27話 光が貫いた
セイバーの指揮に従い、数千mずつ刻み、速度を回復させながら段階的に上昇する。
これなら1ラウンド目のような失速は避けられる。
やがて雲を眼下に、高度は8000mに達した頃。
「ワイバーン!来ます!」
「ECMを使う!構わず突っ込むぞ!」
メイス機のECMは、長距離ミサイルを容易く無効化する。
大事なのはミサイルが正面から来たこと。
だからもう下は気にしなくて良い。
2ラウンド目にスピカが放った謎の光も、今はまだ来ない。
このラウンドでその兵装を選択してないのか、範囲外なのか、ECM影響下だからか。
まだ仮説の検証も何もないけど。とにかく今は進む。
「敵ECM反応!丸見えになる、気をつけろ!」
「ロックされてます!ワイバーンまた来ます!」
「アーバレストも来たよ~!」
遠距離ミサイルの第二波。
今度は中距離用のアーバレストも飛んでくる。
「ダガー!」
「はい!スモーク、展開!」
ダガーが前に出てスモークを展開。
一時スモークに紛れ、ロックを断ち切る。
「スモーク、ナイスだよ~!」
「ECMの撃ち合いは、先に使ったあたしらが不利だ。
お前のスモークが生命線だ!頼むぞ!」
「了解です!」
正面に敵機。
シルエットが判別できる距離まで迫る。
EX-2kサーペント、EF-3kミストナイトの2機。
「ヒュドラ、撃ちます!」
今度は私の番。
マルチロックミサイルで正面の2機を捕捉。
回避してもらう。
敵はフレアを展開し散開。
それを追って格闘戦にもつれ込む。
メイスと私で、それぞれ背後を取りに回る。
「動き回れ!食らいつけ!それならあの光は来ねえ!」
「了解です!ダガー、付いてきて!」
「うん!」
ダガーにも一緒に動いてもらう。
さっきの仮説が本当なら、激しく動き回るドッグファイト中に光で撃たれることはない。
「スピカ来るよ!上!」
レーダーに2機。
スピカの操るナイトリーパーと、EX-88ストームエッジ。
上空からの強襲。
光じゃない。本人が直接動いた。
これは、実質的に謎の光を封じたということ?
「任せて!ワスプ!いっけ~!」
セイバーがストームエッジの方に狙いを絞る。
カウンター気味に高性能誘導ミサイル『ワスプ』を叩き込む。
急降下のスピードに乗った敵機は回避が間に合わず、爆散。
「ナイスキルだ、セイバー!」
「さすがです!グッドキル!」
「ナイスキル、です!」
厄介な敵のECM使いを落とした。この一手は大きい。
一方、スピカの狙いはダガー機。
敵機からヴァイパー射出。
「ダガー!ブレイク!」
フレア射出と急旋回を促す。
私も敵機との交戦から外れ、ダガーの援護に回る。
私のバディに、指一本、触れさせるものか。
高Gの負荷を機体にかけ、急旋回。
落ちてくるスピカに対しヴァイパーで牽制。
高高度の影響か、いつもより操作が重たい気がする。
少しだけ浮遊感。脳が揺れるよう。
ミサイルは避けられた。でもダガーは無事。
スピカは上空に戻る。
ここまでは一進一退。
でも4対3で数的優位。
敵ストームエッジは、リスポーンからこの高度への上昇まで時間がかかるはず。
ECM使いを封じている。畳み掛けるなら今しかない。
「スピカを追うよ!逃さないよ~!」
「下は抑える!頼むぞ!」
「12,000!注意して下さい!」
