封死、解始。 「弐ノ裏」
(おかあ……さん)
夢の中で見たのは、幼い頃の母親との楽しい日常だった。
私にとっての母親とは、清く、正しく、美しく。 そしてなにより自分に厳しく人に優しい。
人間たるものこうであれ。 という言葉が人になったような母親だった。
私はそんな母親に憧れたし、近づく為にも母の教えはなんでも聞いた。
でも、何かがおかしかった。
私がいくら歳をとっても母は美しいままで、幼い頃の私の瞳に映ったままの姿だった。
そしてあるとき、私の目の前から消えた。
私は分からない。
私が小さい頃に見た母親という人物は、私一人だけが見えていて、周りには見えていないのではないか。
私が小さい頃に見た母親という人物は、私の夢の中に出てきているだけで、現実にはいないのではないか。
何故そんな風に考えるのか……それは周りに原因があった。
母がいなくなった当日。 私が泣きわめいて目の周りを真っ赤にしたあの日。
『母のことを覚えている人物が誰一人としていなかったからだ』
私は精神を疑われ、医者に診られ、世間からは可哀想な子として見られた。
必死な訴えでさえ『大丈夫だよ』と。 『怖がらなくていいからね』と。
私はそれから母のことを考えるのを……いや、誰かに話すのをやめた。
これ以上母との思い出を誰かの心ない言葉で傷つけるのは嫌だったし、私が必死になって誰かに聞いてそれを否定される度、私の中の母の思い出も薄れていってしまいそうだったから。
そんなのはもう、本当に嫌だったから。
私の夢の中で会える。
私だけのお母さん。
誰の記憶にいなくとも、私だけの記憶の中に。
それで……良かったんだ。