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蒼空トレイル-Aozora Trail-  作者: ふらっとん
2章 レギュラー選抜試験

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09話 諦めんじゃねえ!

2度目のチャレンジが始まった。


1度目は恐る恐るだったのに、上に送る速さがまるで違う。

声掛け、下からの押し、上からの引き、全てが噛み合っていたように見えた。

個々の動きも流れるようで、滞りがなかった。

最初の3人はあっという間に成功し、その都度、歓声が上がった。


いよいよ成田さんの番だ。


「さあ、乗って!」

私たちがしゃがみ、成田さんに呼びかける。

その脚は動かない。いや、動かそうとして、引いてしまう。

表情が強張っているのが分かる。


その状態で単に「大丈夫」とか「怖くない」とか言っても、

たぶん逆効果。

「壁で身体を支えるといいよ!」

だから、具体的な動きにフォーカスしてもらう。

「乗ったら、上だけを見て!」

「合図をしたら腕を上に伸ばして!すぐ捕まえるから!」

上からも力強い声が飛ぶ。


成田さんが目をつぶって、長く息を吐く。

しばらくして目を開け、1歩を踏み出した。

手に重みが加わる。同時に、小刻みな震えも伝わってきた。

恐怖。でも、みんなのために、打ち勝とうとしている。

少しでも安定させようと、私の両手に力を込めた。

震えを抑えるように、小鳥遊さんの手が成田さんの脚に添えられた。

反対の足は同じように佐倉さんの手に乗せ、香取さんが支える。


成田さんがしゃがんで、壁に手をつく。重心を壁側に寄せる。

もう一度目を瞑ったようだ。まだ動かない。深呼吸が何度か聞こえる。

「怖かったら、目を瞑ってて大丈夫だから」

「なめるな……」

私からの声掛けに、間を置かず、短く、返答が飛んだ。

「怖ぇけど、やってやる」

もう一度、深く息を吸い、長く吐く。

「押せ!」

「行くよ!」

ブーストの私たちがゆっくり立ち上がる。

成田さんが壁に手を添えながら少しずつ立ち上がる。

「伸ばして!上を見て!」

壁の上から、鴨川さんの声がする。

浅い呼吸が成田さんから聞こえる。

壁に身体を預けつつ、ゆっくりと、その両腕を伸ばす。


「つ、掴んだぞ!ここから、どうすればいい!」

強がっているものの、声が震え、上ずっている。

足の震えも、しっかりと私の手に伝わる。

「せーので、私たちが押す!上からは引っ張る!あとは任せて!」

合図と同時に、私たちの渾身の力で成田さんを押し上げる。

その手からふっと、重みが消えていった。

見上げる。

成田さんの身体は、壁の上に吸い込まれていった。


しばらく静寂。

そして「やったぞ!」という叫び声。

「頑張った!よく頑張ったよ!」

上からの声をきっかけに、歓声。

彼女を押し上げた私たち4人は、誰からともなく肩に手を回し、互いに抱き寄せあっていた。


* * *


香取さんと小鳥遊さんを送り出し、7番目、佐倉さんの番。

さっきの手順に倣って肩車を使う。


肩に佐倉さんの全体重が乗る。

思わず、膝が震える。

人間の身体って、こんなに重いんだ。

奥歯を噛み締め、全身に力を込める。


これを平然とやっていた成田さんのパワーを、改めて思い知る。

「大丈夫?」

佐倉さんが心配して声をかける。

「なんとか……」

絞り出すように応えた。

壁に手を突きながら支えとし、少しずつ身体を起こす。

「これ以上上がらない……いける?」

姿勢のせいで、私の目には地面か壁しか映らない。

「やってみる。ごめん、ちょっと肩を汚すね」

肩の感触が変わった。

腕を伸ばしても届かなくて立ち上がったんだろう。


その直後に佐倉さんの重みが消えた。

