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蒼空トレイル-Aozora Trail-  作者: ふらっとん
1章 入部~1年生 対 2年生
5/7

04話 女王は消えるんだ

レーダーが回復した。先輩たちの位置はハッキリ分かる。

でも、2対1でどう戦えばいい。プランが見えない。


迷っているうちにオーキッドが接近してくる。

「待って」

ルナーからの制止の声。


「私も遊びたい」

「OK、好きにしな」

オーキッドが旋回、飛び去る。


「情けのつもりですか?」

「ううん、せっかく遊ぶんだから楽しまなきゃ」

1対1。意図は分からないが、チャンスだ。

せめて一矢報いなければ気が済まない。


ヘッドオン状態で対峙。

ルナーの機体を見る。

角張った機首。黄金に反射するキャノピー。外側に傾斜した2つの垂直尾翼。

AF-22『ファントムホーク』。

高いステルス性能と、勝負どころを決める火力を備える。愛好家が多い。

その分、この機体と戦う機会も多かった。強敵だが勝ち筋はある。


ステルス性に優れるAF-22は、他の機体よりロックしづらい。数フレーム余計に時間がかかる。

同じ距離なら相手に先にロックされ、先に撃たれる。

真正面は不利だ。


大回りで旋回、隙を狙う。

ルナー機も旋回を開始。

互いの後方を互いに狙い合う。硬直状態。

旋回を繰り返せば速度を失う。後々の不利になる。

それは互いに分かっている。

硬直が続いたのは数秒だけ。


ルナーが動いた。

機首を一気に上げる。アフターバーナーを吹き上げ上昇。

反応が遅れた。追おうと機首を上げる。

ダメだ。距離がある。上を取られる。

このあとは高所からダイブしてくる。

……それを狙おう。


スロットルを絞る。急激に減速。隙を晒す。

来た。ルナーの機首が私を向く。

被ロックの警告が鳴る。

引き付ける。ミサイルが来たら即フレア。指を置いておく。


距離900。

ルナーの機体が煌めいた。来る。

ミサイル警告音が鳴るのと同時に、フレア射出。

さらに、機首を上げルナー機に向ける。

ミサイルの回避に成功。

相手の照準からも外れる。ルナー機の尾翼が横を通り抜け下降する。

機体を捻る。降下して追う。アフターバーナ―で速度を回復。高G負荷の振動が伝わる。

再び機首を引き起こす。

眼前に角張った2基のエンジンノズル。

取った、背後。ルナー機の6時方向。

兵装は高機動誘導兵器ワスプ。これで決める。

ロックオンまでコンマ数秒、後方をキープ。

あと少し。

ロックオンのコンテナが敵機の周囲でぶれる。重なる。


そのとき、たぶん瞬きをしたと思う。

だとしても文字通り一瞬だ。

それなのに、目が開いたら空と雲しかなかった。


ルナーが、いない。


「は……なんで!?」

思わず声に出る。


直後にミサイル警告音。どこから?

レーダーで一瞬だけ、背後から迫るミサイルを確認した。

衝撃。爆発。

機体が炎を吹き上げながら落ちていく。


何をされた?

