14話 これからもよろしくね
家中を自由奔放に走り回る3歳と5歳の弟くんたちを
10歳の弟くんがなだめている。
その喧騒を聞きながら、ひばりの挑戦が始まった。
主人公の機体が山間のトンネルに飛び込む。
最初は入口がどこか分からず、トンネルに入る前から失敗続きだった。
ひばりもそうだし、私もそうだった。
私は間近でルート案内をするものの、このステージは私も苦手。
「あー……またダメだったよ」
トンネル内は曲がりくねっている上に、障害物も置かれている。
壁面や物にぶつかれば、即アウト。
他人のプレイを見るだけでも、すごくヒヤヒヤする。
「もう1回!」
それでもひばりは諦めない。
「頑張ってるよね」
「えへへ、そうかな。ありがとう」
恥ずかしそうに微笑み、サイドに短く結んだ髪が少し揺れた。
昨日の通話で既に10回は失敗を繰り返しているし、
今日も5回目のリトライだ。
それでもひばりは弱気を見せない。
見た目は小動物的なのに、覚悟というか、根性がある。
トンネル内のルート確認、どこで減速し、どこで機体を傾けるか。
そして「今の失敗から何に気をつけてリトライをするか」を打ち合わせる。
私にできるサポートなんて、結局それくらいしかない。
諦めずに何度も挑戦しているのは、他ならぬひばり自身の意志だ。
何がそこまで彼女のやる気を支えているのだろう。
彼女はエートレの初心者だ。
ゲームそのものに執着があるとは思えない。
「ひばりは、どうして競技ゲーム部に入ったの?」
そのことを尋ねてみた。
「私、中学の頃は何部だったと思う?」
トンネルの暗がりの中を飛びながら、ひばりが質問を返した。
その問いに少し考え、間を置いてから回答する。
「なんだろう。合唱、とか?」
「ううん、それも悩んだけどね」
画面の中で、トンネル内の僅かな光源が奥から手前に流れ消えていく。
「正解は、帰宅部。
弟たちがまだ小さくて。その頃はお母さんも具合が悪くて」
画面内を飛ぶ機体が、天井の僅かなでっぱりに引っかかり、ゲームオーバーになった。
「またやっちゃった」と、ひばりが漏らした。
「朝から夜まで、一生懸命に何かに打ち込んで。
友達や先輩や後輩たちと、一緒に笑って、泣いて。
みんなが羨ましかった」
リトライし、同じルートをより慎重に飛びながら、ひばりが続けた。
「家のことも落ち着いたし。
高校生になったら、私も何かを一生懸命頑張りたいって思ったの。
運動は苦手だけど、ゲームなら弟が遊んでたのを見てたし」
さっき接触して墜落してしまった地点を、今度は慎重に突破した。
ゆっくりかもしれないけど、その頑張りは少しずつ実を結んでいる。
そのとき、一際大きな泣き声が家の中に響き渡った。
ひばりが手を止め、弟たちの言い争いの場に向かう。
「どうして喧嘩しちゃったの?お姉ちゃん悲しいなあ」
「だって!ぼくのプリン取っちゃった!」
「そうなの?」
ひばりは弟たちに目線を合わせて、しっかり話を聞いている。
私たちの喧嘩を防いだ、自然公園での出来事を思い出す。
ひばりにとっては、争いを収めるのは日常茶飯事だった。
この彼女の機転により私たちは救われ、今こうして同じ道を歩みつつある。
「じゃあ、『ごめんなさい』しようね。うん、よくできました!」
ひばりの、決して大きくないのに通る声が聞こえる。
しっかり話を聞き、優しくなだめ、誰かを責めることはしない。
こうやって日常の中で培われた手腕だったのか。
けど……あのときの私たちはもしかして、
この弟さんたちと同じようなものだと思われてたのだろうか。
ひばりはゲームをプレイしながらも、
特に小さい弟たち2人への注意を払い、
わずかな物音に対しても反応し、ときに上の弟への指示も与える。
「お部屋の中、走らないよ!転んだら危ないよ!」
「おもちゃを投げちゃダメだよ!当たったら痛いよ!」
「お兄ちゃんお願い!見てきて!」
家全体に彼女の目がついているのか、と錯覚するくらい。
やんちゃ盛りの弟たちに指示を飛ばし、争いや事故を未然に防いでいる。
言い換えれば、完全にこの空間を支配している。
部活ではなかなか見られない、この意外な姿。
