狂科学対狂科学Ⅲ
「言い残す言葉とかある?覚えておくつもりは無いけど聞いてあげるよ」
実験体は秋人の首根っこを掴み問う。
約数秒秋人が身構え反応するよりも早く為すがまま秋人は実験体の暴力に晒されていた。今はその終焉。
「無いなら良いよね。ああ…そういえばさっき思ったんだけどさ。俺の狂科学を暴く時のお前の顔最高に歪んでたよ。」
秋人は答えない。自身のその時の顔など知りたくもないし聞きたくもない。
「ええと…他にも言いたい事あったんだけどな。もういいや死ね。」
実験体は掴んでいた首を片手で締め上げる。ビキっと嫌な音が少しずつなっていく。
締め上げ、締め上げていく。
『離せ。』
実験体は秋人の首から手を離す。秋人の体がどっさと地に落ちる。
「えっ…」
秋人は「カハッカハッ」と呼吸を直し、身体を調べる。
『左腕は折れてて、右足は怪しいな。後は体中が痛い。』
「おい。何した。」
実験体は呟く。秋人はその間にも思考をする。まずは無限思考の動作を確認する。
「何しやがった。」
実験体はどなりつける。
―思考と時間との体感時間の比率 正常
―実験体との距離 約3m
―秋人自身の状態 黄色信号
「何をした―――」
秋人の持てる限りのスピードで間合いを詰め実験体を蹴りつける。実験体は蹴りつけられ、屋上の扉に激突する。
蹴りつけられた頭を一瞬押さえ銀炎が煌く。実験体は顔を上げる。その目に映っている感情は『驚愕』と『困惑』。
「「どういうことだよ」」
「か?」
相手の思考を読み、先うちする。
「残念だがお前の勝ち目は無くなった。さっきまでとは違いお前にとっては文字通り残念ながらになるがな。」
実験体は駆ける。傍から見るなら疾走であり自然現象に例えるなら疾風になるだろう。
だが、秋人にとってもはやそれは意味を為さない。
繰り出された拳を秋人は右手で掴み、蹴りを入れる。実験体もそれに反応し回避する。
実験体は驚愕する。実験体にとって避けることが容易い攻撃をくらう。もし仮に反撃を食らっても実験体は反撃の瞬間に自身を銀炎化し焼きつくすつもりだった。
だが、現実は裏切る。実験体は気がつけば宙空蹴りだされていた。
「宣言しよう。お前は次の行ってでチェックメイトだ。当然チェスとは違い俺はお前を…」
「殺す。」
「何をした。体が思うように動かない。」
『やれやれ。こいつはまだ種が分かれば勝てると思ってるのか…。』
葉月秋人が手に入れた能力は2つ。
能力<命令>俺はあらゆる物に命令できる。
能力<感覚共有>文字通り他者との感覚をリンクさせる。
この2つの能力を使って俺は実験体を倒す。どちらの能力も使用条件は厳しいが強い。<命令>は直接相手に触れた状態で相手に話しかける事が絶対の条件で、その他には相手との意思疎通ができている事が条件。<感覚共有>は半径10m以内に相手がいる事。そして共有させたい相手と感覚を共有させる事ができる。
俺は実験体と詩織の感覚を共有させている。今、実験体はそこらの女子中学生程度の反射神経しか持ち合わせていない。だから実験体は能力も身体も制御しきれない。
『詩織に負担をかける前に実験体を殺さないとな。』
だから挑発する。これでもかってほどあからさまに。
「お前が持つエネルギー量は人間の比じゃない。そうじゃないと、お前の能力は役に立たないからな。それでもお前のエネルギーは有限だ。」
「お前は能力を使った後『腹が減る』らしいな。教授から聞いたよ。その理論だと源葵が燃えたのも説明がつく。本来超金属の加工は生半可な温度。例えば数千度の溶鉱炉ではできない。だが、お前の体自体が高威力のエネルギー体なら全てが説明がつく。」
源葵が使っていた超銀には電気信号に過剰なまでの変化を見せるといった性質もあるが、秋人はそれを踏まえて宣言する。
「確かにある意味お前は『抑止力』を使っているよ。なんたって空間が逆行しているのにその周囲の空間まで逆行していないのは抑止力のおかげだもんな。」
「抑止力を使わなければ完成しない狂科学無様だな。」
秋人は吐き捨てるようにつぶやいた。
「だからぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁ。」
意味不明な激昂を吐き捨て実験体は走り出す。彼自身自分の本来の名を覚えてすらいない。
だから貰った力にはそれ以上の価値があった。それを目の前の男に台無しにされた。
『コイツは俺の全てを…。』
頭の中に浮かんだ言葉は一つだけ。
『馬鹿にするなぁぁぁぁぁ。』
腕に炎を燃やし、彼は走り出した。
『まずいな』
詩織があの演算に耐えられるかどうかが怪しい。詩織の脳にアクセスした時に容量は良かったが想像以内だった。
差し出された腕は燃え盛る炎の槍のごと突き刺す。それを秋人は銃で払う。
体勢を整えられずに無防備に空いたどって腹に蹴りを入れ、嫌な音が響く。
そして炎が燃え、傷を治す。
その間に秋人は4発の弾を相手にぶち込むそれぞれ右手、左手、右太股と左太股。打ち抜かれた物はまるで悪魔の釘にえぐり抜かれたかのように残酷で醜悪な傷を残す。
「別にお前が死ぬまで殺しても良いが、痛覚は残ってるんだろう。」
秋人は容赦しない。形状記憶金属を更に変える。求める物は剣。
「ver.2ソード」
秋人の声で銃は変わる。理解し姿を変える。瞬間、時間にしてコンマ数秒。銃は剣へ劇的な変化を遂げる。
表れたのは白銀の帯剣にして大剣。抜き、傷つけた四肢を直す間も無く切り捨てる。
崩れ落ちる身体に沿わすように大剣を切る。頭蓋から真っ逆さまに振り下ろす。
「ダルマにして真っ二つにしたんだ。それでも生き返るのか?」
吐き捨て、その場を去る。
幾らでも生き返るのなら簡単だ。生き返らなくなるまで殺すか、直す機構をぶっ壊せば良い。
銀炎を作るよう指示する場所があるのが確実なら、その場所を隔離すればそれで再生が終わるのは明らかだ。
最初に頭を吹き飛ばした時に再生したのはコイツはもう個としての実験体では無く、郡としての実験体。その証拠として頭を吹き飛ばした時と腹を蹴り飛ばした時とでは再生速度が明らかに違っていた。
結果『再生しない』。コレで終わった。後はただこいつの身体が霧散して消えるのを待つだけ。
そうすれば、あいつらも元通りの生活ができる。そう思えば、顔に笑みが浮かんでくる。
これが嬉しいという感情か…。また一つ人間に近づけた。感慨にふけるのも悪くない。
帰路に着こうとした先に源樹が居た。
思考―結果―転がる死体―転がっている詩織―立ってるのは秋人だけ。簡単すぎるがそういうことだろう。後ろ手に葉月秋人は逃げ出した。