23話 ブザービート
目の前には最強の味方、撃墜女王の操るファントム・ホーク。
私を守るように。鋭角的なシルエットが、今は優雅にすら見える。
その先には、敵影が2。
「セミアクティブ!バーゲスト来ます!」
ミサイルアラート。
私めがけて、白煙を上げながら光弾が飛ぶ。
即座に機体のロールとピッチアップ。アフターバーナーを焚き大きく逃げる。
「今!無防備です!」
「任せて!アーバレスト!」
当てるまで対象を捉え続けるセミアクティブ式のミサイル。
誘導性能は厄介な反面、相手を正面に捉え続けることに気が取られ、
急襲には弱い。
私を狙うブレイズ・レイブンに、セイバーから中距離ミサイル『アーバレスト』のプレゼント。
回避を余儀なくされ、バーゲストの狙いを諦めざるを得ないはずだが。
「ダメ、吸われた~!」
敵リーダーのリザード機がフレアを射出。
アーバレストは光の粒に吸われ爆散。
私への狙いは継続されたまま。
「回避に専念します!」
何とかミサイルを振り切ったが、変わらず狙われている。
距離は離れたまま。
ここからではヴァイパーが届かない。
敵を叩けない。
ミサイルアラート。まただ。
バーゲスト、もう1発来た。
セイバーがカバーに入るが、またリザードのフレアで阻止。
今度は同時に、リザード機はセイバーに接近を開始した。
リーダー機同士の戦いか。
間近でお目にかかりたいけど、回避に手一杯でそれどころじゃない。
「ジャベリンはAX-16に近付いて!」
「ええ!?」
「近い方が、相手の動きが大きく見えて当てづらいの!
リザードは私が抑えるから!」
「了解です!」
思い切って角度を変えて、敵機に突っ込むように進路をとる。
アフターバーナーを全開。斜めにループを描くように前へ。
ヴァイパーの距離まで接近。こちらの方が早く射出。
放ったミサイルはフレアに吸わたものの、
回避を強いることでバーゲストを実質的に無効化。
逃げるAX-16の後を追うが。
「そのままリザードの背後を突いて!」
セイバーからは、追わずに隊長機を狙えという指示。
今追ってる相手を仕留めるべきでは。戸惑っていると。
「リザードと決着、つけたくない?」
「でも!」
「その方が面白いじゃない!」
……呆れた。
残り数十秒のこの状況で。
「それって……」
スコアも負けてるのに。
面白いかどうかで、戦術を決めるのか。
まったく、この人は。
「最っ高じゃないですか!」
「でしょ!落とすなら今!急いで!」
ヴァイパーをAX-16に向け放ち、再度の回避を強いたあと、
進路を変更。セイバーともみ合うリザードの機体へ向ける。
「1機やったぞ!あと1……くそ、逃げるな!」
メイスからは撃墜の報告。
ダガーの撃墜によって開いた分は取り戻したか。
残り35秒。
スコアはまだ相手リード。
AX-16も進路を変えた。たぶん、狙いに気づかれた。
構わない。
ここで決めなきゃ。
リザード機、AX-18の背後。
2機のエンジンノイズを視野に捉えた。
ヴァイパー射出。フレアで即座に回避される。
でも多分、相手もフレアを使い切ったはず。
もう一押し。
あと20秒。
背後からAX-16が迫る。
ロックオンされてる。アラートが鳴り続けてる。
構わずリザードを追う。前方の敵機に合わせてハイGの急旋回。
「FOX2!」
セイバーが私とすれ違い、叫んだ。
後ろのAX-16に向けてミサイル発射。
フレアの射出と急旋回が視界の端で見えた。
残り10秒。
「FOX2!」
再度、セイバーのコール。
ミサイルの航跡。正面。炎に包まれるAX-16。
残り3秒。
その爆炎の中から、リザード機が飛び出してきた。
機首をこちらに向けて。ヘッドオン。向かい合う。
HUDを読み解くまでもない。即座に感じ取る。
『お前だけは落とす』と。目の前の相手は告げている。
私も同じだ。
機首を左へ振る。
リザードも反応した。相手も同じ方向に機首を動かした。
進行方向に併せて、リザードが偏差的に射撃。
相手の主翼から白煙を吹き上げ、ヴァイパーが迫る。
ミサイルアラートの鳴り響く感覚が、やけに間延びして聞こえる。
さすがリザード。よく見てる。
だから。
フェイントに引っかかる。
瞬時に機体を右に傾け機首を引き上げ、フルスロットル。
同時に。
「FOX3!」
ワスプ射出。
敵のヴァイパーは遠くへ消えていく。
ワスプは、まだリザードを捉えている。
でも。
直後、試合終了を知らせるブザーが響いた。
呆然とした。
口を開けたまま、しばらく固まった。
負け?届かなかった?
