05話 喧嘩しないで!
集合場所は、学校とは別方向にある自然公園。
大きな池を中心に、広場・BBQ場・アスレチックなど、複数のエリアが散らばっている。
目の前には芝生の広場。家族連れの楽しげな声がする。
奥には木々が茂り、鳥の声が響いている。
「始めよっか」
1年生が8人揃ったところで、朧谷先輩が両手を合わせる。
乾いた音が鳴った。
大会メンバーの選出と先輩は言ったが、ここにはゲーム機もモニタも電源もない。
ここで何をするというのか。つい、周囲を見回してしまう。
猪ノ瀬先輩から園内マップのコピーを渡された。
丸印が6つ記され、それぞれ番号が振られている。
「全員で6つのチェックポイントを順に周って、課題をクリアしろ」
「みんなで固まって動いてね」
各ポイントに監督者が待機しているらしい。
詳細はそれぞれのポイントで説明するらしく、今はこれ以上の説明はなかった。
「途中で気分が悪くなったり、怪我しちゃったり、何かあったら連絡してね。
リタイアは認めるよ」
「制限時間は3時間だ。16時までにここに戻れ」
これが今日のミッションらしい。
あまりにも簡素な説明。
私たちは一体何をするのか、結局何も分からないままだ。
* * *
「移動を急ぐため走る」と何人かが言い出した。
走ることができない私は、事情を説明した。
あからさまな舌打ちが、私の背中に突き刺さる。
レギュラーを奪い合う試験なんだからピリピリするのも仕方ないけど。
ついさっき先輩から「固まって動く」ことを指示されている。
結局、私の歩調に合わせることになった。
不満を隠さないまま、隊列は辛うじて保たれた。
私たちは歩調もバラバラのまま、間延びした列で、
最初のポイントに向かった。
最初のポイントは「地面に書かれた線に、同時に足を乗せる」課題。
2つめは「狭い丸太の上で、落ちないように順番を入れ替える」課題。
何度か失敗した。
失敗の度に、誰かが誰かを責めた。
不毛な犯人探し、責任のなすり付け合い。
時間や気力を、無駄にすり減らしていく。
雰囲気が良いとはとても言い難かった。
私はというと、
間に入って話を受け止めたり、
対策を打ち出すことに徹底した。
それと、中学時代に染み付いた習性で、
「声を出してこう」って言い続けた。
一部、反感を買ったようにも見えたけど、
今のところは大問題にはなってない。
空気を変えるまでには、力は及ばなかったけど。
クリアしたはいいけど、
「なぜ、この課題か」が見えてこない。
多分、みんなそう。
レギュラーを取りに来たはずなのに、
ここまでの課題には、何の勝負も競争もなかった。
だから勝者も敗者もない。
つまり手応えは一切ない。
大会メンバーを決める選抜試験なら、
明確な点数や順位付けがあるはず。
空戦ではないとしても、
体力テストとか、ペーパーテストとか、
少なくとも勝ち負けがハッキリする何かが課題だと思っていた。
私は大会に向けて、この試験で何を頑張ればいいんだろう。
先の見えない不安が、私たちの空気をより一層重くさせていた。
* * *
3つめのポイントに到着した。
落ち着いた雰囲気の女性が待っていた。このポイントの監督者だ。
私たちとそんなに年は離れていないように見えるけど、
メイクは手慣れている感じ。大学生くらいだろうか。
監督者が携帯端末の画面を私たちに突き出した。
猪ノ瀬先輩が写っている。
「制限時間以内に、パズルを組み立てろ」
四角く開けたスペースに、横長の木片がいくつか積まれている。
「まずは時間は気にせず、図の通りに組んでみるといいよ」
監督者が補足し、完成図を渡してくれた。
みんなで覗き込む。
大小の四角が混ざった大きな1つの図形。
これを全員で組み立てる、ということだ。
思わず互いに顔を見合わせる。
やっぱり、競争とは言い難い。
* * *
「違う、そっちじゃねえよ」
「これ合わないー」
「これも長さ違うよ」
パズルのピースは16枚の横長の板。
長さは60cm程度のものから1m以上あるものまで、4種類あることが分かった。
それぞれ切り込みが入り、適切な切れ込みを組み合わせることで完成する。
「私たちは一体、何をやらされてるんだ」
体が少し太めな成田さんがこぼした。
「大会と何の関係があるの」
背の高い痩せ型の市原さんも、組み立てながら愚痴る。
多かれ少なかれ、みんな同じ気持ちだろう。私もそうだ。
試行錯誤しながら10分程度を費やして、やっと完成した。
