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蒼空トレイル-Aozora Trail-  作者: ふらっとん
1章 入部~1年生 対 2年生
2/7

01話 何が悪いの

高校入学から2度目の放課後。

仮入部の受付が始まり、クラスのあちこちで「何部に入るか」の話題が飛び交っている。


三条さんじょうさん。バスケ部行くでしょ?一緒に行こうよ」

「ごめん!前に怪我しちゃって……高校では別の部に入るんだ」

同じ教室の子に声をかけられ、私は膝を擦りながら答えた。

「えー、もったいない!あんなに上手だったのに?」


私はこの子を知らないけど、この子は私を知っているらしい。

たぶん中学の頃に試合した、他の学校の選手。

せっかくの誘いを断るのと、あまり覚えがないのと、2重に申し訳ない気持ち。

曖昧に笑いながら、逃げるように教室を出た。


彼女には悪いけど、私はもうコートに立つことはない。


鞄には、もう記入済みの入部届け。

1階の渡り廊下を抜けて別棟へ。『競技ゲーム部』の札の前で足を止めた。


高校ではゲームをする。そう決めていた。

いや……

『また一緒に飛ぶ』という誓いを胸に、ここに来た。


その部室のドアの前に1人、

小柄な子が行ったり来たりしていた。


明るい髪色。短い髪をサイドに結んでいる。

同じ1年生だ。胸のリボンの色から分かる。


「どうしたの?」

「ひゃい!」

その小さな肩が大きく跳ねた。驚かせてしまった。

「ごめんごめん。一緒に入る?」

スライドドアを指すと、静かに頷いた。


* * *


部屋の中は、既に1年生が10人以上集まっていた。

所狭しと丸椅子に座っている。

私たちも倣って、入口近くの椅子に並んで腰掛けた。


先に座っている子から、紙製のネームプレートと油性ペンを渡された。

名前が分かるように、とのことらしい。

三条風咲さんじょう かざき』と記す。


ペンを右の小柄な子に渡すと、目が合った。

「私、小鳥遊たかなしひばりだよ。ええと、さんじょう……何て読むの?」

「かざき、だよ。よろしく」


室内に目を向ける。

狭く簡素な室内だが、整っている印象だ。

机の上にモニタとゲーム機が並び、ケーブルが床に伸びている。

離れた位置にも机が1つ。その上に大型のモニタが鎮座している。


学校なのに、本当にゲーム機が置かれてるんだ。

情報としては知っていたけど。率直に驚きだった。


部屋の奥のホワイトボードの前に、先輩が2人立っている。

丸眼鏡の先輩はにこやかに佇んでいる。

その横にいる先輩は、対象的に目つきが鋭い。威圧すら感じる。


2時間前の体育館、部活動紹介のときに見た2人だ。

「『Acesエイセス' Trailトレイル』の対戦をやるよ」と、丸眼鏡の先輩は告げた。

今いる1年生はその参加希望者である。当然、私も。


* * *


「部長の朧谷月子おぼろや つきこです」

眼鏡の先輩が挨拶する。

「今日は私たちの活動を知ってもらうために、

 ゲームに触れながら親睦を深めよう!」

「副部長の猪ノ瀬蘭花(いのせ らんか)だ。よろしく」

続いて、目つきの鋭い先輩から簡潔な指示が出る。

「2対2で対戦をする。適当でいい、まず2人組を作れ」


隣の小鳥遊さんに声をかける。

「わ、私は無理だよ!このゲームやったことないの!」

「自信のない人や未経験者は、見学でもOKだよ」

小鳥遊さんが、ほっと息を吐いた。

仕方なく、まだペアのいない子に声をかけて、組む。


「今作った2人組同士で対戦するよ」

朧谷先輩が、モニタにゲーム画面を映した。

画面は4分割され、各プレイヤーの様子がこの画面に表示される。


最初の対戦が始まった。

それぞれの画面が目まぐるしく動く。


私の出番はまだ先。

試合の様子を見つつ、改めて室内を見回す。


2枚の賞状が壁に飾られていた。質素な額縁に入っている。


『全国高校eスポーツ大会 女子Aces' Trail部門

 第3位 潮見野高校 競技ゲーム部 殿』

『最多撃墜賞 朧谷月子 殿

 ――通算57機――』


丸眼鏡の先輩の名前だ。


「おお~、今の回避は上手だね~」

当の本人は、にこやかに、穏やかに、画面内の動きを解説している。

なんだろう……とても強そうな人には思えない。

でも確かに賞状はある。


それに、去年の全国大会の3位。


きっと、すごいんだろうな。

でも、どれくらいのすごさなんだろう。


今の私には、ピンと来ない。


その横の猪ノ瀬先輩は、腕を組み、眉間に皺を寄せてモニタから目を離さない。

1年生たちが「勝った」「負けた」とはしゃぐのと対称的に、

ただじっと、射抜くように、見ている。


みんなの力量を測っている――そう察した。


やがて私の名が呼ばれた。

さっきペアを組んだ子と隣り合って指定の席に座り、コントローラを握った。


* * *


機体選択画面から、迷わずAF-15『アイアン・タロン』を選択する。

後部に並ぶ2基のエンジン。広いデルタ翼に、縦に高い尾翼が目を引く。