普段のように勢いのまま上昇するのは危険だ。
天井に引っかかる。
ここで失速すれば、当然スピカは狙い撃つ。
狡猾なセレスティアルのことだ。
『上空に追わせて限界高度で敵を失速させる』、
そんな戦術も用意してるだろう。
「そうだ!危なかったよ~!」
セイバーは限界高度寸前で方向転換。
しれっと高度ギリギリで逃げるスピカに機首を向ける。
「ワスプ!FOX3!」
でも、フレアで退避。
退避しつつセイバーに向けてミサイル射出。また距離を取る。
さすが敵リーダーだ。一筋縄ではいかない。
「なんか機体が重いよ〜。なんで向こうは平気なの、ズルくない!?」
セイバーがミサイルを回避しながら愚痴をこぼす。
そういう性能の機体なのかも。
「ジャベリン!セイバーに加勢しろ!」
「でも!」
確かにスピカは落としたい。
とはいえ、ダガーから目を離すわけにはいかない。
「私なら、大丈夫だから!」
「もう一度ECMを使う!ダガーのことは任せろ!」
ためらう私を、
メイスもダガーも、後押ししてくれた。
「今しかねえ!行け!スピカを落とせ!」
「行って!かっこいいとこ、見せて!」
今ここで敵のエースを落とす。
それはスコア以上に価値がある。
「了解!」
敵の支柱をへし折る。つまり、私たちの勝ちを決定づける。
とはいえ、相手は撃墜女王セイバーと渡り合う強敵だ。
ここは1つ罠を仕掛けたい。
相手の庭である高高度。そのトラップであろう限界高度12,000m。
逆手に取らない手はない。
「スピカめがけて上昇します!限界高度ギリギリで失速したフリをします!」
「合図しろ!そこでECMをぶちかます!」
「了解!スピカを叩いちゃうよ〜!」
限界高度を目指して、上昇を開始。スロットル全開。
何だか、手が震える。機体の振動でコントローラが震えてるんだ。
目指すはスピカのナイトリーパー。その先に、青黒い空が広がる。
歓声が聞こえる。
互いの死力を尽くした攻防に、会場も盛り上がっている。
試合を盛り上げる実況の人も、興奮気味に叫んでいる。
みんな、私たちのことをこんなに応援してくれたんだ。
県内の小さな大会なのに。なんだか、ありがたい。
これが県大会とか全国大会だったら、きっと、もっとすごいんだろうな。
でも。
今まで歓声なんて聞こえてたっけ。
何で今になって?
ダメ、集中しなきゃ。
なんだか息苦しい。
そうか、空の上の方だからだ。空気が薄いんだ。
目の前が真っ黒だ。
宇宙を目指してたんだし、当然か。
それにしては、星の1つも見えないな。
今、高度いくつ?
HUD、見えない。真っ暗だ。
手元で、コトンって音がした。
ちょっとだけ手が軽くなった。
「ジャベリン!どうしたの!」
「どうした!応答しろ!」
「ねえ!しっかりして!」
いつの間にか、ストールを告げるアラートが鳴り響いていた。
私、どうしてたんだろう。
「1機落とした!1機そっち行ったぞ!」
「スピカを牽制したよ!救援に行くよ〜!」
さっきまで真っ黒だと思ってた視界が、真っ白になった。
雲に突っ込んだ。
そこでハッと我に返った。
しまった、スピカはどこだ。
限界高度で失速のフリをして、かかったところをセイバーが叩くって。
そういう話だったじゃないか。
高度は?
7000mまで落ちてる。
急いで戻らなきゃ。
機首を……加速を……。
コントローラ!ない!
