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蒼空トレイル-Aozora Trail-  作者: ふらっとん
3章 春大会に向けて

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11話 やることは山積みだ

「今この瞬間も、世界のどこかで戦争が起きている。

 多くの血が流れている。

 悲しいね」

部室のホワイトボードの前に、壁登りのときにいた男の人が立っている。

この人が私たちの顧問であることを、さっき教えてもらった。


私たちはホワイトボードの前に丸椅子を並べて座り、

先生の講義を受けていた。


「現代の戦争でも戦闘機は飛んでいる。

 多くは無人機に置き換えられたけどね」

細いフレームの眼鏡。

その奥の目も細い。あまり開いてない感じ。

髪は短いけど、一箇所跳ねてる。寝癖かな。

ワイシャツを腕まくりしている。

オリーブグリーンのネクタイ。でも結び目のところは少し緩んでいるようだ。


「戦場で敵を5機落とした者はエースと呼ばれる。

 君たちの感覚からすると、信じられないくらい少ないだろう。

 撃墜というのはそれだけ難しい」

今日は先生からの戦術指南がある、と聞いたけど……


「それにもう、戦闘機同士のドッグファイトなんて発生しない。

 BVRと言ってね。視界の外からミサイルを撃って、おしまいだ」


これ、なんの話なんだっけ。


「それでもアメリカの大会シーンでは、

 『本物のエース』が優勝したりしてね。

 5度の優勝の後突如として姿を消したその選手は、

 今でも生きた伝説として……」

「おっさん、話が長いぞ」

先生の姿が二重に見えてきたところに、先輩の野次が飛ぶ。

私の意識も夢の世界から引き戻された。


「こら!『先生』でしょ!」

野次の主は小声で注意されている。


「失礼。話が逸れた。つまりだね……」


先生の話は続く。


山本伊三美。37歳。担当の教科は歴史。

そして、ミリタリーマニア。

航空戦術の歴史にも明るく、私たちに戦術指南を行ってくれている、

と説明を受けた。

一児のパパでもあるらしい。


「戦闘機同士の戦いは、エネルギー管理の戦いでもある」

先生が図を書きながら説明している。

「ただの追いかけっこではない。

 優位を取り続けたものが必然的に勝つ」

先生は、4機と4機の空戦の概要を説明してくれた。

淡々とした説明は眠気を誘うけど、内容そのものは興味深い。


ただ……

熱が入ってくると先生はどんどん早口に、どんどん言葉も多くなる。

だんだん、ついて行けなくなってしまった。


「おっさんの話は長いんだ」

蘭花が先生の話を遮り、今日の練習で注意するポイントだけをまとめた。


「まったく、猪ノ瀬くんには敵わんね」

先生が頭を掻きながら呆れている。


* * *


5月の大会まで4週間。

私とひばりは、ゲーム機の前に座ることになった。

大会メンバーとしての練習の始まりだ。


今日は立ち回りの練習。

先生の話にあったエネルギーや、位置取りに注意をしながら。


私は蘭花と、ひばりは月子と、それぞれ対戦を行う。

言うなれば『組手』だ。


「蘭花さん、よろしくお願いします!」

チームとなった私たちは、

互いの距離を縮めるため名前で呼び合うことになった。

心の中では名前で呼ぶけど、声に出すのはまだ慣れない……。


それはさておき、

蘭花との再戦で改めて分かる。

鋭い。

攻撃は最小の動きで回避され、最小の動きで追い詰められる。

そんな印象だ。


「お前はいい動きをするが、旋回はまだ絞れる。

 それに、いつも回避が大回りだ。だから反撃のチャンスを逃がす」

機動だけでなく、指摘も鋭い。


「だが、お前には目を付けていた」

「な、何か失礼なことをしましたでしょうか……」

蘭花の言葉に思わずドキっとした。

何か悪いことをしてしまったのだろうか。

声が震え、上ずってしまう。


「なんか変なこと考えてるな。違う違う」

少し冷や汗をかいた私に、蘭花は首を振った。


「カメラを操作しながら周囲を見て戦っていたのは、

 1年の中ではお前だけだった」

悪い意味じゃなくて安心した。

意識したことはなかったけど、情報を得るためにHUDだけでなく目も使う。

そうやって戦ってきたから、染み付いているのだろう。


一方で。

「ごめんなさい、操作が下手で……」

「ううん、大丈夫!これから上手になっていくからね!」

「ありがとうございます。頑張ります……」

ひばりが気を落としている。

まだ地面とキスをしてしまったのだろうか。

それを月子が優しく慰めている。


こっちのペアは、なんだか空気が違う。

ほんわかしている。


「お前ら……ぬるいことやってんなあ」

その空気に、蘭花が顔をしかめた。


「ペア交代だ!ひばりはあたしと組め!」

ひばりの肩が大きく跳ねた。表情が強張っている。

有無を言わさず蘭花がコントローラを握らせた。

「おら、行くぞ!お前はまず生存率を上げろ!

 死ぬ気で逃げてみろ!」

「ひえええええ!」

「困ったらフレアだ!躊躇するな!

