04話 女王は消えるんだ
レーダーが回復した。先輩たちの位置はハッキリ分かる。
でも、2対1でどう戦えばいい。プランが見えない。
迷っているうちにオーキッドが接近してくる。
「待って」
ルナーからの制止の声。
「私も遊びたい」
「OK、好きにしな」
オーキッドが旋回、飛び去る。
「情けのつもりですか?」
「ううん、せっかく遊ぶんだから楽しまなきゃ」
1対1。意図は分からないが、チャンスだ。
せめて一矢報いなければ気が済まない。
ヘッドオン状態で対峙。
ルナーの機体を見る。
角張った機首。黄金に反射するキャノピー。外側に傾斜した2つの垂直尾翼。
AF-22『ファントムホーク』。
高いステルス性能と、勝負どころを決める火力を備える。愛好家が多い。
その分、この機体と戦う機会も多かった。強敵だが勝ち筋はある。
ステルス性に優れるAF-22は、他の機体よりロックしづらい。数フレーム余計に時間がかかる。
同じ距離なら相手に先にロックされ、先に撃たれる。
真正面は不利だ。
大回りで旋回、隙を狙う。
ルナー機も旋回を開始。
互いの後方を互いに狙い合う。硬直状態。
旋回を繰り返せば速度を失う。後々の不利になる。
それは互いに分かっている。
硬直が続いたのは数秒だけ。
ルナーが動いた。
機首を一気に上げる。アフターバーナーを吹き上げ上昇。
反応が遅れた。追おうと機首を上げる。
ダメだ。距離がある。上を取られる。
このあとは高所からダイブしてくる。
……それを狙おう。
スロットルを絞る。急激に減速。隙を晒す。
来た。ルナーの機首が私を向く。
被ロックの警告が鳴る。
引き付ける。ミサイルが来たら即フレア。指を置いておく。
距離900。
ルナーの機体が煌めいた。来る。
ミサイル警告音が鳴るのと同時に、フレア射出。
さらに、機首を上げルナー機に向ける。
ミサイルの回避に成功。
相手の照準からも外れる。ルナー機の尾翼が横を通り抜け下降する。
機体を捻る。降下して追う。アフターバーナ―で速度を回復。高G負荷の振動が伝わる。
再び機首を引き起こす。
眼前に角張った2基のエンジンノズル。
取った、背後。ルナー機の6時方向。
兵装は高機動誘導兵器ワスプ。これで決める。
ロックオンまでコンマ数秒、後方をキープ。
あと少し。
ロックオンのコンテナが敵機の周囲でぶれる。重なる。
そのとき、たぶん瞬きをしたと思う。
だとしても文字通り一瞬だ。
それなのに、目が開いたら空と雲しかなかった。
ルナーが、いない。
「は……なんで!?」
思わず声に出る。
直後にミサイル警告音。どこから?
レーダーで一瞬だけ、背後から迫るミサイルを確認した。
衝撃。爆発。
機体が炎を吹き上げながら落ちていく。
何をされた?
何が起きたか分からないまま、私は撃墜された。
全滅。
スコアを見るまでもない。
私たちは誰1人とて、先輩たちにかすり傷1つ負わせることができなかった。
数の優位など最初から存在しなかった。
ワスプを使う間もなかった。
兵装の差でも、機体の差でもない。
もっと、根本的な差だった。
* * *
「さて、振り返りをしようか」
猪ノ瀬先輩が黒板の前に立った。
誰も言葉を発さない。みんな俯いたままだ。
そんな様子を見て、猪ノ瀬先輩のため息が聞こえた。
「率直に言おう。何人か筋がいい。
慰めで言ってるわけじゃあない」
先輩がパソコン部員に合図を送る。照明が落ち、スクリーンが下りた。
リプレイ映像が映し出される。
「まずは三条。ここで振り切ったのは上手い。
上に行くと見せかけて下降。騙されたぜ」
今流れているのは、先輩を振り切るためにフェイントを仕掛けたシーンだ。
「でもな、このポジションを取られないことの方が重要だ。
小技は基礎の上でこそ活きる」
猪ノ瀬先輩が映像を止めつつ解説する。
「市原。回避タイミングは完璧だ。
だが、旋回の先はあたしの射程圏内だ。HUDを見ろ」
1人。
「ここで成田があたしの背後を取った。
