13話 助けてー
日々のトレーニングは、相変わらず孤独。
みんながグラウンドを10周する中、
ひとり寂しくスクワットと階段の昇降運動を終えたところへ、
部室に向かう山本先生が通りがかった。
「やあ。足はもういいのかい」
「えっと……」
足について、どの件を聞かれているのか分からず返答に詰まった。
「足を攣ったそうだね」
この前の公園の件だった。それなら答えやすい。
「はい、頑張りすぎちゃって」
「本当に申し訳ない」
私は普段のトーンで何気なく回答したけど、
先生は頭を下げていた。
シャツは少しヨレているし、ネクタイも少し緩んでいたのに
腰を90度近く曲げて、深々と。
大人の人にこんなに頭を下げられたのは、
中学時代の怪我のとき以来だ。
「やはり、あんな危険なことをさせるべきではなかった」
私が足を攣ったのは誰のせいでもない。
久しぶりの運動で体が鈍っていただけ。
先生が頭を下げることじゃない。
戸惑う私に、先生は続けた。
「三条くんの昔の怪我のこと。引退後のこと。少しだけ聞いたよ。
知っていればあの試験は中止していた。
事前に防がなかった僕のミスだ」
「いえ、あの……」
足が攣ったのなんて、大した問題じゃないんだから。
そう真剣に捉えられても困ってしまう。
「本当に、もう大丈夫ですから」
今もみんなから外れて特別メニューを続けているのは、
やっぱり走ろうとすると拒絶反応が出るから。
壁登りのときは、たぶん怖さよりも夢中さが勝ってただけ。
結局今も、現実の私は速くないし、高く飛べないまま。
それでも1つ分かったことがある。
この人は、いい人だ。
「そんなことよりも……」
話を逸らして空気を変えたいのと、前から気になっていたのとで、
私は先生に質問を投げかけた。
「なんで文化部なのに走るんですか?」
先生が頭を上げた。
その眼鏡が煌めいた気がした。
「昔よりeスポーツが広まったとはいえ、心身を鍛えるという大義名分がなければ、学校でゲームをするなんて許されない。うちのような公立高校なら尚更だ。
甲子園は分かるね。高校球児が死力を尽くして白球を追い、全力で勝負に打ち込む青春の象徴だ。
ところが昔、まだ武道が活動の主役だった頃、野球などただの遊びに過ぎず、下に見られていたんだ。
それが今の地位を獲得するまでには……」
始まってしまった。いい人なんだけど、話は長いなあ……。
* * *
相変わらずのVR酔いと戦いながら空中戦闘機動を学んだあとには
外はもう暗くなっていた。
「ひばりはどこまで進んだの?」
「ステージ5まで……」
今は少しだけ雑談タイム。
「最初は敵の動きに全然ついていけませんでしたけど。慣れると楽しいですね!」
「でしょー!楽しんでくれて良かったよー!」
「まずは狙い通り、ってとこだな」
順調そうなひばりの反応に、蘭花も珍しく嬉しそうだ。
「あんたたち、何も知らない状態であのストーリーを楽しめるの、羨ましいわ」
「ネタバレはしたくねえ。心して楽しみながら秒でクリアしてくれ」
香取も成田も、ストーリーが好きと言っていた。
「語りたいねえ」
「分かるよ~」
野田と佐倉も、うんうんと頷いている。
「学校のゲーム機にはキャンペーン入ってないんだね」
「eスポーツ版だからじゃない?ストーリーを削除して、その分安くしてるの」
鴨川の問いには市原が回答した。
いろんなバージョンがあるそうだが、
とにかく部活ではひばりの課題を進めることはできない。
幸いなことに、課題の進み具合は順調。
「何かあったら、いつでも連絡してね」
帰り際に、ひばりにそう告げた。
今のところ何か手助けは不要みたい。
と思っていたけど。
夜22時。ひばりからの着信があった。
「助けてー!!」
さてと……バディの出番だ。
* * *
ストーリー中盤、
反逆者の汚名を着せられた主人公が追手から逃げるために
トンネルをくぐりながら進むステージがある。
なんで戦闘機がトンネルなんかくぐるのか。
そういうステージがある以上クリアしなければならない。
上下左右に障害物があり、なおかつ見通しの悪さは最悪。
普段以上に精密な操作が要求される。
実にストレスフルだ。
このステージは、私も何度かやり直した。
通話をしながらひばりのサポートをするものの、埒が明かない。
とはいえ、学校のゲーム機ではキャンペーンモードをプレイすることはできない。
ということで。
翌日の放課後、先輩に頼み込んで部活を早く切り上げ、
私はひばりの家にお邪魔することになった。
「だれー?」
「こ、こんにちは」
「ねーちゃんの友達?」
「そうだよ、ご挨拶しなさい」
5歳くらいの小さな男の子が、玄関でお出迎えしてくれた。