完成したパズルをバラバラにして、元の位置に重ねるよう指示される。
次は時間を計測するそうだが……
「制限時間は1分だ」
どよめきが走った。
初回とはいえ、組み立てに10分かかった。
どうやって1/10に縮めろというのか。
監督者がストップウォッチを取り出した。
「スタート!」
考える間もなかった。問答無用で、計測が始まった。
みんなが思い思いにパズルの山から木片を掴み、
設計図を見ながら、何となく置き、何となく組む。
「これ合わない!」
「こっちが先だろ!」
「長いの持ってるの誰!?」
混乱のまま、あっという間に1分が経過した。
16個のピースのうち、組まれているのは4つだけだった。
果たしてそれすらも正しい組み方なのか。確証はない。
監督者が、パズルをバラして元の位置に積み上げるように指示した。
「あの!」
私はその指示に割り込んだ。
「最後まで組んでいいですか?」
監督者が自身の端末を覗き込む。
「蘭ちゃん、どうする~?」
「いいだろう。好きにしな」
許可は得られたので、みんなに続きを促す。
「やり直さないの?」
「最後まで組んで、まず完成形に慣れよう」
みんなには、そう訴えた。
「時間の無駄だろ。さっさとやり直そうぜ」
反対の声もあった。
とくに成田さんの言い方に、思わずカチンと来てしまう。
「組み立て方もわからないのに、どうやってやり直すの」
舌打ちが聞こえたけど、反論はなかった。
最後まで組み立てを進める。
多少スムーズになったけど、かかった時間は約8分。
指定の1分は遠い。
縮めるには、策がいる。
パズルをばらす前に、みんなの話を聞く。
「そうだ!
場所は分かってるんだから、
1人2個ずつ持ったまま、重ねずにスタートしようよ!」
鴨川さんが名案を思いついたとばかりに嬉々として呼びかける。
髪が短くて、男子みたいにも見える。
「それはダメ」
「えー、じゃあ印を付けておくのは?」
「それもダメだよ」
鴨川さんから出た案には、監督者からNOが突きつけられてしまった。
「いい案だと思ったのにな~」
がっくりと肩を落としてしまった。
「もういいから次やろうぜ」
「待って!」
板をバラし始めようとする成田さんを制した。
眉間に皺が寄るのが見える。
「お前、さっきは完成形に慣れるとか言ってたじゃねえか。
また最後まで組み立てればいいだろ!」
「そうだけど……作戦が必要だよ!」
私は、次の組み立ての前に時短のための計画を話し合いたかった。
「こんなパズルさっさと終わらせて、次に行きてえんだよ!」
「じゃあ尚更だよ!」
作戦を決めないと、これ以上の効率化は難しい。
それだけの話、なんで分からないの。
成田さんとのにらみ合いが数秒続く。
「まあまあ、2人とも落ち着いて。言い合ってる方が時間の無駄だって」
穏やかな印象の野田さんが、なだめるように割って入った。
「私は三条さんに賛成。やり方を考えようよ」
賛成してくれたのは、快活な印象の佐倉さんだ。
「それ必要?
今ので2分も縮まったんだから、何回かやり直せばいけるっしょ」
それに対して香取さんが面倒くさそうに反対した。
「私も、このまま進めていいと思う」
市原さんが、恐る恐る香取さんに同意した。
そのまま口々に意見が飛び交う。
でも……合意は形成されない。
それどころか、少しずつヒートアップしてきた。
「レギュラーがかかってるんだよ、こっちは!」
「それはみんな同じでしょ!」
「こんな意味わかんない試験じゃなければ……私が一番上手いのに」
「やってらんない。私はもう帰るわ」
「待てよ!全員で動けって言われてるだろ!」
「勝手に抜けられたら、あとで私たちが何言われるか分からないじゃない」
「はいはい、じゃあ好きにどうぞ。見学しててあげるから」
こんなの話し合いじゃない。
せっかくみんなが意見を出してくれたのに。
ここにきて、燻っていた不満がどんどん噴出しているようだった。
「あんたさっきから何よ、偉そうに」
「そうよ、リーダーにでもなったつもり?」
「何言ってやがる!リーダー気取りはこいつだろ!」
成田さんの指は、私に向けられていた。
何かが頭に集まるような、髪が逆立つような感覚があった。
目の前が赤くなるような錯覚。
何かを叫ぼうと大きく息を吸い込んだとき。
「みんなやめて!喧嘩しないで!」
一際大きな声で全員に呼びかけたのは、小鳥遊さんだった。
みんなの視線が彼女に吸い寄せられ、口論が、動きが、止まった。
その小さな肩が震えている。
時刻は14:30を回っていた。




