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人魔大戦の解呪  作者: OZ
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封死、解始。 「弐」

 空も朱色に染まり、カラスの声が都市に響く。

 現在の時刻は午後六時。 予定より時間の掛かってしまった封呪の儀を終えたアナハイムは、シンシアと共に兵舎で話をしていた。


「ローゼン様、封呪の儀、お疲れ様でした」

「やめてよシンシア。 ここではローゼンも様は駄目だって言ったでしょ?」

「もう団としての活動ではなく、個としての活動ですよ……あぁ、ローゼン様」



 シンシアは儀式中の表情とは違い、艶に満ちた、火照った女性の顔と潤んだ瞳で見つめていた。 それに対してアナハイムは困った表情で、シンシアに返している。


「私はローゼン様を愛しているのです。 兵団に居るときも貴女様の姿に慕情を隠しきれているかどうか、最近では自分でも不安なくらいです」


 つまるところ、シンシアは百合である。


彼女自身、美しい容姿で誰が見ても振り返ることは間違いない美女だったが、男性から求められるとその全てを断っていた。

 そんなとき、団長であるアナハイムを街で見かけた彼女は一目惚れし、それだけの理由で兵団へ入団、目まぐるしい速度で実績を積んだ彼女は副団長の地位まで上り詰めた。


 毎日と言っていいほどアナハイムを見ることができる生活に満足した彼女だったが、あまりに露骨すぎると所属している兵が動揺してしまう可能性もあるということで、アナハイムからは団として動いているときは自分を律するように厳しく言われていた。

 しかし、自分を縛り付けるそんな言葉でさえ、アナハイムから発せられれば愛となり、彼女の心を満たすのだった。


「でもさぁ、封呪の儀ってなんだか嫌いなんだよねぇ」


 シンシアの言葉を一切気にかけることなく自分の話へと方向を切り替えたが、それすらをも快感に変わってしまうシンシアは、既に末期症状とも言える。

 だが、流石は副団長である故か、アナハイムからの言葉にはしっかりと返すのであった。


「何故嫌いなのですか? ローゼン様のお力のお陰で私達は魔族の血を浴びても魔族になりません。 本来であればその力を授けて貰えるだけでも嬉しいものですよ。 なんせそれはローゼン様の――」


 シンシアの言葉を聞いていたアナハイムの耳は、前半の意見だけを取り入れて後半は割愛した。


「そうかなぁ……魔族の中にも、優しい人っているんだ」

「あぁ……優しきローゼン様。 魔族にも慈悲を……」

「ううん、慈悲なんかじゃなくて、昔私を助けてくれた魔族の男の子がいるの」

「なななっ、なんですかその話はッ! 私でも聞いたことありませんよ!!」

「そ、そりゃあ言ってないからね……」


 凄まじい剣幕でアナハイムの顔に近づくシンシアに苦笑いをしながらも、話を続けた。


「私が法力を使えるようになって、この城の外へ出たときのことよ。 まだ法力を完全にコントロールできない私は、図に乗って少し遠くまで行ってしまった。 護衛がいたにも関わらず、そんな人なんていなくても大丈夫だと思って森にまで入ってしまったの」


「そしたらそこには魔族がいてね、男の大人三人。 私は怖くなって逃げようとしたけど、すぐに追いかけられて手を掴まれた。 あぁ、私ここで死ぬんだなぁって思ったわ。 だけど違ったの」


「私に自分の血を浴びせて魔族化させようとした……その上で私を犯して自分の子供を……。 だけどできなかった、私には封呪の力があるから魔族化しなかった。 それを知ったその男三人は、今度は私を慰み者にしようと……」


「……………………」


 その言葉を発したあと、少し沈黙があったことに驚きを隠せないシンシアが叫ぶ。


「ま、まさか……! そんな、そんなことはないですよね!?」

「だ、大丈夫よ。 結果的に未遂だった」

「あ、当たり前ですっ! もしローゼン様に……そんな、そんな汚らわしいことをした者がいたとすれば、例え人間であれど私がこの世の絶望と言う絶望を集めた地獄へと叩き落とします……」


 悪魔的な表情を浮かべるシンシアは、魔族よりも恐ろしいと悟るアナハイムだった。


「絶望に浸る私は、なんとか法力を使おうにも未熟で……終わったって思ったとき、気づいたら男三人は血も流さずに死んでいたの」


「…………はい?」


 シンシアが気になったのは、男三人を仕留めたのが魔族の男子ということではなく、どうやって血を流さずに殺したのか。

法力にはそのような力の術はなく、どうやっても血が流れるものしかない。 武器も然りであり、故に魔族と戦うときには封呪が必要だった。


「魔力……あの男の子はそう、教えてくれたわ」

「魔力……?」

「そう、魔力。 それによって人は魔族化する、と。 そう教えてくれたわ」


 シンシアは「魔力」というキーワードを脳内で探していた。

彼女は兵団で副団長であり、団長の為の参謀である。 全ての情報は全ての局面で有利になる可能性があると考えている故か、記憶力が人一倍優れていた。

 だがその彼女でも、人生分の記憶を検索しても出てこなかった。


「一体魔力とはなんなのですか……?」


「それ、なんだけどねぇ……」


 自分が言いたい言葉をシンシアが既に言っていると諭すように、無言で首を横に振った。


「法力を完全に扱えるローゼン様でも知らない力……魔力。 興味が湧きました」

「もし私がその情報を知り得たときは、どうか私と濃い口付けを……」


 艶やかな瞳で、唇に指を沿わせながらそっと呟くその姿は、老若男女問わず魅了してしまうほどの妖艶さがあった。

アナハイムに限っては例外だったが。


「ま、そのときは、ね」


 笑顔でそう返すアナハイム。

 公認を得たとばかりにはしゃぎ取り乱すシンシアは、直ぐさま兵舎の資料室と個人的データベースを探すと言って何処かへ行ってしまった。


 一人、兵舎で空を見つめるアナハイム。


「はぁ……もう夜かぁ……この平和は、いつまで続くんだろう」


眩いばかりの光を放つ星をしばらく見た彼女は、一人寂しく家に帰るのだった。





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