何が起きたか分からないまま、私は撃墜された。


全滅。

スコアを見るまでもない。

私たちは誰1人とて、先輩たちにかすり傷1つ負わせることができなかった。

数の優位など最初から存在しなかった。

ワスプを使う間もなかった。

兵装の差でも、機体の差でもない。

もっと、根本的な差だった。


* * *


「さて、振り返りをしようか」

猪ノ瀬先輩が黒板の前に立った。

誰も言葉を発さない。みんな俯いたままだ。

そんな様子を見て、猪ノ瀬先輩のため息が聞こえた。

「率直に言おう。何人か筋がいい。

 慰めで言ってるわけじゃあない」

先輩がパソコン部員に合図を送る。照明が落ち、スクリーンが下りた。

リプレイ映像が映し出される。

「まずは三条。ここで振り切ったのは上手い。

 上に行くと見せかけて下降。騙されたぜ」

今流れているのは、先輩を振り切るためにフェイントを仕掛けたシーンだ。

「でもな、このポジションを取られないことの方が重要だ。

 小技は基礎の上でこそ活きる」

猪ノ瀬先輩が映像を止めつつ解説する。


「市原。回避タイミングは完璧だ。

 だが、旋回の先はあたしの射程圏内だ。HUDを見ろ」

1人。

「ここで成田があたしの背後を取った。

 いい動きだが、後ろの月子を警戒してない」

また1人と。

それぞれに良い点、改善点を端的に告げていく。


だたの怖い人と思っていた。観察が鋭い。


「小鳥遊は……操作を覚えろ。体に馴染むまで繰り返せ。

 初日は見学だけだったお前が、今日はコントローラを握った。

 それで十分、大きな一歩だ」

悔しさで俯いていた1年生たちが、いつの間にか顔を上げ、熱心に耳を傾けていた。


「全員、光るものはある。じゃあ、お前らはなぜ負けたか」

言葉を切り、猪ノ瀬先輩は全員を見回した。


「10対2なら楽勝。そう思っていただろう。

 違う。あたしらは『2対1を10回繰り返した』だけだ」

教室が静まり返る。

「1人は自滅したから9回か」

小さな笑いが漏れ、ひばりが恥ずかしそうに俯いた。


「ランク上位者は多いようだが、4対4を主戦場にしているヤツは少ない。

 大半は16対16の大人数マッチ。

 派手で楽しいが、個々の責任は薄い」

私が中学時代に遊んでいた対戦モードも、まさにそれだ。

高校生大会のルールのことなんて、当時は考えてもいなかったから。

「野良のマッチで密に連携するケースは稀だ。

 つまり、お前らは今まで個の力で戦っていたに過ぎない」

みんなの上体が前傾気味になる。

思い当たるのは、私だけではないようだ。


「大会メンバーとなった者は、4人での飛び方を覚えてもらう。

 その前に基礎だ。お前らが今学んでいるのが基本方針だ。

 意味もなく暗唱させているわけじゃあない。死ぬ気で覚えろ」

A4プリントの条文が頭に浮かぶ。

『速度を捨てるな』という項目があった。安易に捨てていた。

今、初めて腑に落ちた。


「メンバーに選ばれなかった者にも役割はある。全員が同じ思いで戦うんだ」

そして、強い口調で言い切った。

「いいか。あたしらの狙いは1つ。全国制覇!全国大会の優勝だ!

 そのために必要なのは『ただ強いヤツ』じゃねえ。『チームで勝てるヤツ』だ!」

教室に声が響いた。

握る手に熱が籠るのを感じていた。


* * *


「いやー、女王クイーンの戦いをこんなに間近に見られるなんて、光栄だねえ!」

パソコン部長が朧谷先輩と話している。

「じゃあ、約束のサインを」

「ええ!?ちょっと蘭花!なんで勝手に約束してるの!」

「いいじゃねえか、減るもんじゃねえし」

片付けを手伝いながら、先輩たちの会話が耳に入る。


「別に良いですけど……価値ないですよ、私のサインなんて」

「いーや、あるね。そのうち高値で売れる。私は確信してるよ!」

「売らないでくださいよ」

「おっと失敬。家宝にするよ」

和やかなやり取りの中に、気になる単語があった。


「君、いい線行ってたね」

近づいてきた部長に、PCから外したコントローラを返した。

「少しでもあの女王クイーンとやり合うなんて。将来有望だね」

「あの……クイーンって?」

一瞬の沈黙。部長の目が見開かれる。

「知らないのかい。

 去年の全国大会、1回戦から3位決定戦まで全6試合、57機を撃墜した怪物」

「メディアがつけた渾名が、『撃墜女王スカイ・クイーン』だ」

離れた場所から猪ノ瀬先輩が付け足した。

「なあ女王様」

「ねえ~、その呼び方止めて」

朧谷先輩は笑っている。怪物にも、女王にも見えない。

でも、その片鱗は確かに体感した。

「君も見たね。女王クイーンはね、消えるんだ。目の前から。

 去年、彼女と戦った選手たちが実際に語っていたよ」

もっと聞こうとしたところで猪ノ瀬先輩の号令がかかった。

今日は解散となった。


突きつけられた実力差。

全国で戦うということ。

先輩たちですら届かなかった全国優勝の重み。


そして、『チームで勝てるヤツ』の意味。


少しだけ分かった気がした。


* * *


翌日、1年生の空気は変わった。

2人、姿を見せなくなった。

残った8人からは、陰口が消えた。

黙々と、訓練に打ち込んだ。


そして朧谷先輩から告げられる。

「次の土曜日。大会のメンバー選出をするよ~」

異議を唱える者は誰もいなかった。

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