22話 剣を掲げた兎のマーク
「高度を取ります!もう一度、みんなの目になります!」
やることはシンプル。2ラウンド目の応用だ。
「でも、飛んだら狙われちゃう!」
そうだけど、このまま何もしなければ負ける。
「最後のECMを使う!タイミングを合わせるぞ、上がるときは言え!」
「ECM、ちょっと遅らせて!
ジャベリンを狙って飛び出す敵機がいるはず」
そこでセイバーは言葉を切る。
「撃墜カウント、いただいちゃうよ!」
通信越しにも分かるくらい、楽しげな様子で宣言した。
「だが、上からでも相当見づらいぞ」
「水面の航跡を追います!たぶん、それなら!」
見づらいのは承知の上。それでも海面で周囲を見回すよりマシだ。
「OKだ!ジャベリン、飛べ!」
「はい!ダガーをお願いします!」
機首を上に向けフルスロットル。上昇を開始。
周囲に広がっていた青黒い海面が、一気に視界の外に消えた。
同時に、脳が揺れるような感覚。胃から何か熱いものが込み上げてくるよう。
必死で押し留める。
ただのVRだからGなんてかからないのに。おかしいな。
私に続いて、海面から別の1機が飛び出した。
AX-16『ブレイズ・レイブン』のコンパクトなシルエットが見えた。
狙われてる。被ロックのアラートが鳴る。
「ECM起動!」
振り返らず、そのまま上昇を続ける。
「いっくよ~!FOX3!」
アラート音が消えた。
レーダー上では、6時方向の敵機反応が消失。
「ナイスキル、セイバー!」
おかげで息苦しさが少し良くなった。
「えへへ~!スコア、ちょっと取り戻したよ!」
「まだリードされてる、油断するな!」
「は~い!リザードと遊んでくるよ~!」
海を見下ろすと、セイバー機が海面に戻っていくところだった。
白波の動きや航跡の様子を見る。
機体シルエットから誰のものか判別する。
「メイスの9時方向にダガー!後ろから狙われてます!」
「了解だ、任せろ!」
まずはダガーが孤立しないよう、メイスに位置を伝える。
やっと敵の動きが見えてきた。
ダガーを追い込むように敵2機が追い、リザードはセイバーに圧力をかけている。
さっき撃墜されたAX-16は、リザードの僚機だったはず。
たぶん、今までメイスが抑えてた。
今は、1対1と2対2が同時に進行してる。
「セイバーへ!敵が海面をループしてます!もう一回来る!」
単純な数なら五分五分だけど。
撃墜女王セイバーをして、この環境化ではギリギリの戦いを強いられている。
「ダガーの正面に2機!右旋回!」
「了解だ、高さに気をつけろ!」
「これ飛んでる?まだ生きてる?ねえー!」
ダガーを守りながらこの環境で戦うのは、メイスでも難しいはず。
今は敵からの攻撃を避けつつ、少しずつ機銃で削り返している。
スコア差も縮まってきた。
でも、復帰したAX-16が合流されたら厄介だ。
合流を阻止する。最優先の、次の打ち手だ。
じゃあ、どこから来る?
クロウラーの戦い方を考えるなら、多分海から来るはず。
でも、単騎で空にいる私は、格好の的のはず。
レーダー照射アラートが鳴り出した。
それは敵が迫っていること。
同時に、メイスのECMの効果が切れたことを意味する。
つまり丸裸だ。
何かあればフレアで凌ぐ。指をボタンに添えておく。
遠くに見えた。
11時方向。空だ。
高度を取ってる。
意図は明白。空の目を脅威と判断した。
私を潰しに来た。
「空!交戦します!」
定石なら、私のヒュドラを警戒するはず。
でも構わず飛んでくる。
ヒュドラを積んでないことがバレてる。
だったら、ワスプの距離に来たら叩き込むのみ。
でも、違う。
先に撃たれた。
セミアクティブ式のミサイル『バーゲスト』だ。
目視で誘導するタイプ。フレアが意味を為さない。
回避は強いられるけど。
大丈夫、避けられる。
ターゲットを目視し続けなければいけない性質上、激しい動きには弱い。
機体を90度ロールさせる。
そのとき。
「ジャベリン!ブレイク!」
即座にフレアを射出し、Gをかけての急旋回。
下からのミサイルがフレアに吸い込まれた。
リザード機のヒュドラだ。突き上げてきた。
まずい。2枚で私を潰す意図だ。
アフターバーナー全開で空に駆け上がる、AX-18のシルエット。
これがトカゲ?
海の底から海面の獲物を喰らい豪快に飛び上がる。
これは鮫だ。
急いで方向転換。このままでは挟まれる。
「今行く!」
「敵、スモークです!」
「くそ!こんなときに!見えねえ!」
「うそ!全機上がったの!?」
セイバーからの通信で状況を察した。
多分、みんなも追って機首を上げている。
けど……。
冷や汗が額を、背を、伝った。
生唾を飲み込む音を自分で聞いた。
1対4は非効率的。実際そう。
でも今は状況が違う。
残り時間も迫る。
私が潰されたら、このラウンドは取られる!
みんなが来るまで、凌がなきゃ。
急いで周囲を見回す。
進行方向の先に、煙を撒きながら上昇する機体が2。
進路を変更。そっちも敵。
ミサイルアラートが止まない。
もう一度、フレア。
でも、どこに逃げても敵。
呼吸が荒いのが分かる。
打開しなきゃいけないのに。
何も。
何も、浮かばない。
TX-04のスモークとともに上昇してきたRF-29から、連装式のミサイルが4発、見えた。
フレア。ボタンを押す。
カチリと。乾いた音だけが鳴った。
他は何も鳴らない。
HUDの隅で残数0の表示が赤く点滅し、揺れた。
「ジャベリン!だめー!」
突如、目の前が真っ青になった。
スモークの中。でもHUDが、レーダーが生きてる。
これは。敵のじゃない。
ダガーのだ!
スモークの外で爆発音。光だけが僅かに見えた。
さっき放たれたミサイルが、ターゲットを見失って中空で破裂した。
「ごめんなさい!当たっちゃいましたー!」
「上々だ!後は任せろ!」
メイスと、ダガー。
ダガーは、たぶんさっきの爆発に巻き込まれて落ちてしまった。
「悪いな!出遅れた!」
でも。味方の声が、とても温かい。
「こっちの2機をやる!ジャベリンを頼むぞ!」
紙一重で救われた。
「セイバー!」
そして。
「了解~!」
目の前に、鋭角的な機影。斜めに張り出した垂直尾翼。
その尾翼には剣を掲げた兎のマーク。
最も頼もしい空の女王が。そこにいた。
「倒すよ!」
「はい!」




