部を鞄に入れる、もしくは窓から外に落としたりしないと行方不明にはならないが手間がかかるし、リスクが高いため可能性は限りなく低い。
三人目についてはもう訳が解らない。
行方不明者を最後に見たという友人に話を聞いたが姿を消した状況が漠然としているため何ともいえない。解ったことはその日は確実に学校に来て講義を受けていたこと。大学の教授も行方不明者が出席していたことを確認していた。友人も目を離したのは1,2分程度だったらしい。
行方不明者は確かに存在してした。しかしこれ以上我々は何をしたらいいのだろうか。
思考を止めてふと気づくと霧本がコーラの缶を持って走ってくるところだった。
「お待たせしました。あとさっき西木から連絡があって調べがついたそうですよ。」
「そう。それでどうだったの?」
コーラを受け取り、まず一口。感想は甘い。やっぱりコーヒーにしておけば良かったか。
「ほとんどが同じ高校の卒業生だったみたいですね。他の生徒からは恐れられていたそうです。関わったら面倒なことになるって、陰で言われていたらしいです。」
「つまり不良だったってこと?」
「そうですね。詳しくは資料を見ないと解りませんがあの高校は不良が多いってことでちょっとした有名校でしたから」
これでまずトラブルに巻き込まれたのは間違いない。しかし問題はどのようにして姿を消したのか、その方法が分からない限り解決はしない。
まぁ、一日で解決できるわけがない、と自分に言い聞かせ、霧本に運転を任せて署に戻る。先に戻っていた部下の西木から資料をもらって目をとおしてみる。
なるほど。これだけ問題や事件を起こしていれば恨みを買う輩がいてもおかしくない。何かしらの力が働いたとしても卒業出来たのが奇跡だ。新たな行方不明者も合わせて9人。その内8人が高校時代にチームを作り暴れていたらしい。チームの名前まで付けているのは遊び感覚だったからだろう。チーム名は・・・
「ブラッディクロス?」
どこかで聞いたことがあるような。
「ブラッディクロス・・・」
自分の記憶を探ってみる。在り来たりな名前だからではない。確か――
『てめ―、――なことして――――むと思―――!俺の――はブラッディクロス――ーダーだぞ!』
画像は出てこないが確かに誰かがこのチーム名を口にした。 それも私が近くにいる場面で。
思い出せ!少なからずこの事件に関係しているのは間違いないはず。
しかし、いくら記憶を探ってもそれ以上の手がかりは出てこない。まだだ!と気合を入れてもっと深くまで探ろうとしたとき。
「警部補!起きてください。」
「え?」
ハッと顔を上げると目の前に霧本の顔が見える。辺りを見回してみると外はすでに真っ暗。時刻も深夜になろうとしている。 残っているのも自分と霧本の二人だけになっていた。ほんの数分間だけ考えていたはずなのに時計を見る限りアレから数時間も経過していた。
(おかしいな。気を失っていた訳じゃないのに)
頭を抑えていると霧本が心配するように自分が飲むために買ってきたと思われる缶コーヒーをくれた。
「疲れてるんですよ。今日はもう帰ったほうがいいですよ。事件だって明日になれば進展して解決するかもしれないし」
「・・・そうね。ちょっと根を詰めすぎたのかな。」
荷物をまとめ、廊下に出る。なんか今日一日で一週間分疲れた気がする。明日は一日中デスクでゆっくりしたいな、と願いながら帰宅するのであった。
次の日。疲れのせいか、またしても寝過ごしてしまった私を起こしたのは携帯のアラームではなくドアを叩く騒音だった。
ドンドンと遠慮など全く無い音が部屋に鳴り響く。 まったく、朝から警官に喧嘩を売るとはいい度胸ではないか。寝過ごした私が言うのもなんだが安眠妨害は犯罪なんですよ?私の中で
「はいはい。今行きますよー」
パジャマのまま玄関まで移動するも玄関マットで足を滑らせて転倒。その間にも五月蝿いノックの音は止まずイライラは一気にMAXに。
「はいはい。これ以上その騒音ノックをするようだったらノックの出来ない状態にしちゃいますよ?」
「あ、警部補!・・・ってなかなか際どい格好してますね。」
ドアを開けた先にいたのは部下の霧本だった。なんでコイツは私のアパートの場所を知っているんだろう?まぁいいか、それより、
「なんだ霧本クンだったんだ。だったら一発くらい良いよね」
「・・・はい?」
ボディブロー
「それで用件は?ていうかなんで住所知っているの?」
うずくまっている霧本を眺めながら話を進める。
「・・・い、いやちょっと。冗談じゃなく大変なことになっているんですよ!あの行方不明者たちが廃工場で発見されたらしいんです!」
「・・・そう、分かったわ。5分で準備するから案内して。」
ドアを閉めて服を着替えながら思う。
『なぜ自分はこれほど冷静なのだろう?』
昨日初めて聞かされた事件がその次の日に一気に解決に近づくなんて普通ではまずありえない。なのに自分は全く動揺していない。
パトカーで移動中に霧本に詳しい状況を聞こうとしたら
「いえ、俺は報告を受けただけで実際に現場を見たわけでは無いんです。ただ現場のほうもパニックになっているみたいで、おそらく行方不明者だ、としか聞いていないんです。」