いい動きだが、後ろの月子を警戒してない」
また1人と。
それぞれに良い点、改善点を端的に告げていく。
だたの怖い人と思っていた。観察が鋭い。
「小鳥遊は……操作を覚えろ。体に馴染むまで繰り返せ。
初日は見学だけだったお前が、今日はコントローラを握った。
それで十分、大きな一歩だ」
悔しさで俯いていた1年生たちが、いつの間にか顔を上げ、熱心に耳を傾けていた。
「全員、光るものはある。じゃあ、お前らはなぜ負けたか」
言葉を切り、猪ノ瀬先輩は全員を見回した。
「10対2なら楽勝。そう思っていただろう。
違う。あたしらは『2対1を10回繰り返した』だけだ」
教室が静まり返る。
「1人は自滅したから9回か」
小さな笑いが漏れ、ひばりが恥ずかしそうに俯いた。
「ランク上位者は多いようだが、4対4を主戦場にしているヤツは少ない。
大半は16対16の大人数マッチ。
派手で楽しいが、個々の責任は薄い」
私が中学時代に遊んでいた対戦モードも、まさにそれだ。
高校生大会のルールのことなんて、当時は考えてもいなかったから。
「野良のマッチで密に連携するケースは稀だ。
つまり、お前らは今まで個の力で戦っていたに過ぎない」
みんなの上体が前傾気味になる。
思い当たるのは、私だけではないようだ。
「大会メンバーとなった者は、4人での飛び方を覚えてもらう。
その前に基礎だ。お前らが今学んでいるのが基本方針だ。
意味もなく暗唱させているわけじゃあない。死ぬ気で覚えろ」
A4プリントの条文が頭に浮かぶ。
『速度を捨てるな』という項目があった。安易に捨てていた。
今、初めて腑に落ちた。
「メンバーに選ばれなかった者にも役割はある。全員が同じ思いで戦うんだ」
そして、強い口調で言い切った。
「いいか。あたしらの狙いは1つ。全国制覇!全国大会の優勝だ!
そのために必要なのは『ただ強いヤツ』じゃねえ。『チームで勝てるヤツ』だ!」
教室に声が響いた。
握る手に熱が籠るのを感じていた。
* * *
「いやー、女王の戦いをこんなに間近に見られるなんて、光栄だねえ!」
パソコン部長が朧谷先輩と話している。
「じゃあ、約束のサインを」
「ええ!?ちょっと蘭花!なんで勝手に約束してるの!」
「いいじゃねえか、減るもんじゃねえし」
片付けを手伝いながら、先輩たちの会話が耳に入る。
「別に良いですけど……価値ないですよ、私のサインなんて」
「いーや、あるね。そのうち高値で売れる。私は確信してるよ!」
「売らないでくださいよ」
「おっと失敬。家宝にするよ」
和やかなやり取りの中に、気になる単語があった。
「君、いい線行ってたね」
近づいてきた部長に、PCから外したコントローラを返した。
「少しでもあの女王とやり合うなんて。将来有望だね」
「あの……クイーンって?」
一瞬の沈黙。部長の目が見開かれる。
「知らないのかい。
去年の全国大会、1回戦から3位決定戦まで全6試合、57機を撃墜した怪物」
「メディアがつけた渾名が、『撃墜女王』だ」
離れた場所から猪ノ瀬先輩が付け足した。
「なあ女王様」
「ねえ~、その呼び方止めて」
朧谷先輩は笑っている。怪物にも、女王にも見えない。
でも、その片鱗は確かに体感した。
「君も見たね。女王はね、消えるんだ。目の前から。
去年、彼女と戦った選手たちが実際に語っていたよ」
もっと聞こうとしたところで猪ノ瀬先輩の号令がかかった。
今日は解散となった。
突きつけられた実力差。
全国で戦うということ。
先輩たちですら届かなかった全国優勝の重み。
そして、『チームで勝てるヤツ』の意味。
少しだけ分かった気がした。
* * *
翌日、1年生の空気は変わった。
2人、姿を見せなくなった。
残った8人からは、陰口が消えた。
黙々と、訓練に打ち込んだ。
そして朧谷先輩から告げられる。
「次の土曜日。大会のメンバー選出をするよ~」
異議を唱える者は誰もいなかった。