突き出た機首は鋭く、鷲のくちばしを思わせる。


機体性能を示す9本のバーが、どれも中間程度まで伸びた。


兵装は、機銃に、短距離空対空ミサイル『ヴァイパー』、

そしてミサイル回避用のフレア。

これらは全機体に備わっていて、機体ごとに弾数は異なる。


特殊兵装としてマルチロック型の中距離ミサイル『ヒュドラ』を選択。

首が分かれて獲物を狙うイメージ。

複数の敵を同時に狙えるので、圧をかけやすい。


準備完了。


普段はオンライン対戦ばかりだったので、

目の前に対戦相手がいる状態は初めてだ。


少しの緊張と、少しのワクワクが入り混じる。


「じゃあ、スタート!」


朧谷先輩の合図と同時に、試合時間のカウントダウンが始まった。


まずレーダーを見る。

見るのは方向、速度。

見えるのは考え方。戦術や機動。


僚機が真っ直ぐに敵のペアに突っ込んでいく。

相手の2機は、やはり真っ直ぐ迎え撃つ。


とくに戦略は感じ取れない。

真っ直ぐ飛んで真っ直ぐ撃つ、それだけ。

つまり脅威はない。


兵装をヒュドラに切り替え、加速。

味方と距離が開いてしまったが、私も後を追う。


その味方機が、遠くの空で爆ぜた。

早速の被撃墜。


案の定というべきか。2機を相手にただ突っ込むのは無謀だ。

右隣から悔しそうな声が聞こえる。


仕方ない。仇は討つ。


敵の2機を同時にロックオン。

ヒュドラを2発射出。

白煙が尾を引き、それぞれが獲物を狙う。

敵の2機は急旋回を開始するが、1機は反応が遅れた。

ミサイルが命中し、爆散。


回避したもう1機を追う。

機体を90度ロール。機首を上げて加速。


兵装を短距離ミサイル『ヴァイパー』に切り替える。

確実に狙うため、相手の旋回動作の終わりを待つ。

私の方が速度がある。このままだと追い越してしまう。

機首を上げる。上昇。

余った速度は高さに替える。


右スティックのカメラを操作し、眼下に旋回終わりの敵機を捉える。


機体を反転させ、降下。

速度を一気に戻し、背後に位置取る。

エンジンノズルが目に入る。

ロックオン。ヴァイパー発射。

眼前の敵機は回避動作を開始するも、

白煙が緩やかに曲がり、吸い寄せられるように命中。

爆発。


HUDに『DESTROYED』の文字。


2機、撃墜完了。

「おお、やる~」

隣の子が楽しそうな声で呟いた。


* * *


「みんな、今日はありがとう。

 楽しんでもらえたかな?」

一通りの試合が終わったところで朧谷先輩がにこやかに話し始めた。


しかしそのすぐ後、

「少し、がっかりしたな」

猪ノ瀬先輩の言葉に場の空気が固まった。


「ちょっと!何言ってるの!」

朧谷先輩が慌てている。

小声で何かを耳打ちしているが、猪ノ瀬先輩がそれを制する。


朧谷先輩の歓迎ムードとは対象的に、その声はどこか冷たい。


「あたしらの目標は、夏の大会の全国制覇。全国大会の優勝だ。

 必要なのは『腕のいいヤツ』や『センスのいいヤツ』じゃあない。

 『チームで勝てるヤツ』だ。だが……」

先輩は一度言葉を区切り、その鋭い目で私たちを見回した。

「誰か1人でも、ピンチの僚機を助けようとしたか?」


1年生たちのざわつきが消えない。

不満が出るのも無理もない。


わざわざ来たのに、何で文句を言われなければいけないのか。

それに、急造のペアに何を求めているというのか。


「ペアが欠けた状態で、相手の2機を1人で落としたヤツもいたが……

 個の強さは重要じゃあない」

それは私のことだろうか。

名指しで否定されているようで、心の中が穏やかではない。


「待って!ダメだってば!

 みんな、ごめんね。なんでもないから、ね!」

私たちに向けられた朧谷先輩の笑顔は、明らかに引きつっている。


「まあいい」

猪ノ瀬先輩が鼻を鳴らす。


「5月に春大会がある。

 4人で1チームだ。あたしらだけじゃチームが組めない。

 明日からはお前らにもトレーニングに参加してもらう」

「そ、そう!

 今日は楽しんでもらったけど、普段の活動はちょっと地味だから……

 明日も来てくれるなら、ジャージを持ってきてね!」


意に介さない猪ノ瀬先輩と、必死で取り繕う朧谷先輩。

その態度は対照的だが

『明日は違うことをする』ということだけは分かった。


「レギュラーの枠は2つ。やる気のある者は歓迎する」


腕がいい、センスがいい、そういう強いメンバーで固める。

それがチームで勝つための最低条件ではないのか。

1人で2機を落として、一体何が悪いのか。


理不尽とも思える評価に、心の中ではモヤモヤが渦巻いていた。


《《あの子》》に鍛えられたんだ。ゲーム内のランクも充分上がった。

私ならレギュラーでも戦える。自信がある。


『また一緒に飛ぶ』。《《あの子》》と約束した。

何と言われようとレギュラーになってやる。


……けど、私の自信はすぐに打ち砕かれることになる。

ゲームの腕とかセンスとか以前の、もっと現実的な問題によって。

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