封死、解始。 「参」
「アナハイム団長! 大変です! 至急会議室までお願いします!」
ノックもせずに急いで部屋のドアを開けたのは誰でもない、シンシアだった。
「な……なに……」
睡眠を取っていたアナハイムは、息を切らし緊迫する声で起きた。
嫌な夢を見ていたせいか寝起きがあまり良くない彼女は、頭を手で押さえながら状況と思考を整理した。
緊急招集という名目で起こされる要員は主に二つ。
一つ目は、魔族の大群がニブルヘイム目掛けて進行してきている場合。
だがしかし、時刻は午前六時。 魔族の大群が来ているとすればその情報はいち早く伝わる為、このような早朝ではなく、夕刻に「緊急招集」という名目で集められる。
あくまでもそれは名目の為、緊急招集というのはただの作戦会議に近かった。
二つ目は、本当の緊急招集。
それは前述した名目での招集と違い、一刻も早く対応が求められる場合のみに行われる招集である。
シンシアの焦り方といい、この時刻といい、これは後者の緊急招集であることが分かった彼女は直ぐに身支度を済ませて会議室へと向かった。
「第一班、魔族対策……団長……アナハイ……」
アナハイムが扉を開けて一番最初に思ったのは『違和感』だった。
二百平米はあるであろう広い部屋に、たった八人しかいなかったこと。
そしてその内の三人は身体中が傷だらけで、今にも死んでしまいそうな程に重傷だったこと。
彼女はその光景を目にしてしまったが故に、自らの所属と名前でさえ途中で言うのを忘れてしまった。
「シンシア!」
彼女は叫んだ。
もしかするとさっきシンシアが部屋に来ていたのは何かの虫の知らせで、本当はあの時もまだ夢を見ていたのではないかと。 もしあれが夢なのだとしたら、シンシアはもう……。
そう思ったら叫ばずにはいられなかった。
自分を起こしに来たのだから、自分より先に会議室に来ているはず。 そうであってほしいという願いも空しく、彼女の声だけが広い部屋に響く。
黒く悲しい感情が彼女に満ちようとしていたとき――。
「団長!」
その声を背後から聞いた瞬間、アナハイムは正気に戻り、振り向くと共にその人物を抱きしめた。
「無事で……貴女が無事で良かった……シンシア」
「ロ、ローゼン様、このような状況と場所で……いけません」
目に薄らと涙を浮かべるアナハイムとは対照的に、抱きしめられることによって感じて赤面しているシンシア。
「ロ、ローゼン様が今ここでと仰るのであれば、私の操を今捧げます……」
「なに言ってるの。 ほら早く、状況説明!」
「あと、こういうところで呼ぶときはアナハイムでしょ」
「は、はぃぃいい!」
アナハイムの瞳にはもう涙はなく、少しだけ安堵した表情で落ち着いていた。
そんな彼女を見て少し寂しそうにするシンシアだったが、一刻を争う状況は変わっていないので早急に現在の状況説明を始めるのだった。
「見ての通り、現在ここには八名しかいません。 内、負傷者が三人。 この三人は街の一般市民です」
「市民?」
確かに、アナハイムは最初入ったときに負傷している人間がいることを確認していたが、それが兵団の人間かは確認していなかった。
よく見ると市民の服装だったことを理解し、話を進めさせる。
「現在、全ての兵団は外で魔族と交戦状態です」
「全ての兵団が交戦!? そんな魔族の大群、何故見抜けなかったの!」
「そ、それなんですが……」
シンシアがアナハイムを連れて市民の近くまでいくと、市民に知っている情報について話すよう促す。
「血の雨が……血の……雨がぁ……」
瀕死の重傷を負ったその男性は、虚ろな目をしたままずっとその言葉を呟いているのだと言う。
「ど、どういうことなの」
一向に状況が見えてこないアナハイムは再びシンシアに問うが、同じく難しい表情をして首を横に振る。
「実は、私達も完全に状況を掴めているわけではないのですが、血の雨が降ってきたこと。 その瞬間に街が魔族で溢れていること……それぐらいしか情報がないんです。 その魔族が市民を襲って……このように」
アナハイムは考える。
血の雨が降ってきたというのは、大量の市民が魔族に殺されたことで起きる血飛沫を比喩しているのか……それとも、本当の意味で血の雨が降ってきたと言っているのか……呟き方や現在の分かっている状況から考えると、血飛沫を比喩したとは思いにくい。
だがしかし、そうでないとすれば辿り着く答えはそのままの言葉の意味。
「ま、まさか……シンシアこれって……!」
「はい……私たち残りの皆も同じことを考えています……」
戦慄の表情を浮かべたアナハイムが恐る恐る口を開いて呟いた言葉は――
「ニブルヘイムに……魔族の血が降った……」