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ワンダーランド

作者: さなぎ

 幼少期の頃なんてものは、一切合切覚えていない。楽しい思い出も、悲しい思い出もどこかにおいてきたみたいだ。


 辛うじて思い出せるのは、小学一年生の頃。やたらめったら、モテていたということだ。もちろんその時の私には、モテ期なんて言葉は知らない純真無垢であったので、そのことに気づいたのは遥かに後になってからだった。


 日毎に、違う女の子と遊んでいた覚えがある。もちろん女の子とだけではなく男子とも遊んでいた。とにかく、充実した日々だった。


 小学三年生の時、初恋をした。隣の席の女の子だった。理由は、単純に可愛かったから。学年が上がってクラスは離れてしまって、心の距離も離れていってしまった。


 小学六年生の時、親友が転校してしまった。とても悲しかったのだが、別れてからすぐにメールが送られてきて笑った。心の距離は、変わらなかった。そして、中学生になった。


 中学生になると、いつも遊んでいた友達たちが不良になったり、別の小学校の子達が入ってきたりして、取り残された気分になった。


 中学一年生の時、部活に追われていた。その最中に、怪我をしてしまった。今でも治らない、爆弾を抱えてしまった。


 中学二年生の時、また恋をした。幼馴染だった。結局あやふやなまま掠れていった。


 中学三年生の時、勉強に追われていた。それと同時に、アニメにどハマりした。勉強の合間合間にみるのが、癒しだった。そして、高校生になった。


 高校一年生の時、学校に馴染むのに苦労した。同じ中学校の子はクラスに一人しかおらず、休み時間はひたすら読書に勤しんだ。後々、友達になった奴らは、一生の友人だった。


 高校二年生の時、将来の夢が定まった。教鞭を振るう姿に憧れたのだ。将来、自分もそうなりたい、そう胸の内に秘めていた。


 高校三年生の時、受験に苦労した。志望校を受けても受けても合格せず、結局最後の最後まで戦う羽目になった。そして、大学生になった。


 大学一年生の時、掠れていたものが、色濃く戻ってきた。初めて告白するが、普通に振られた。恋愛ごとは、上手くいかないものだと痛感した。


 大学二年生の時、講義に追われていた。一年生の時のツケが、見事に回ってきたのだ。バイトと学業の板挟みで、苦痛の日々だった。


 大学三年生の時、恋をされた。ゼミが一緒で、喋る機会が多かった子だ。二つ返事で付き合うことになった。


 大学四年生の時、教師になろうともがいていた。教育実習に行き、どうしたら話を聞いてくれるのか、どうしたら上手に教えられるようになるのか、頭を悩まし続けた。そして、私立高校に、非常勤として雇われることになった。


 社会人一年目、結果を出そうと必死だった。非常勤はヘマをやらかすと、容易く首を切られてしまう。だから、早く慣れて、結果を残さないといけなかった。


 社会人五年目、結果が実を結んで、正式に雇ってもらえることとなった。私立なので、どこかに飛ばされるという心配もない。これが決まった日、彼女に告白した。私たちは二人一緒になった。


 社会人十年目、慣れというか、余裕が出てきた。アラサーの貫禄というやつだろうか。一昨年には、娘も生まれて、順調な人生だった。


 社会人十五年目、新しく息子が生まれた。娘は長女として毎日、弟を気にかけている。家の中がとても暖かかった。


 社会人二十五年目、娘と喧嘩をした。進路についてだった。専門学校に行きたいという娘を、応援できなかった。最後には押し切られてしまった。


 社会人三十年目、娘が結婚した。わんわんと泣いた。娘にも、息子にも、嫁にも笑われた。それほど嬉しく、悲しかったのだから仕方のないことだ。娘からの感謝の手紙で、さらに泣いた。


 社会人四十年目、息子も結婚した。私と似た顔なのに、どうやってあんな美人と結婚できたのか不思議だった。それを嫁に言うと、性格だと言われた。確かにそうだ、私の嫁も可愛かったのだから、同じ理由なのかと納得できた。そして、この年に、教師を辞めた。


 それからの人生は、まるで新幹線に乗っているかのスピードで流れていった。孫も生まれ、そして友人たちと別れ、嫁とも別れた。その全てが、次々と過ぎ去っていった。そして、次は、私の番だった。


 人間とは不思議なもので、死ぬ間際となると、それまでの人生を振り返れるらしい。小学校から今までの人生が、頭の中で走り去っていく。これが世に聞く走馬灯というやつなのだろう。


 楽しい思い出も、悲しい思い出も一瞬だった。後悔なく生きれただろうか、そんなものは死ぬ間際には関係のないことだ、そう割り切って意識をどんどん沈めていく。


 耳が、目が、体が、感覚が、段々と遠ざかっていく。そして、俺は息を引き取って――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おっつかれさまでぇす」


 視界が白く染まり、おちゃらけた声が耳に届く。恐る恐ると目を開ける、開いた。視界に白いウサギが映る。


「いかがでしたぁ? 此度のじぃんせい、お気ぃにめぇしましたぁ?」


 独特のイントネーションで、画面の向こう側にいる燕尾服を着た、白ウサギが話しかけてくる。


「……誰だ?」


「いやぁ、そぉの反応、飽き飽きしてきぃましたよぉ」


 眼前三十センチに取り付けたディスプレイの中で、白ウサギは愉快そうに、それでいて無機質に無感動に言う。


「わぁたくしは、『アリス・システム』を総括しぃております、『白ウサギ』ともぉします。おあかえりなぁさい、『ワンダーランド』に、クソッタレな世界に」


 すべてを思い出してしまった。


「説明は、必要でぇすか?」


 そんなものは、必要なかった。『ワンダーランド』、人間に残された最後の住処。各国の技術を結集して作られた、保護施設とも言える。


 環境破壊が進んだ結果、人間たちは地下に巨大施設を作ることにした。それが、『ワンダーランド』だ。地上に戻れる日を夢に見て。


 しかし、待てど暮らせどその日はやって来なかった。そのことを苦にし、自殺する人が多数生まれ、人口は激減した。


 そこに一石を投じるかのように、『アリス・システム』が発明された。辛い現実から目を逸らすために、生み出された。擬似的な夢を、現実が好転するまで見続けさせるというものだ。


 管理は全て一貫して『白ウサギ』と呼ばれるコンピュータに任されていた。そして、すべてが順調に進んでいたはずだった。


 観測結果により、地球の環境は向こう数百年戻らないことが判明した。そのことを公表し、科学者たちは演説中に自殺をした。


 そのあとは、施設内の全てを白ウサギが統治した。『アリス・システム』は、もちろんずっと稼働し続けていた。


 そして、一年に一回、現実に戻ることがある。他の夢も見たいでしょ? という白ウサギからの計いで、一年周期で内容を変えることが出来るのだ。それが、今日だったらしい。


「……ご苦労なこった」


「ねぎぃらいの言葉、痛みいりまぁす」


 全くの無感動で、白ウサギは礼を述べる。


「それでぇは、次はなんの夢がいいですかぁ?」


「現実世界に戻れる夢がいいな」


「それは夢のまた夢でぇすね。まだ無理ぃですよぉ」


 クスクスと、白ウサギは画面の向こうで笑う。


「あなた方は、現実が好転するまぁで、ずぅっとこのまぁまですよ」


 荒廃した世界。そこで人間は、すべてを機械に任せて、緩やかに、ゆっくりと絶滅の道を歩んでいた。

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