最後に放ったワスプは、その後すぐにリザードの機体を撃ち抜いた。
それを示す『DESTROYED』の文字は、ブザーが鳴ったあとに表示された。
どうなるんだ、これ。
スコアを確認。
ブザーがなる前、セイバーがAX-16を撃墜したときも、スコアは僅かに負けてた。
今のリザード撃墜分のスコア追加で、スコアは私たちが勝ってる。
これって、どういう判定になるんだろう。
飛び出しそうな心臓を抑え込む。
とても長い時間に感じるくらい、
浅い呼吸で画面を見つめていると――
突如、勝利を告げるファンファーレが鳴った。
WINNERの文字列が目の前に踊っている。
安堵とともに、体から一気に力が抜けた。
そのせいで椅子から崩れ落ちるかと思った。
「やった~!」
「でかした!よくやったジャベリン!」
「みんな!ナイスキルです!」
ああ、これ。ブザービートってやつだ。
一度やってみたかったんだ。
バスケを離れた今になって、ささやかな夢が叶った。
* * *
VRヘッドセットを外し、大きく息を吸って、吐く。
落ち着かない。身体が震えてるような感覚。
会場からの声援の大音量に気がついた。
劇的な勝利だ。沸くのも無理はない。
勝利のガッツポーズの1つでも取りたかったけど。
やり切った疲労感の方が勝って、それどころじゃない。
「すっごい怖かったよー……私、何もできなかった。もっと頑張らなきゃ……」
ううん、ひばりは頑張ったよ。おかげで助かったし。ありがとうね。
「次は整列だね、行こ」
うん、行こう行こう。
「……風咲?どうしたの?」
何が?
「疲れたよね。大丈夫?お水飲む?」
「あ……え?」
声が出ていなかったことに、今ようやく気づいた。
「……あ……ううん!な、何でもないよ!」
言葉がちょっとだけ遅れて出てきた。
やっぱり疲れたのかな。
差し出されるままに水に口をつけた。
甘い。
お砂糖、入ってたっけ。
確認しようとしたけど、ボトルのラベルは剥がされてるから分からないや。
* * *
「完敗です。最後の最後で空に引きずり出されました」
互いの礼のあと、渚さんは月子に手を差し出した。
「ううん、凄かったよ〜!
海面で機銃がガガガーって当たってたら、私たち負けてたよ〜」
その手を月子が握り返す。
「ええ、まだまだ課題ですね。だから最初は使わなかった。
でも次は負けませんよ」
「うん!楽しかった!またやろう!」
月子が握手した手をブンブンと上下に振った。
「ジャベリン」
渚さんは、私にも握手を求めてきた。
「やはり脅威だった。もっと早く潰しておくべきでした」
「いや~。そんな……」
手を握る。
その渚さんの表情から爽やかな笑顔が消え、私の顔を覗き込んだ。
視界がグラッとした。渚さんの顔が一瞬だけ、二重に見えた。
「……顔色が悪いですね。
あれだけの大活躍ですから。さすがにお疲れでしょう」
そうかもしれない。
渚さんが強かったから、余計に。
現実の空じゃないのに。空を飛ぶって、ちゃんと疲れる。
こんなことは初めてだ。
渚さんは表情を切り替えて、ほほ笑みを浮かべながら続けた。
「しっかり休んでコンディションを整えて下さい。なにせ……」
そしてまた、真剣な眼差しで私を見据えた。
「次の相手は、正真正銘の強豪ですから」
次の3回戦の相手は、会場で真っ先に喧嘩を売ってきた高嶺さん。
自信満々に丁寧に挑戦状を叩きつけてきた相手。対決の瞬間が迫っている。
「夏の県大会で、また戦いましょう!」
渚さんは最後まで爽やかに去っていった。
新設のチームながら恐ろしいまでの連携能力だった。
夏に会うときは、もっと強くなっているだろう。
今回はギリギリの勝負を制したけど。もっと強くならないと。
でも今は、少しだけ休みたい。




