幕間1 風咲① 私の誇り
157cm。
当時の私の身長。
中3女子の平均身長くらい。
バスケの選手としては、背が低い方。
あのときのスターティングメンバーも、私以外4人とも165cmを超えていた。
その分、私は誰よりも速く走って、誰よりも高く飛んだ。
誰も私には追いつけない。誰も私を捉えられない。
それが私の誇りだった。
無名の公立中学バスケ部を地区優勝に導いた小さな司令塔。
地方紙に小さく載った記事だけど、そう呼ばれることも嬉しかった。
ある日突然、誇りが消えてなくなった。
先輩たちの悲願だった、夢の全国大会出場。
その記念すべき最初の試合で、私は怪我をした。
ボールをゴールに置きに、跳んだ。
着地の瞬間、転倒した相手の選手に気がついた。
避けようとして変な着地をし、膝を捻った。
そのまま倒れて、もう立ち上がることはなかった。
MCL損傷……と説明されたと思う。
リハビリが終われば高校でまたバスケができる。
医師からはそう言われた。
でも全国大会は終わってしまった。
私が終わらせた。
高校で、なんて関係なかった。
大事なのは今。未来のことなんて意味がなかった。
それなのにあの瞬間、私が全てを台無しにした。
私からは気力というものが綺麗さっぱり消え失せていた。
リハビリにも身が入らない。
歩くこともままならない。
後悔と、将来への不安。
この先ずっと、あの頃のように走れなかったらどうしよう。
跳べなかったらどうしよう。
つい、そんなことばかり考えていた。
いつからか空を見上げることが増えた。
どこまでも高く続く青い空が、灰色にすら見える。
全てを失った私には、太陽すら輝かない。
出るのは、ため息ばかり。
とあるリハビリの日。
病院の待合室で『Aces' Trail』の特集を見たのは、そんな頃だった。
国内で公式リーグ戦が始まったのが5年前。
高校生向けe-Sports大会にAces' Trailが採用されたのも5年前。
5周年記念特別コーナーとして、夕方のニュースで紹介されていた。
『つい先日行われた高校生大会の様子』についても、
華やかな映像をバックに、ナレーターが語っている。
私はベンチに腰掛けながら、
TVに映るその番組をなんとなく眺めていた。
第一印象は、正直なところネガティブな印象の方が強かった。
ゲームなんて何も興味がなかったし。
体を動かすわけでもない。動かすのは手先だけ。
これのどこがスポーツ?
ゲームの中で戦って、勝って。
それが何になるのだろう。
でも。
空を自由に飛び回る数多の機体。
敵を追い、ミサイルを回避しながら、空には幾重にも飛行機雲が描かれていく。
戦闘機動なんて何も知らなかったから、
なんとなく「曲線を描いてるなあ」とか、「ぐるぐる周ってるなあ」とか、
その程度の感覚でしかなかったけど。
あるシーンでは、
機体が縦になったと思ったら、
下面を覆うようにブワーっと水蒸気が広がった。
ここは綺麗だったので特に覚えてる。
重力に囚われない。痛みもない。
何もかもを振り切って、己が進んだ軌跡を残していく。
速く。高く。飛ぶ。
「こんな風に飛べたら……」と、
私はいつしか心奪われていた。
受付から何度も名前を呼ばれていることにも気づいてなかった。
リハビリの最中も先程の映像が頭の中に残り、ずっと上の空だった。
そして、何かが記憶の奥底で引っかかっていた。
……あの画面を、ずっと前にも見たことがある気がする。
まだ私が小学生だった頃。
父がこのゲームでよく遊んでいた。
思い出したのは、病院の帰り道だった。
「お父さん!ゲーム機、貸して!」
家に着くなり私は、勢いよく父の書斎のドアを開けた。
中3の夏。ゲームをしたいと言い出す娘を、父は責めなかった。




