教会と異端者
源樹の日常がもう直ぐ変わる。
『いや、日常なんてとっくに終わってたんだよな。』
父も母も死んだ時点で樹は非日常にいたんだ。例え知識としては分かっていても日常の境界線はすぐ傍にあったと源樹は実感する。
そして今樹は教会の前に立つ。
教会は来るものを拒まぬと開いていた。暗い森の中彼は歩いてきた。友と別れを告げ、彼自身が復讐の為に。
教会と言っても、祈りを捧げに来た訳では無い。樹は文字道理、彼自身を捧げに来た。
狂科学を捨てたこの都市でも厳密に言うと狂科学は実在する。それが教会。教会はまさに日常と非日常の境界になるが如く科学と狂科学に線をしいた。全ては異端(狂科学)を刈り取る為に。
「ミサの時間は終わりましたよ?」
一番前の席から女の子が出てくる。昨日も一昨日も繰り返した質問。
黒のロングの髪に赤い瞳。服は女の子らしい水色の綺麗なワンピース。
赤い瞳が睨みつける。睨みつけられているのは樹。
「ミサに来たんじゃないよ。捧げにきたんだ」
「待って。」
彼女は大声で樹を制止する。
「それを言ったら。あなたは本当にこっち側に来ることになる。確かに私達は今人を探している。でも、それはあなたじゃなくても良い。だから…もう一度だけ考えてみて。」
「俺自身を捧げるよ。この街の為にさ。」
彼女の制止を振り切り、笑って宣言した。彼女もため息混じりに笑った。そして、しまったと赤くなった。
こんな場所でもそれは女の子らしくてとても可愛かった。
「では、ここで自己紹介を私の名前はアイシャ。ここ旧国の第1位の指導者です。あなたのお名前は?」
「書類に名前は書いてあると思うんだがどうだい?」
「それはそうですが、自己紹介というのは相手にさせる物ではないでしょう?」
意地悪をして嬉々する子供のようにアイシャと名乗った女の子は笑う。ククっと笑っている姿はやはり可愛かった。
「源樹。樹って呼んでくれ。」
「それでは樹。あなたは何を望むんですか?」
「勿論。魔女を殺す楔を。その為ならどんな事でも受けると誓うよ。」
アイシャは呆れ混じりにため息をつく。
「ここを訪れる人は大抵そうですが、魔女狩りというのを本当に理解していますか?魔女狩りとは狂科学を殺すために力を得る異端者です。又、半数はその過程で命を落とし、後の半分は狂って死にます。こんな救いようの無いものにあなたはなりたいのですか?」
「狂うとは言い草だな。俺の母は狂ってなんかいなかったぜ。」
全くこの女の子は人を脅すのが得意なのか、今までの可愛らしさは吹き飛びホラー映画並みの怖さだ。正直ちょっと帰りたくなった。
「狂うとは文字通りの意味ではありません。知っていますか?本来の魔女狩りがどうなったか?」
「残念ながら、歴史に疎いんだよ。」
「死にました。いえ、殺されました。魔女に関わった時点で彼らも異端だったのです。」
アイシャは樹を見つめ更に続ける。
「そして魔女狩りも殺されて最後に残ったのは誰なのでしょうね?」
アイシャは笑って呟いた。それは心からの笑みではなく、吐き捨てるような使い捨ての笑みだった。
「皆死ぬって事だろう。大丈夫。死ぬのは怖くないさ。しかも、そんな話今更だ。俺は生まれた時点で死刑なんだぜ。覚悟なら物心ついた時にはついてたさ。」
できるだけカッコがつくように吐き捨てる。彼女は一瞬キョトンとして『ああ、そうでしたね。』と呟いた。
「では、こちらの書類をお書きください。」
顔は笑っていたが、アイシャは終始不機嫌だった。それは樹から見ても明らかだった。