リラックスした彼女はこんなにも強いのか。
「私ホントは、マネージャ志望だったんだけどね」
ひばりはこう言っているが、何の因果か選手として抜擢されている。
確かに彼女の性格も性質もマネージャ向きかもしれない。
けど、こういう子がチーム内にいて
その気配りがフィールドの中から他の選手を支えるとき、
チームの総合力は何倍にも跳ね上がる。
「やっぱり、向いてると思うよ!」
前に話した『1人は声の大きな子』。
ひばりは声を張り上げるタイプじゃないけど、その役割には適任だと思った。
画面内の主人公機が壁に接触し墜落してしまったところで、
一度休憩を呼びかけた。
「一生懸命もいいけど、練習には適切なインターバルが必要だよ」
これも経験則だけど。
何度やってもうまくいかない練習も、
休憩して少し時間を置いてから再チャレンジすると、
驚くほどあっさり解決できたりする。
根を詰めすぎているひばりこそ、今、しっかり休息を取ることが活きるはずだ。
休憩しながら、改めてトンネル内のルートを確認。
トンネルも既に2/3は踏破している。
障害物が多いポイントは、先人たちのクリア動画を見て操作イメージを固める。
そしてもう1つ策を思いついた。
「弟くんたちを、ここに集めちゃおう」
今のひばりは、家の中を俯瞰しながらトンネルを飛んでいる。
家中に張り巡らされたひばりの目を一箇所に集めて、
『目の前の課題に集中』させる。
それならきっと、すごい力が発揮できる。
3人の弟くんが私の周りに座ったところで、ひばりのプレイが再開。
「ねーちゃん、そこ右だよ」
一番上の弟くんが、このゲームの経験者。
苦戦する姉を見かねて、横から指示を飛ばす。
「お姉ちゃん集中してるから、ちょっと静かにしてて」
「はいはい」
しばらくは私も含めてみんな、固唾を飲んで画面内のフライトを見守っていた。
やがて自然と、弟たちから声援が飛ぶようになった。
「ねーちゃん、もうちょっとだよ!」
「いけー!」
「がんばえー!」
兄弟のいない私にとっては、この光景が少し羨ましい。
『何かを一生懸命頑張ってみたい』という、あまりにも純粋な入部動機。
一生懸命になることが許されなかった中学時代。
ひばりの口から、あまりにもサラっと出てきた話だったけど、
それは彼女の精神を支える、切実な願いだ。
『お姉ちゃん』でしかなかったひばりが、
『小鳥遊ひばり』として、今なら自由に飛べる。
「できたー!」
長いトンネルを抜けた先、紺碧の空と海が広がっていた。
可愛い応援団から拍手喝采が沸き起こった。
トンネルを抜けたあとには、
ゲーム中のストーリーの転機となるムービーが流れているのだけれど。
お構いなしに、ひばりは弟たちと喜びを分かち合っている。
「ストーリーを見よう」と突っ込むのは、野暮というものだ。
「ひばりは頑張ってるよ」
「ありがとう!風咲のおかげだよ!」
大会に向けての課題はまだまだいっぱいあるけど、
頑張るひばりと一緒に切り抜けていきたい。
私はそんなことを考えていた。
「これからも、よろしくね!」
2人の声が重なった。
* * *
最難関を突破してからは、通話でアシストしながら何とか期日内にキャンペーンモードクリアを達成。
敵エース戦にはさすがに苦戦してたけど。でも、ひばりはこの1週間で見違えるほど上手になった。
そのことを報告すると、月子は「おめでとう!」と喜んでくれた。
蘭花は相変わらずの怖い表情で「これで次の段階に進める」とだけ。
でも、口元がニヤリとしていたのは見逃さなかった。そういう人だ、蘭花は。
次の月曜日。
「今日から4対4の野良マッチを行う。
実戦で、役割に応じた立ち回りを覚えてもらう」
「ひばりの対戦デビューだよ」
トレーニングを終えた私たちの前に、今日は蘭花が立っている。
「き、緊張します」
「大丈夫、一緒に楽しもうね!」
緊張の面持ちのひばりに、月子が微笑みかけた。
一方、蘭花はいつも以上に真剣な顔をしている。ように見えた。
「その前に……今日は大事な話がある」
ただならぬ様子に、皆が息を呑んで次の言葉を待った。
「TACネームを決めるんだ!」




