始まりは制裁Ⅰ
バシン
頭を叩かれ、意識が目覚める。だるい頭を起こし、あたりを見回す。くすくすと声を殺した笑いが聞こえる。
思考。今は歴史の講義中らしい。声を殺す理由があるのはこの授業だけだからな。理由って教師が怖いかららしい。
「おい、葉月起きろ。全くお前は学業の成績のみ優秀な奴が授業中に居眠りとは最悪だぞ。お前には関係ないかもしれんが、授業点というのもあるんだぞ。さっき読んだところの意味は?」
講義を聴いていない人間が答えられるわけがないと言いたいのを我慢し、思考する。
与えられる時間は数瞬。真剣に思考すれば『答え』が出ないわけじゃない。葉月秋人にとって授業はもっとも心が休まるときだ。そのことを踏まえ思考する。
結果。隣の秋月詩織が空けているページと教師が空けているページは正面からでも分かる程に違っている。
どちらかがフェイク。まぁ、結論は出ている訳だが。
「すいません。分かりません。」
教師は教科書を元のページに戻し、ページ番号を指示する。
- 正解。
正解は秋月詩織。彼女を見ると困った風に笑った。
指示されたページに目を配る。数秒待つ。普通の人間と同じくらいのペースまで待つ。
そして当たり障りの無い回答。優等生としか見られないような回答。
教師はそれを聞き頭をかき呆れながら言った。
「葉月、お前楽しいか?」
『楽しい』?そんな言葉を聴くたびに違和感を覚える。狂科学においてそんな考えは持つことは許されない。実験に倫理を持ち出すことは最大の愚行であり。最も恥すべきことだからだ。この国通称『旧国』では普通の考え。潜入の際、教え込まれた考えだがどうも理解できなかった。
それも当然かと秋人は考える。自分は生まれてからずっと実験体だからだ。それに葉月秋人はスパイだからだ。
「はい。」
できる限りの笑みを浮かべて返事をした。
「秋人君。さっきページを見せてたのに。気づいてくれなかったね。」
そういって休み時間声を掛けてきたのはさっきの時間教科書を見せてくれていた。秋月詩織。
といっても、教科書を心なしかこちらに向けていただけで、普通の人間は気づかないだろうぐらいだ。
こんな動作の一つ一つにさえも彼女の性格は表れている。彼女の性格を一言で現すなら臆病。その癖、人にかまってくる。要はお人よし。何故最初に臆病者と述べなかったって。お人よしには臆病者は含まれていないだろう?
「いや。気付いてはいたんだが、敢えて無視してみた。」
「何で?」
詩織が驚いて、声を張り上げた。クラス中がざわついた。そして全員が俺を睨んでいる。クラスのアイドルを苛めるなと無言のプレッシャーを掛けてくる。
既に詩織は半泣きだ。ちなみに半泣きとは一昔程前に使われてた言葉で、泣いてはいないが泣きそうという意味らしい。
『まぁ、説明しないでも分かるよな』
「見惚れてたんだよ。」
ほめてみたら、詩織は真っ赤に茹で上がった。そして、またクラスに睨まれた。