狂化―樹
頭が痛い。目が覚めた時に一番始めに感じたのがソレだ。
次に身体中が痛い。しかし、頭痛と比べるとコレは特に思う事ではないのだろう。
「身体の調子はどうですか?」
身体を起こし、アイシャを仰ぎ見る。
彼女が着ている服は元々の色が白だったのでだろうが今はおびただしい量の血で赤く黒く汚れていた。
「身体よりも頭が痛いな。なんていうか表現しづらいんだけど…。」
「それは良かったです。一応頭の中を数時間弄ってたので戻ってこれるかどうか心配だったんですけど。」
そう言ってアイシャはククッと笑った。
「数時間って具体的にはどれくらいだよ。大体弄ったってどうやったんだよ。」
「簡単ですよ。ただ頭を割って神経を傷つけないように弄れるところを弄れるだけ弄ってみただけです。」
アイシャが言い残すと、服を着替えてくると言い残し部屋を出て行った。
こんな所でも「女の子の部屋を見たら駄目ですよ。」と言い残す辺りアイシャは女の子だったようだ。
頭痛を無視し、頭部を手でなぞるが傷らしい傷は発見できなかった。
「綺麗な顔が痛まなかっただけ良かったか。」
自分でも良く分からない言い訳をしておいた。
アイシャが居なくなった事で改めて部屋の周り見回してみる。
さっきも思ってたが、世間一般の『女の子の部屋』のイメージをぶち壊すレベルで凶悪な部屋だ。
棚にはおよそ自分には理解できない電子部品やら培養器が並べられ、壁には獣の足や腕骨の標本が駆けられている。
これら全てはおよそ旧国の一般人では『所持不可能』『収集不可能』に限られるのだろう。とにかく見た目が凶悪で他には何のこだわりも感じられないくらいにぶっきらぼうに置かれていた。
実際に愛着など無い事は確かな様で彼女の品々は既に固まっている血で汚れていた。
「自分に起こった変化は理解できましたか?それとも理解する気も無く私の説明を待つつもりだったんですか。そうだとしたら、向上心が無いですよ。」
アイシャがコーヒーを飲みながら部屋に帰ってきた。カップは一つなのでどうやら俺の分は無いらしい、アイシャが出すコーヒーは美味しかったんだが残念だ。
「特に変化が分からなかったん…」
ピシャッと音を立て、口から血が溢れ出た。そのせいで最後まで発音できなかった訳だが、思いの他不快感が無くむしろ身体の中が熱くたぎった。
「早速ですね、貴方に与えた狂科学ですよ。私が作るにしては生ぬるかったんですが、生憎様忙しい忙しい樹さんには時間が無かったんですからね。」
「ごめん。愚痴はそれぐらいにして貰えると助かる。」
アイシャは気恥ずかしそうに黙りこみ、『そ、そうですね』とコーヒーを啜った。
「分かりやすく言うと貴方は現代版の吸血鬼になったんです。」
彼女はニコリと笑った。それは最初に見せた歪んだ笑みではなく、半ば諦めたような苦笑に近いように感じた。
それを片手間に樹の頭にはクエスチョンマークしか浮かんでいなかった。