 抱え落ちだけはするんじゃねえぞ!」


その様子を、月子は苦笑しながら見ている。

「大丈夫かなあ。まあ、私たちもやろっか」

「ええ……よろしくお願いします」

朧谷月子。またの名を撃墜女王スカイ・クイーン

以前この人と戦ったときは、何も出来ずに負けてしまった。

『どうやって負けたのか』すらも分かっていない。


丸眼鏡に長い黒髪。見た目は文学少女さながら。

とても勝負強いとは思えない、華奢な見た目と、にこやかな表情。

コントローラを握っても、それは変わらない。


それでも組み合えば分かる。

いつの間にか優位を取られている立ち回り。

先を読まれているような機動。

撃っても撃っても、のらりくらりとミサイルは回避される。

そして正確無比な射撃。


私の全ては、いなされてしまう。

大人が子供相手に全力を出さないような、余裕すら感じる。


「うーん、楽しいねえ!

 ずっと蘭花とばっかり飛んでたから、なんだか新鮮だよ!」

1戦を終えたあと、月子の目がなんだかキラキラしている。


戦闘後の振り返りでは、

その指摘は擬音にまみれ、さらに感覚的。

「こういうときにぶわーって飛ぶと、きっと、もっと楽しいよ!」

「は、はあ……」

どうしよう。何も分からない……。

天才肌、というのかな。こういうの。


けど、この人から多くを学び、多くを盗む。

多分それがこの練習の狙いだろう。

望むところだ。


対戦を繰り返す。その度、負ける。

何とか勝ち筋を……せめてヒントだけでも手に入れたい。

「すごい集中力だね。さすが元アスリートだ」

「いえ……もう1回、お願いします」

でも、何も見えてこない。


あの一瞬に見せた『消える女王』も、

今日の練習ではとうとう出てこなかった。


* * *


他の1年生たちはサポートの役割が与えられた。

機材のチェック、練習の動画を撮ったり、動きを分析したり。


山本先生の指導のもと、

狭い部室内で、忙しなく動いている。


「今日は、これも試してもらおうかな」

対戦のあと、月子から白いゴーグルのようなものを受け取った。

ゴーグル本体部分から、頭を支えるであろうバンドが伸びている。


VRヘッドセットというやつだ。

話には聞いていたけど、実物を見るのは初めて。


「使ったことある?」

私とひばりは、揃って首を横に振る。


「誰か分かるやつ。セットしてやれ」

蘭花の指示で、市原、成田の2人がそれらの接続を始める。

私とひばりの頭にも、VRヘッドセットを装着してくれた。


目の前にゲーム画面が広がった。

……というより、ある。

ハンガーが。愛機アイアン・タロンが。

そこに存在している。


手を伸ばせば触れそう。

「おお……」

思わず声が出てしまった。


「TVの画面で戦うよりも、圧倒的に視野が広がる。

 『勝ちたいならこれ一択』と語るプロも多い」

耳元から流れるBGMの外側から、先生の声がした。


「風咲は情報を見て戦うタイプだ。きっと役立つ。

 だが……」

蘭花の声が言い淀んだ。

「まあ、慣れてもらおうよ」

月子の弾んだ声には、どこか含みがあるように感じられた。


「あの……これだとコントローラが見えないんですけど……」

ひばりの不安そうな声も聞こえる。

「見えないよ。これも、慣れてね」

市原からの返答に、ひばりが驚き慌てている。無理もない。

「じゃあ2人とも。適当に飛んでみて」


月子の合図に従い、出撃。

画面が切り替わると、空に投げ出された。


すごい。

今の私は大空の只中。操縦席にいる。

辺りを見渡す。

キャノピーの向こうに、空が、雲が、海が見える。

HUDに敵機が見えた。目視でもその姿を確認。

カメラを動かさなくても、顔を動かせば見える。

不思議な感覚。

でも、分かる。


ゲームの世界の中に、私がいる。


「今回はCPU戦だよ。気負わず戦ってみて」

言われるまでもなく。

テンションの上がった私は、勢いのまま突っ込んだ。


* * *


「うえ……」

「うう……」

ヘッドセットを外した私もひばりも、力なく椅子にもたれかかっている。


「あはは。やっぱり酔ったね。はい、お水」

野田が私たちに水を出してくれた。

ひんやりした感触が頬に当たる。ありがたい。

「大丈夫ー?」

佐倉、鴨川が私たちを下敷きで扇いでくれている。風が涼しい。


「情けないね、あんたたち」

香取がPCの前で呆れている。

言い返す気力もない。


「やっぱり、そうなるよね」

月子は変わらずニコニコしている。


身体が重い。

頭の中がまだぐるぐるしている。


重力なんか感じないはずなのに。

いつもの機動が、私自身に重くのしかかるような。

感覚だけが振り回されたような。


とにかく吐きそう……。


「課題は明白になったみたいだね」

山本先生の優しい声が響いた。


「ええ、でも他にも課題がありまして」

「4機で飛ぶ前に知っておけ。

 2機編成がチームの最小単位だ。

 これをエレメントと呼ぶ」

ふらふらの私たちの前に、蘭花が立った。


「あたしと月子。風咲とひばりがそれぞれエレメントを組み、互いを支える。

 僚機を見捨てるな。これは鉄則だ」

私はひばりを守り、支えるということか。

具体的な立ち回りは分からないけど、

今後の練習で注意すべきポイントだ。


「そこで、お前たちに課題だ。

 ひばりは1週間以内に、キャンペーンモードをクリアしろ。

 ゲームそのものに慣れてもらう。

 風咲はバディとして、それをサポートしろ」

早速、意外な方向から支える必要が出てきた。


操作の不慣れなひばりをフォローし、

VRヘッドセットの強烈な3D酔いを克服しつつ、

チームとしての戦い方も身につけていく。


やることは山積みだ。

5月の大会までに、間に合うのだろうか。


「あ、2人とも!自分のTACネームの候補を考えておいて」

課題がもう1つ、増えてしまった。

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