17話 挑まれる側
県庁所在地のある駅から乗り換えて1駅。そこから歩いて約10分。
港湾都市にそびえ立つ大きなイベント施設の1室で、今日の春季大会が行われる。
時刻は07:30。
でも、出場校の生徒や顧問と思われる集団が、既に会場前のあちこちに見受けられた。
「おはよう2人とも。緊張してる?」
「さすがに、少し」
「め、めっちゃ緊張してます!」
施設ロビーにて。
これから試合かと思うと、緊張とワクワクが入り混じり、なんとも心地よい高揚感に襲われる。
一方で、横に立つひばりは見るからに肩が震えている。
「一緒に深呼吸しよ!」
と、2人でリズムを合わせて呼吸を整えようとしたけど、ひばりの動きはぎこちない。
「気負うな。あたしたちが付いてる。いつも通りやればいい」
そんなひばりの肩に、蘭花がそっと手を添えた。
「が、がんばります!」
ひばりは両手を胸の前で握った。
緊張は完全に解けないけど、少しは落ち着いた様子だった。
内心「先輩かっこいいなあ」と思いつつ、蘭花に少しだけ嫉妬した。
「今日は、県内だけの小さな大会だ。気を張らずに挑みなさい」
先生も、ひばりに微笑みかけた。
「控室が与えられている。君たち4人は先に向かい、アップを始めてくれ」
「私たちもあとで行くよー」
「はいこれ。先輩たちと、あんたたちのヘッドセットとコントローラ」
野田、香取から機材を受け取り、会場マップを頼りに控え室に向かう。
控え室として割り当てられた部屋には、
既に他校の生徒たちがそれぞれのブースでアップを始めていた。
ゲーム機と小型のモニタを持ち込んで実機環境を整え練習する者。
機材を持ち込まず、手の動きだけでイメージトレーニングする者。
部屋の奥の壁に取り付けられたモニタには、
今はトーナメント表が表示されている。32校の名前が並んでいる。
試合が始まれば、ここで観戦ができるようになっている。
「お会いできて光栄ですわ。女王様」
私たちに割り当てられたブースに荷物を置こうとしたところ、
他校の子が月子に話しかけた。
ウェーブのかかった栗色の髪が肩まで伸びている。
紺のセーラー服をきっちりと着こなしているものの、
星の入ったアイメイクが目を引き付ける。
部活とはいえ、ある意味ショーでもあるから、
「ばっちりお化粧してくる子も多い」という話は聞いていた。
目元にアクセントがあるだけでも、非日常感を漂わせている。
「高丘学院3年、リーダーの高嶺です。
チーム名はセレスティアル。コールサインは『スピカ』。
以後、お見知り置きを」
両手を前に揃え、高嶺さんは深々と頭を下げた。
「あ、これはどうもどうも」
つられて月子も同じように頭を下げる。
蘭花が月子の少し後方につき、腕を組みながらその様子を見下ろしている。
睨みつけるような鋭い目線が今は頼もしい。
「……先輩方が見当たりませんわね」
その高嶺さんが、周りを見回しながら訝しんだ。
「もう引退してる。だから1年を連れてきた」
「あらあら、まあまあ!1年生を!」
高嶺さんが私とひばりに目線を向ける。
反射的に、ひばりを庇うように身体を前に出した。
「女王の部隊に選ばれた1年生!さぞお強いんでしょうね」
柔らかい物腰の中に、何故だか棘を感じる。
「ええ、鍛えられてますから」
咄嗟に気の利いたことが言えず、そう切り返すのがやっとだった。
「去年の県大会で煮え湯を飲まされましたからね。
先輩方にもご挨拶したかったのですが……」
高嶺さんは両手を挙げ首を横に振り、オーバーな身振りで残念がった。
月子に視線を戻す。
「あなた達とは、3回戦で当たりますの。
去年の大会の雪辱を晴らせるのを、楽しみにしておりますわ」
「1,2回戦はもう勝ったつもりか。余裕だな」
蘭花の皮肉にも高嶺さんは動じず、ニヤリと口角上げた。
「遥か高みは、我らの領域。何人たりとも、私の上を飛ばさせませんわ」
また深々と頭を下げて、高嶺さんは去っていった。
物腰柔らかに見せて、自信に満ちた口調。
そして「煮え湯を飲まされる」「雪辱」という言葉選び。
間違いない。これは挑戦状だ。
もっと分かりやすく言うなら、高嶺さんは喧嘩を売りに来たんだ。
「今のやつ……覚えてるか月子?」
「ううん。去年は試合に出てなかったのかも」
「世代も変わってるしな」
