31話 替われよ
目の前のモニタに映るのは青空と白い雲。
モニタの裏には、対戦相手の2人――成田と市原が対面に向かっている。
互いの顔は見えないけど。
コントローラを操作する音だけが、僅かに聞こえる。
2人の機体は、モニタの奥、青空の向こう。
まだレーダーにも映らない。
機体編成は分かっている。
成田――アクスはAX-35『ライトニングアロー』。ステルス性能とECMを備えつつ、火力集中用の特殊形態を持つ機体。
一方の市原――レイピアが乗るのはEX-2k『サーペント』。セレスティアルのメンバーも使っていた、遠距離ミサイル持ち。
アクスがECMを使って場を封じつつ近距離から敵を押さえ、レイピアが遠距離攻撃または上空からの急降下攻撃で仕留める、と読み取れる。
『遠近の組み合わせ』という意味では、先程の鴨川・佐倉ペアと同様。
でも、そんなに単純ではないはずだ。
1ヶ月前。入部当初。
プライベートアカウントでのゲーム内ランクにおいて、
1年生の中ではレイピアが1位、アクスは2位。
当時私は3位だった。
端的に言えば、彼女たちはゲームが上手い。
単純な個の力の総和なら、相手の方が上だ。
だからこそ、私もダガーも緊張が拭えない。
唾を飲む音すら響くような、静かな立ち上がり。出方を伺う。
前方を警戒しつつ、高度を上げて位置エネルギーを得る。
ダガーの機体が変わったことで上昇はスムーズだ。
でも、問題はここから。
「スパイク!」
来た。ロックされた。
相手の姿は見えない。
長距離ミサイル『ワイバーン』だ。
次いでミサイルアラート。
「撃ってきたよ!」
私とダガーに1発ずつ。遠方から光点が迫る。
でも距離がある。今のダガーなら落ち着いて回避できる。
これだけなら脅威ではない。
懸念材料があるとしたら、ミサイルが上方向から来たこと。
つまり、サーペントの持つ高出力のエンジンを活かして、一気に高所を取ったことを意味する。
エネルギーの上で優位に立たれている。
加えて、まだ視界の外。相手の位置が分からない。
距離の上でも不利。とはいえ、そこは折り込み済みだ。
私たちは相手の懐に潜り込む必要がある。それは最初から決めていた。
僅かに残るミサイルの航跡を辿り、距離を詰める。
「スパイク、また!」
ロックされた。ダガーも。
再度ワイバーンが来た。また上から。さっきと方角が違う。
位置を変えて撃ってきた。やはり戦い慣れている。
「ダガー!ブレイク!」
「うん!」
最大戦速で旋回。ダガーも別方向へ旋回。
そのとき。レーダーにノイズが走った。
あっという間にノイズに塗れる。
ミサイルアラートだけが変わらず響く。
「ジャベリン!これ!」
「大丈夫!そのまま、回って!」
ECM。アクスの仕業だ。早速、目を潰しに来た。
ミサイルの機動は見えている。
ダガーにそのまま回避を促す。
回避には成功。したのに、アラートが止まない。
周囲を警戒。白煙を吹き上げる光点が迫るのが見えた。
ワイバーン第3波。
「10時からワイバーン!フレア!」
慌ててフレアを射出し、急旋回。
さっきとはまた別方向から飛んできた。
おかげでどの方角に移動したか、およそ検討はついた。
でも回避に次ぐ回避でエネルギーを損失している。
そこに、第4波を告げるアラートが響く。
容赦がない。4度目のワイバーンが迫る。
またフレアを撒き、ハイGターンで角度を取る。
でも、近くでミサイルが爆ぜた。近接信管だ。削られた。
その上、速度がもう持たない。
たぶんダガーも状況は一緒だ。
つまり、来るなら今。
急ぎ周囲を見回す。
「タリー」
アクスが小さく、低い声で短く言うのが聞こえた。
目視したことを意味する言葉。
先に見つけられた。
ECMの影響でレーダーが使えない。
今撃たれるのは死と同義だ。
もったいつけてる場合じゃない。
「今!」