すいません、と謝る霧本。彼に非は無い。本来なら私がその報告を受けて部下に指示を出さなければならない。つまり非は私にある。
「謝る必要は無いわ。ところで『おそらく』ってことははっきり確認したわけでは無いということね。」
誰か行方不明者の顔写真を覚えている人間が現場に到着しない限り発見されたのが行方不明者だと断言は出来ない。
「いや、それがちょっと引っかかるんですよね。」
運転中の霧本が視線を前に向けながら話し始める。
「さっき、自分が報告を受けたって言いましたよね?」
「ええ。」
「実は報告してきたのは西木なんですよ。今朝に人が死んでるって110番通報がありまして、それで西木が新人をつれて向かったんですよ。その後に報告を受けて何人かに現場に向かってもらったんですけど・・・」
霧本は一拍置いて思案顔になり、
「西木も行方不明者の顔は覚えているはずなんですよね。」
と言った。
「―――!!」
頭の中が一度真っ白になった。そして自分でも驚くほど回転が速くなる。
そうだ。行方不明者の顔を知らない者が現場に行けば私が捜査している『大量に行方不明者が出ている」という事件とは結びつけずに報告するだろう。
つまり先に現場に行った西木には私が捜査している事件との関連性とそれを断言できない理由がある。
「霧本。出来る限り急いで。」
私の声に霧本は無言でアクセルを踏んで答えた。
現場周辺はすでに野次馬でいっぱいだった。
「こちらです。」
現場に到着していたほかの部下に案内されて敷地内に入る。
KEEP OUTのテープをくぐり、工場の入り口で自然と足が止まった。元が工場だと言われなければ分からないほどボロボロになり、入り口には扉が無いのか大きな布がカーテンのように着けられている。鑑識の人間が出入りする度に工場内の異臭が外に漏れる。少し離れた草むらでは数人の警官が胃の中のものを吐き出している。
おそらくこのカーテンの先は別の世界が広がっている。入るな、見てはいけないと理性が叫ぶ。今ここで後ろを向いて歩くことが出来たらどれだけ楽だろうか。
しかし、どんなに逃げる選択肢があろうと私は前へ進む以外の選択肢を選ぶ権利は無い。
「・・・無理しなくていいわよ?」
後ろにいる霧本を見ると無理をしているのがはっきりわかる。彼はまだ引き返すことが出来る。
「・・・いいえ、自分も行きます。」
しかし、彼は真っ直ぐ私を見つめながら言い切った。
「・・・そう」
私はゆっくり工場内に足を踏み入れた。
最初に感じたのは空気の重さ、そして異臭。そして視界に入ってきたのはライトに照らされた血の海とその海に浮かぶ大量の何か。
状況を理解することが出来ない。これはなんだ?目の前にある光景をなんと呼べばいい?
思考が完全に奪われる。目の前の光景から目を逸らせない。
「うっ!・・・」
後ろから呻き声が聞こえ、誰かがカーテンの外、この世界から出ていった。
そこでようやく理解した。出て行ったのは部下の霧本。理由は初めて見た死体が異常だったからだ。つまり目の前にあるのは
“死体”
「・・・西木」
工場内の入り口近くで鑑識と話を終えた西木を呼ぶ。
「はい・・・警部補、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。それで何かわかった?」
「はい。鑑識の結果、まだ詳しい死因や身元までは分かりませんが死体は6人分。すべて男性です。それと生存者が2名、その内1名が重傷です。さきほど2名とも救急車で運ばれました。」
「そう、ありがとう。ご苦労様。ここは私が引き継ぐから外の方をお願い。あと霧本も」
「・・・分かりました。」
西木は失礼します。と、一礼してから外に出ていった。
―霧本―
昔、お金が無いときに賞味期限切れの食品を食べて吐いたことはあるが何かを見ただけで吐いたのは初めてだ。
最初、自分が何を見ているのか理解することが出来なかった。それならまだこんなことにはならない。でも、見てしまった。見つけてしまった。
あれは間違いなく人間の―――
「うっ・・・」
思い出すな!あれはまだ未熟な俺には刺激が強すぎる!
あの人はあの光景を見て、よく平気でいられるな。
「大丈夫か?」
工場から出てきた西木が俺の背中をさする。そういえばコイツはずっと工場内にいたのか?
「ちょっと落ち着いてきた。サンキュ。」
スーツが汚れるのも構わず壁に寄りかかる。
「しかし、すごいな。お前もあの人も。俺はこの様なのに・・・」
もう俺にはあの空間に戻る勇気は無い。
「すごいのはあの人だけだ。俺だって最初に見たときは今のお前と同じ状態だったよ。ただお前と違うのは死体を見るのが初めてじゃなかっただけだ。」
「そうか・・・」
それを聞いてなんとなく気持ちが楽になった。吐き気も引いたし、いつまでも休んでいるわけにはいかない。
「さて、仕事しますか!」
少しでもあの人に近づくために、今出来ることをやろう。
かなり時間が掛かっちゃいました。おかしなところがあったらごめんなさい