忘れてたけど、先輩たちはここでは有名人だ。
全国大会3位の実績。つまり県大会では優勝をしている。
それに撃墜女王の異名は伊達じゃない。
私たちは挑まれる側なんだ。
よくよく周りを見渡すと、何人かと露骨に目が合った。
あからさまに、私たちは注目されている。
そう思うと、急に私も緊張してきた……。
* * *
開会式を経てしばらく後。
私たちの試合が近づき、ステージ裏の待機場所への移動を促された。
「久々の公式戦だね。目一杯楽しんじゃおう!」
月子の目が輝いているようにも見える。声のトーンもいつもより高い。
この人は何でも楽しさに変えてしまう。素直に感心してしまう。
「ステージには選手4人と僕しか入れない。君たちは応援していてくれ」
先生が残るメンバーにそう伝えると。
「初戦の相手は杉戸国際高校。あまり聞かないわね」と、香取
「調べてみたけど、あまり資料がなかったよー。役に立てなくてごめんね」と、野田。
「そんなことないよ、ありがとう!」
「頑張ってくるね!」
私もひばりも2人に感謝を示し、立ち上がる。
「行って来い、勝てよ!」「落ち着いてね」
「風咲、ひばり、頑張って!」「頼んだよー!」
成田、市原、佐倉、鴨川のそれぞれの声援に見送られ、
私たちは控室を後にした。
少しずつ、『これから戦場に赴くんだ』という実感が伴う。
まだまだ不安は大きいけど、少しだけ高揚感の方が勝る。
* * *
舞台の裏では既に対戦相手の4人が待機していた。
「へえ、女王様ってのは、あんたかい?」
相手の1人が、ニヤニヤした顔で蘭花に話しかけてきた。
ウルフカットの女性。耳元にピアスも見える。
「何だ、お前ら」
蘭花は私たち3人の前に立ち、相手を睨みつけている。
大会の出場メンバーということは、おそらく彼女たちは3年生だろう。
それでも物怖じしない蘭花の堂々たる態度に、とても助けられる。
「おお、怖~」
「へへ、お手柔らかに頼みますよ。女王様」
他のメンバーもヘラヘラと、私たちを小馬鹿にしてくるような雰囲気を隠さない。
蘭花は「女王はこいつだ」と月子を示したりしなかった。
当の本人はニコニコしているだけだったけど。
ひばりは、やはり肩が震えている。
私の背に隠れるよう立たせ、
後ろに回した手で、ひばりのひんやりとした手をぎゅっと握った。
「なんせ、うちには秘策がありますんでね!」
「悪いけど、今日は勝たせてもらいますぜ」
相変わらずニヤつきながら話してくる相手に。
「ええ!秘策!どんなのですか!聞きたい〜!」
場の空気をまったく気にすることなく、月子が明るい声を上げた。
張り詰めていた緊張の糸が3段階くらい緩んだ気がする。
相手が戸惑っているところに。
「きっと、みんなで一生懸命考えたんですよね!
私たちがすぐ破っちゃうのに、なんだか微笑ましいですね!」
両手を胸の前に合わせ、いつものニコニコした笑顔のまま。
追い打ちをかけるような言葉が飛び出してきた。
対戦相手の表情がさらに凍りついたのが、
ステージ裏の暗がりでもハッキリ見て取れた。
「あー!あー!なんでもない!気にしないでくれ!
おい、お前は喋るな!この天然煽り女が」
「ええ、でも……」
『この蘭花にしてこの月子あり』みたいな、連携の取れた負けん気の応酬だと思ったけど。
蘭花が本気で戸惑っている。
そんなやり取りが可笑しくなってしまい、私の緊張はどこかに押しやられていた。
ひばりも震えているけど、それは緊張とか怖さではなく、
笑いを押し殺しているためだとすぐに分かった。
時折こらえきれないのか、私の背に顔を埋めていた。
「いや~、ごめんごめん、遅くなったよ」
やがて山本先生と、相手チームの監督役の人がその場に合流した。
そのあとすぐに。
「潮見野高校アーモリーと、
杉戸国際高校レッドパイソンの対戦です」
アナウンスの声に促され、私たちは一斉にステージに入場した。
スポットライトが、目に眩しい。
いよいよ始まる。
新しい私のデビュー戦。
連休が終わってしまいました。
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19話を1/9(金)更新。
以降、毎週金曜更新といたします。
毎週金曜の夜には、ぜひ覗いていただけますと幸いでございます。




