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人魔大戦の解呪  作者: OZ
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禍津血降る日

 ニブルヘイムに魔族の血が降ったと仮定するアナハイム達は、外の状況を見る為に二人で会議室を出た。


「この兵舎を出たら外は魔族で溢れているのよね」

「そう……なりますね」

「でもそれは……街の人ってことでしょ」

「はい……」

「……躊躇する?」

「やはりそれは……私達が必死に護ってきた人達ですから……手にかけるのは……」


 兵舎から外に出る為の扉に手を掛けたまま、アナハイムはシンシアに覚悟の程を確かめる。


「もう一度聞くね……躊躇する?」

「団長を護る為であれば、それはいかなる者であっても許しはしません」


 一回目の質問では眉を落としていたシンシアだったが、二度目の質問の時には顔を上げ、おおよそ二十秒前とは別人の無表情で冷たい……例えるのなら、躊躇なく屠殺する機械のような表情をしていた。

 その言葉と表情を見たアナハイムは、苦笑いをしながら溜息を漏らした。


「私って、やっぱり最低な上司だ……ごめんね、ありがとう」


最後の一言の間に、シンシアがほんの少しだけ口元を緩めて笑顔になった……否、そのように見えた気がしたアナハイムは、外へ出る為に掴んだドアの取っ手を下げ力の限り蹴り倒してそのまま走った。


「兵舎には後方結界が既に貼ってある! 気にせず進め!!」

「私は魔族を殲滅しながら市民を中央扉まで誘導します!」

「あまり遠くの魔族にまで構うなよ! 急げ!」


 兵舎から出た瞬間に状況を理解しその場で最も的確な作戦を立てる二人に隙はなく、魔族化した『元』住民にもやはり容赦はい。

 生き残った住民をニブルヘイム中央扉より城外に出すことで、魔族化した住民を厚い壁の中に閉じ込めるのがアナハイムの考えだった。


 地面には既に血だまりがそこら中に広がり、人が切り裂かれ肉となったモノが散らかっていて、その上にまた死体が落ちていく。

 こんな状態では恐らくニブルヘイムを存続させるのは厳しいだろうという判断。

 誰かに言われたわけではなく自分で判断したこの行動は、後で咎められるであろうことは安易に想像できたが、今はそんなことよりも生き残った市民と目の前のことで精一杯だった。 


「生き残っている市民は全力で中央扉より外へ!! 繰り返す!!生き残っている市民は全力で中央扉より外にでろッ!!」


 言葉尻が荒くなっていることなどお構いなしに叫び続けるアナハイム。

その声に反応するかのように近づく魔族は法力を用いて容赦なく肉片と変えた。


 一方、シンシアが使うのは身長百六十センチに対してそれとほぼ同等の長さの剣。

しかし、刀身は細身で速く振ればしなり、その跳ね返りで魔族を一瞬にして切り裂く。


「お、お願いします! 私の娘のこの子は魔族化してないんです! 助けてください!」


 急に現れた母親であろうその者は既に魔族化していた。

それも魔族を次々と肉片へと変えているアナハイムの元へ自らの娘を抱いて。

その覚悟たるや、恐らく種族は関係ないことも分かっていた。

 魔族であろうと自分の子供であれば護るであろうし、それが親というものであることも理解し、この者が人になろうとしているのであれば誰かを襲っているだろうがその気配はなく自分の娘のことだけを必死に懇願している。


 この人間"だった"人をどうしよう。

 

 彼女は咄嗟に考えた。

 このまま母親を他の魔族と同じように肉片にしてしまったら、その腕に抱かれているであろう娘……およそ2歳くらいの子はどう思うだろうか? 自分のことを憎んで復讐にくるだろうか? それとも、分からないのをいいことにこのまま肉片に変えてしまった方がいいだろうか? そもそも分からないだろう、そうだろう。 じゃあ魔族化してしまったこの母親は驚異になりかねないのだからこの場で排除した方がいいし、この先自分の母親が魔族化したと知らないほうがこの娘の為にもなるかもしれない。

 いや、それすらも自分が考えた勝手な内容で、本当はこの母親――。


 彼女は必死に考えていた。

 走馬燈のように流れ出る一瞬の思考にしてはあまりにも莫大な量過ぎて、一秒が何十倍もの長さに感じてしまう程に。


 そんな彼女の思考を止めたのは、耳元の爆音だった。

爆音に気を取られて瞬きをした彼女の目に入ったのは、既に頭が消し飛んだ母親だった人物のみ。

 次いで硝煙の匂いが鼻腔を通り、火薬を使ったなにか……銃だということを理解した。


「ニブルヘイム直属騎士団、確約第十項"魔族は誰であれ消せ"でしょう……?」

「レオン……」

 

 レオンと呼ばれたその青年は銃の先から出る煙を息で消すと、先程母親が必死に託そうとしていた娘を腕に抱えていることを強調する。


「アナハイム団長、判断を間違ってこんなところで死なないでくださいよ……? ボクらはまだ生きてるんです。 誰がボク達を纏めてくれるんですか、貴女しかいませんよ。 じゃあ、先に行ってますから」


「………………行け」


 彼女は眉間に皺を寄せ、追い払うようにレオンの背を押した。


 悔いている理由は幾つかあったが、それは母親を殺してしまったことではなく殺"させて"しまったことだった。

自分の思慮、選択がコンマ一秒でも遅くなれば、先に答えが出た者が実行に移してしまう。

 今回の件で言えば、アナハイムの思考が少し遅れたばかりにレオンの手を汚してしまった。

『自分がもっと早く決断し、行動に移していれば』

 今の遅延でもしかするとあの娘が助かる確率も下がってしまったかもしれない。

 その判断ミスが彼女が奥歯を噛みしめる要因の一つとなっていたことは、否めなかった。


「お願いだから敵意を剥き出してきなさいよ……!」


 本当はこの場で戦っている誰一人、戦いたくはない。

 元は人間と分かっている者を肉片に変えることなど、誰一人としてやりたくはない。

 それが彼女らの使命で、存在理由で、この状況を打開できる唯一の行動と、そう意気込んで自らの意思を潰しているだけに過ぎないのだから。

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