始まりは制裁ⅱ
授業が終わり。少しの退屈から開放され秋人にとって怠惰な時間が訪れる。
隣の秋月詩織が弁当を広げこちらに差し出す。
「ありがとう。すごく美味しいよ。」
人とのコミュニケーションの取り方の教本を思い出し、感想を述べる。
「いつもだけど。秋人君、心こもってないよ。」
彼女の名前は秋月詩織。自分がこの学校に転入して来たのは一昨年。その時にクラスメイトが秋人と呼び。二人一緒に反応した。その後に彼女は急に謝りだしたので、そんな彼女を見て友人になってくれと申し込んだ所、彼女は真っ赤になって頷いてくれた訳だが、それから何故か弁当まで作ってもらっている。
彼女はドレスのような独特の服を器用に持ち上げながら、箸で取ったおかずを口に持ってくる。あの服は昔に流行った『ゴスロリ』という物らしい。黒いと白のドレスが彼女に似合っている。
彼女は俺の口元まで箸を伸ばし、「あーん」と呟いた。
それを聞いたクラスメートが囃しだてる。そして詩織は赤くなる。いつまでも見ていてもいいが、可愛そうなので口を開こうとしたとき、後ろから叩かれた。
その衝撃で詩織の箸からおかずが零れる。可愛そうに涙目じゃないか。
「彼女さんが作る弁当を無駄にするなよ。秋人。」
そういって箸で器用に俺のもとい詩織の弁当箱からおかずをさらっていくこいつは曰く『クラスの愉快犯』と呼ばれている。名前は源樹。クラスでのムードメーカーという奴らしい。
ついでに今さっき俺にぶつかってきたのはこいつだ。詩織のおかずを拾い上げ食べる。『三秒ルール』?非科学的だが、仕方ない。
「おいしいよ。」
感想を述べると笑ってくれた。笑ってるほうが可愛いな。何を言ってるんだ?俺は?
「この際、言っとくが詩織ちゃんこいつは勘違いしてるぜ。彼女に飯作ってもらうのが当たり前と思ってやがる。こんな時代に彼女に飯ウマなんて贅沢すぎるぜ。」
最初に俺の事を秋人と呼び捨てにしたのは源樹本人だ。教本には『人には依るな』とあったが、例外が二つ。一つは交友関係。一つは任務目標。
秋月詩織は葉月秋人と親密である。彼女の方から、コミュニケーションを求め近づいてくる。交友関係は人に溶け込む事に得意になる。
一方で源樹は葉月秋人にとって任務目標の一人である。
『自分以外の狂科学を排除し最高の完成体であることを示せ。』
ふざけた任務内容だ。だが、出した本人は至って真面目だったらしい。嬉しそうに外の世界について説明してくれた。
俺にとって完成させた狂科学者であり、父親でもある男。結局名前すら教えてくれなかった男。名前が無いと不便と云えば。
「なら、父さん」と呼べと言ったふざけた赤毛の男。結局名前を教えてもらう機会は無かったのだが…。今、どうしているのか気になるといえば気になるが…
秋人は実験の成果であり、結論である。だから、葉月秋人は今や科学者自身という考え方も可能である訳で。
思考を整理する。思考を客観視する。幾ら考えても与えられた要因では成立しない。
『この街に送り込まれた理由を探る。』
それが現在秋人が理解する任務内容である。この街は魔女狩りも規定の人数居る上に治安も良い。
自分が送り込まれるとしたらもっと絶対王政まで逆行した独立国家の方が都合が良いのにだ。理由を挙げるなら実験もできるし、効率よく実験体を殺せるからだ。
わざわざこの国に送り込まれた理由が一月経っても全く理解できない事が秋人を困らせている。
「秋人センパーイ」
不意に肩を掴まれ上から覗き込まれる。均整のとれた顔が逆転しそのまま鼻と鼻がコツンとぶつかる。
振り返ると渡燐子がそこに居た。
ツインテールの女の子。チャームポイントの赤色の髪は爛々と輝いている。浅く焼けた肌と相まって健康的な印象を受ける。
そのまま秋人の肩に手を置きチョコンと座り込む。
「学校の先輩なだけだろ、凛子ちゃん」
振り返ると小首を傾げてはにかんだ。
「近づきすぎだよ。凛呼ちゃん。」
無くなるであろう日常にそっと別れを告げた。これが俺が選んだ『最良』なのだと自分に言い聞かせるように。
凛子と詩織が仲良く言い争う声が屋上に木霊していた。それを見て樹は笑っていた。
そして、秋人も。
十日後、源樹の母つまり現魔女狩りが殺された。