教会と異端者ⅱ
「では、こちらを」
そう言って手渡された紙。一見唯の紙だが、触り心地がなんとも言えなく気持ち悪い。例えるなら、蛇。触ったこと無いけど、なんかニュルニュルした感じ。分かるだろう?
「これって?」
「再生不可能紙ですよ。狂科学の一部です。ご存知の通りこれを処理すると文字通り再生が不可能になります。なんなら説明いたしましょうか?」
アイシャの申し出を断り、紙に目を通す。紙の中身は秋人なら一瞬で読んじまうんだろうが、生憎俺には無理だ。
「結婚相談か何かかこれは?」
読み終わり、率直な感想を口にする。そもそも名前から始まり、好きな食べ物で終わっているのはおかしいだろう。それに何だ。その…男女の経験はあるかとか。
「素直に書いてくださいね。それもあなたにとって大切な事ですから。」
アイシャに念を押され質問に答えていく。名前は『源樹』性別は『男』…と順当に書いていくが、男女経験『童貞』書いてて泣きそうになった。アイシャは見てニヤニヤしてるし。
「少し暇ですね。折角ですから、再生不可能紙について少々お話をしてあげましょう。」
質問に切磋と答える内に、アイシャは椅子に腰掛けて語りだした。気がつくと隣にコーヒーが置いてあった。
再生不可能紙。それが表れたのは旧暦2100年。彼が作り、持ち込んだもの。
これは誰もが知っていることだし、彼の事をタブーとする旧国の民ですら周知の事実だ。
この再生不可能紙を持って彼は言った。
「この紙を元通りに戻してみろ。」
そういって紙は燃やしたのだ。当時の科学者達は灰の中から紙を探し、復元しようと躍起になった。何故なら、その紙には彼からの挑戦の意が込められていたからだ。
しかし、紙はどこからも出てこなかった。灰すらも出てこなかった。
ある科学者は言った。
「紙など本当は無かった。彼は焼却炉に入れる振りをしただけだ。」
当時、彼の意見に真正面から対立する人は珍しくは無かった。しかし、その男は違った。彼と真正面、面と向かって否定したのだ。彼の絶大なカリスマをオーラを全てを正面から受け止め言ったのだ。
余談になるが、その科学者は後に彼を支持する熱狂的なファンとなる。世にいう『五人の科学者』の内の一人となるわけだ。
「ストップ。終わったぜ。」
アイシャの話を打ち切り、紙を手渡す。質問には全て答えた。かなり恥ずかしくて普段なら赤面状態だが今の話のせいで、シリアス顔に戻ってしまっている。
「話を続けてくれないか?その話学校じゃ聞いたことも無いぜ。学校じゃ説明も何も無かったしな。それとアイシャのスピーチかなりカッコ良いぜ。」
言葉の通りアイシャの言葉には人を引き付ける、魔力みたいな物がある。妙な威厳みたいなものを全身からだしている。この重ぐるしい教会にはぴったりな訳だ。
アイシャは話を続ける。少しぬるくなったコーヒーに手をつけながら、樹は又アイシャの話に没頭する。
その科学者の後の名は『ハイム・ロウ』。通称『心理の魔法使い』。彼の心を唯一理解したといわれる変人だ。
そして、彼はハイムに続け様に言った。
「では、ハイム君。これがその紙だ。証明してみたまえ」
ハイムは紙を受け取り、研究室にこもった。当初、その紙を研究するために何人もの人間とチームを組んだ。
しかし、実験が進むにつれ彼の狂気は進んでいった。一日、何日?そんな概念を吹き飛ばして彼は研究した。
飲みもせず、食いもせず、ただ研究した。他の学者達はハイムの狂気と知性に恐怖し、一人また一人と離れていった。
ハイムの狂気が身を結んだのは、一年後。ハイムは研究室から出ると、待っていたかのようにそこに居た彼と泣きながら抱き合ったらしい。
「さて、問題です。樹君。この再生不可能紙一体当時の何を解決したと思う?」
急にアイシャは戻り、俺に聞いてくる。アイシャはどうやら知識を語るときに最も得意げになるタイプの様だ。
結果は知っている。結果だけは授業でやったのだ。
「地球温暖化だろ?それと有害ゴミの処理法とかだろ。」
まさに発想の外。処理としては最も優れているであろう消去。消してしまえば、害も何もあったものじゃない。包んで燃やせば良い。本当に馬鹿げている。
「その通り。」
よくできましたと言わんばかりに、アイシャは俺の頭を撫でる。
「さて、この話は一旦お終い。続きはまたいつかね。」
くるりと回ってそれっきりと机の上の紙を取る。アイシャは紙面に目をやる。そうして、数分熟読したのち目を離す。
「いつごろぐらいに見つかりそうだ?」
狂科学を妥当しうる兵器へと昇華してくれる狂科学者が見つかるかどうか。
今、街には実験体が居る。それも既に街に交代で入った魔女狩りを二人も殺している程の。今はまだ一般人には被害は無いが、いつ犯人の気が変わるかもしれない。
「それなら心配ないわ。私がしてあげる。」
彼女が笑った。今日初めて彼女に狂気を見た。