慌てて机の上を手探りで探す。
良かった。すぐ見つかった。
「ジャベリン!逃げて!」
「あっちはセイバーに任せろ!昇るぞ、スピカをフリーにさせるな!」
敵機が迫るのが見えた。
「任せて〜!」
その上空から、急降下するセイバーの角ばった機体を確認。
光の加減か、機影も二重に見えたけど。
何だかとても安心した。
あっという間に、迫るサーペントを撃墜。
やっぱりすごいな、この人は。
「お姉さんが助けに来たよ~!」
あとはスピカだけ。
「さ、行くよ!」
その背に付いていこうと、
機首の引き上げと加速をしようとした。
スティック……ボタン……どこだ。
VRヘッドセットをしてるから、コントローラ上のボタンの位置が分からない。
スティックは親指に引っかかって分かった。
ボタンが、うまく押せない。
「ノイズ!ECMです!」
「ストームエッジが戻りやがった!まだ数は有利だ!仕切り直すぞ!」
コントローラの操作に手間取っていると。
セイバー機の遥か先。真っ黒い空間の中で、何かがキラッてした。
そして。
空が、光った。
「え」
セイバーの機体を、光が貫いた。
目の前で。
今の今まで雄々しく飛んでいたファントム・ホークが、炎に包まれた。
「うそ!」
黒煙を上げる機体。飛び散る破片が、撃ち抜かれたことを物語る。
主翼がもがれ、力なく落ちた。オレンジ色の光。爆散。
煙だけが僅かに残って、それもすぐ、風に散らされた。
空にぽっかりと、大穴ができたような。
さっきまで当然のように飛んでいたものは、突然消え去った。
何が何だか、分からない。声にもならない。
だって、さっきまで元気に飛んでたじゃないか。
今も飛んでなきゃ、おかしいじゃないか。
先輩の機影がないなんて、そんなのバグに決まってる。
だって。
どんなピンチも笑顔で切り抜けてきた、最強の撃墜女王なんだから。
ただ、目の奥が熱い。
ただただ、息苦しい。
視界が滲んで、二重になる。
手が。指が。動かない。
脳が揺れてるみたい。フラフラする。冷や汗が吹き出る。
激しい息遣いが間近で響く。
ヘッドセットの外側から、実況の男の人の叫ぶ声と、
どよめきのような、大歓声のような、大勢の人の声がする。
「諦めないで!」
誰かの声が、耳元のスピーカから届いた。
「スモーク、使うから!」
それから目の前が青い色に覆われた。
「セイバーが戻るまで持ちこたえよ!スコア、勝ってるし!
数だって!まだ!まだ戦えるよ!私だって!」
聞こえる。意味も分かる。
でも、なんだかとても遠く聞こえる。
「ねえ!ジャベリン!ねえ!」
すぐ横でカタッと音が鳴った。
暖かい小さなものが肩に触れた。
身体が揺れる。
私は気づいてしまった。充分だ。
「応答してよ!ねえ!」
「小鳥遊くん!ダメだ!揺すらないで!」
絶対無敵、完全無欠の撃墜女王が、撃墜された。
私の心を折るには、それで充分だった、と。
「風咲!風咲!しっかりして!」
一際、悲痛な叫び。スピーカの外から。
でも間近から。耳のすぐ横から聞こえた。
直後に大きなブザー音が鳴り響き、画面が暗転した。
どうしたんだろう。
何か、トラブルかな。
「潮見野高校、試合放棄により。勝者、高浜学院!」
そんな高らかな声と、会場からのどよめきが、耳に飛び込んできた。
「え……なに……?」
「僕が試合を止めた。
言ったはずだよ。健康を害する場合、直ちに試合を停止する」
「待ってくれ!あたしらはまだ戦える!」
「三条くんを見て、同じことが言えるかい」
誰かがヘッドセットを外してくれた。光が眩しい。
みんなのシルエットが見えた。眩しくて、表情まで見えないけど。
今は見えなくて良かった。
さっきからずっと誰かの呼吸が荒いな、って思ってた。
浅く速い息遣いが聞こえるな、って思ってた。
なんということはない。
私のだ、それは。
「……畜生!」
蘭花が机に拳を打ち付けるのが、とてもスローに見えた。
「興醒めね。コンディションくらい、管理なさい」
遠くから、そんな声が聞こえた。
ああ。またやってしまった。
みんな怒ってるだろうな。
『お前のせいで負けた』
分かってるよ、そんなこと。
私はいつもそうだから。
『1人のエースにおんぶに抱っこ。そんなもの、チームじゃない』
頭の中に別の声が響いた。
昔、中学時代。バスケ部の顧問が言ってたっけ。
そんなこと今言われても。
困るよ。
* * *
セレスティアルが春季大会の優勝を勝ち取ったことを、
翌日、地域の新聞の小さな記事で知った。




