作中死を迎える登場人物が好き
好きなキャラクターはいる?
アニメ好き、漫画好き、あるいはラノベ好きの人と会話が弾むと、高確率出ててくる話題だ。
あまりにも頻出過ぎて、私の中ではだいたい答えが決まってしまっている。
○○という作品の、△△というキャラクターとか、××という作品の……
この場で具体的な名前を出すのは控えることにするのだが、実は私の好きなキャラには一つの特徴がある。
それは……もちろん、作品自体のことを私が好きという前提もある。
そのうえで私は、あまり主人公を好きになることはない。
主人公やヒロインよりも、作中で死を迎えるキャラクターのことを、好きになることが多い。
より正確に表現するなら、作中死を迎え、その後主人公達に多大な影響を与えるキャラクターが、好きだ。
今まではなんとなくそう感じていただけなのだが、改めてその理由を考えてみた。
まず前提として、重要人物が死ぬシーンは劇的に描かれる。
だから、そのシーン自体が作中の名シーンになることが多く、印象に残りやすいというのも事実だ。
だが私の場合、もちろんそのキャラクターが命を燃やす場面は好きなのだが……
それ以上に、その後、主人公達がふとした拍子にその死者を念うことに、感動する。
つまりどちらかというと、死んだことそのものよりも、死後にまで影響を残しているという事実に感動する。
具体的に例えるなら……
奥義を使うシーンで、その技を伝授してくれたその人の影が浮かぶとか。
生前に受けた、呪いとも言うべき想いや願いが、誰かの原動力になるとか。
そんな。
今はもう居ないのに、それでもなお世界に影響を与え続ける何かが、好きだ。
だが、なぜなのか。一つ仮説を立ててみた。
もしかしたらそれは、それがフィクションだから。なのかもしれない。
当たり前の事ではあるが……どんなに素晴らしい作品だとしても、読者が作中に真の意味で入り込むことは出来ない。
ファンタジー世界に憧れたとしても、読者が実際に魔法を使えるようになることはない。
どんなに可愛く、美しいヒロインだとしても、読者には触れることも抱きしめることも出来はしない。
どんなに強く、格好良く、優しいヒーローだとしても、読者の分際ではその隣に立つことすら叶わない。
この作品はフィクションです。
その前置きが、いつも私達を阻む。
キャラクターが魅力的であるほどに、現実ではないという事実が立ち塞がるのだ。
作中では「存在する」彼等、彼女等は、悲しいことに読者世界には「存在しない」。
だからなのか、どうしても私はそんな光景を見て、どこか他人事に感じてしまう。
もちろん、何か文句があるわけじゃない。というか、文句を言っても仕方がない。
どれだけ深く没頭しても、夢が覚めれば現実が広がっているのだから。
そういう意味で読者は、作中キャラクターに『共感』することは出来ない。
主人公達にとっては自分事で、読者にとってはあくまでも他人事なのだから。
どれだけドキドキハラハラしても、読者が実際に命を落とすことはあり得ない。
主人公がヒロインを愛する気持ちと、読者がヒロインを好きになる気持ちは、似ているようで違う。
前者は純愛で、後者は偏愛だ。
だが、誰かが命を失ったとき。
読者は同じ視点に立つことが出来る。
作中で誰かがそこにいない誰かを悼むとき、私達も同じくそこにいない誰かを偲んでいる。
存在している世界は違っても、失った悲しみだけは同じだから。