「うん!」
レーダーのノイズが、ダガー機を中心としてクリアになっていく。
ダガーのストームエッジがECMを使った。
レーダーの視界確保。
同時に、ダガーが『ホログラフィック・デコイ』を装備していないことも相手に伝わった。
アクスを捕捉。ダガーの7時方向。
既に撃たれている。
「高度下げて!逃げて!」
2機とも失速間近だ。一刻も早く運動エネルギーを得ないと。
だから位置エネルギーを捨てる。
先に高度を稼いでおいて良かった。
ダガー機はフレアを射出し、指示通り降下。
私は速度が安定したところで、機首を上げアクスに向ける。
ダガーへの追撃を阻止せねば。
アフターバーナーを全開。
接近し、アクス機をロック……いや、時間がかかる。
モデルはステルス機の機体だ。ゲーム中のステルス性能も侮れない。
ゲーム内では「ロックしづらい」「レーダーからたまに消える」程度の位置づけだけど。
この数フレーム分が、コンマ数秒がもどかしい。
「させないよ」
小さく、でも間違いなく聞こえた。レイピアの声。
レーダーにも捉えた。上空からレイピア機が迫る。
ミサイルアラート。
3発目のフレアを射出。
急ぎ進路変更。機体を降下。また高度を捨てて退避。
でもアクス機へのヴァイパー射出は間に合った。ギリギリ。
視界の端に、向こうのフレアも見えた。
アクスは無傷で退避。
レイピアは上空に戻っていく。
間一髪、命を繋いだ。
「危なかったよー」
「まだ。油断できないよ」
あっという間にフレアを削られた。2人とも残数0だ。
そして私たちは2機とも、速度の回復と逃走のために高度を下げた。
状況は圧倒的に不利。
一方でレイピアの持つワイバーンも残弾0のはず。
アクスのフレアも1つ吐かせた。
この状況になるまで、向こうも消耗している。
相手の空対空ミサイルは、短距離用のヴァイパーのみ。
ここから望みを繋げるなら。
ECMは向こうが先に使った。
つまり先に向こうの効果が切れる。
レーダー上で、私たちだけが優位になる時間帯が来る。
攻撃のチャンスは、そこだ。
「あと5秒くらい!」
ゲームの仕様で、ECMはECCMとしても機能する。
同時に作用している間は互いのレーダーはクリア。
でも、切れ目は狙える。タイミングが命だ。
このために、ダガーには効果時間を体験と知識で覚えてもらった。
「付いてきて!」
時間だ。
ダガーに声をかけ、機首を上げる。スロットル全開。上昇を開始。
相手のECMは効果切れ。ダガーのECMだけが有効。
つまり相手のレーダーは使えない。ロックオンもできない。
状況を覆すのは今しかない。
アクス機の4時方向を取った。
ダガーには周囲を警戒してもらう。とくに上。
彼女たちの腕なら、目という自前のレーダーを頼りに機銃で狙ってくることもあり得る。
事実、アクス機が回避行動を開始した。
目視でこちらを確認している。
でも私たちの状況優位は変わらない。
叩くなら今だ。攻撃開始。
「FOX3!」
必殺の高性能誘導ミサイル『ワスプ』を射出。1発。
即座にアクスがフレアを放った。
HUDには『MISS』の赤文字が表示される。
さすが、いい反応だ。
「上!」
ダガーが叫んだ。アクスの追跡を中断。
視線を上に。
キャノピーの向こう、レイピア機の急降下を確認。
機銃での奇襲と見た。
でも、当然ながらミサイルの方が射程が長い。
機首をレイピア機に向け、ワスプ射出。
回避を強いる。撃墜やダメージには至らずとも、レイピアからもフレア残数を1つ奪った。
少し状況は持ち直したが、ここでダガーのECMの効果も切れた。
お互いがレーダーで丸見え。
そして互いに手の内は割れた。
ここからは泥仕合の始まりだ。
HUDを読む。アクス機の旋回。背後を狙っている。
「弱いやつは、いらない」
アクスの声。
「替われよ!」
狙いはダガーだ。