見上げると、佐倉さんがちょうど壁の上に消えていくところだった。

上からの歓声が聞こえた。


「最後!頑張れ!」

佐倉さんが上から私を覗き込み、叫んだ。

「おっけー!」

手を振りながら、応える。

上から、市原さん、野田さん、成田さんが手を伸ばす。

「いつでもいいよ!」

野田さんから合図が飛ぶ。


改めて見上げると、やっぱり高い。

背中を寒気が走った。

一気に呼吸が浅くなった。喉がカラカラになる。


めまいのような、立っている地面が遠のくような感覚。


「落ち着いて!慌てなくていいから!」

上からの声で、我に返った。


雑念を振り払うよう、首を横に振る。

壁から数歩下がり、助走のスペースを取る。


深呼吸を3回繰り返し、壁の上を見上げた。

壁の上から市原さん、野田さん、成田さんが腕を伸ばしているのが見える。


あの手を掴む。


私がやることは、それだけだ。

今だけでいい。あの頃の跳躍を。


目を閉じる。

さっきまで聞こえた応援の声もシャットダウン。

自分の心音だけが聞こえるような静寂。


まぶたの裏で思い描く。

ただのジャンプでは到底届かない。壁を伝う。

踏み出し、壁を蹴り、手を掴む。

その一連をイメージする。


「動け」と念じるように、震える膝を叩く。


目を開き、壁の上で待つみんなを見上げる。

「行くよ!」

余計な雑念を追い出すように、声に出して叫ぶ。


最後にもう一度、目一杯息を吸い、止めた。


地面を力の限り蹴り、踏み出した。

その勢いのまま壁を蹴る。2歩は登った。

そして蹴り上げ、最後の跳躍。

右腕を思いっきり伸ばす。


誰かの指先が見える。

みんなの待つところまで、あと数センチ。


この数センチが足らない。

上昇が止まった。届かない。


私の指先が、市原さんの指の先を、撫でるように掠めた。

身体は無慈悲にも重力に捉えられている。


あとは、ただ落ちるだけ。


でも落ちなかった。

何かが私の右腕を支えていた。


「バカ野郎!諦めんじゃねえ!」

罵声のような、それでも紛れもなく、励ましの言葉が響いた。


成田さんの力強い両腕が、私の右腕をしっかり掴んでいた。


上体を思い切り乗り出してる。腰のあたりまで見えている。

「何してるの!」

「危ないよ!落ちちゃうよ!」

「だったらしっかり支えろ!左手!早く!」


野田さんと市原さんが、すぐに私の左腕も掴む。

そのまま引き上げられ、上の足場へ放り出されるように着地した。


呆然とする頭で周囲を見渡す。

安心したからか、今になって震えが止まらない。


みんなが口々に何かを言う。拍手もしているようだ。

でも、もはや耳に届かない。

自分の両肩を押さえ、力なく座り込んだ。

歯がガチガチ鳴るのが分かる。

「無理……やっぱり無理……」

震えを抑えるように、誰かが支えてくれた。

冷えたような身体に体温を感じた。


恐怖症なんて、そんなに簡単に治らない。

でも、この瞬間は乗り越えた。

だから私の勝ち。


「やったよ」

私にしがみつくように抱き合うみんなに向けて、小さく呟いた。

目元から何かが伝うのが分かった。


隣では、さっきまで勢いよく壁を乗り出してまで私を引っ張ってくれた成田さんが、

やはり震えていた。

「借りは返したぞ、これで」

震えながらも、強がりながら成田さんが言う。


「はは、2人とも顔が真っ青だ」

鴨川さんが笑った。

「やれやれ。命懸けすぎだろ、まったく」

香取さんが、呆れたように首を振った。でも、その表情は穏やかだ。


* * *


壁をクリアした時点で、時刻は15:50。

あとは帰るだけ。

ゴールまで、園内マップの大きさを踏まえれば、歩いておよそ10分。

ギリギリか。でも、行ける。


……はずだった。


突然、ふくらはぎの違和感が大きくなった。

違和感は明確な痛みに変わった。

脚の中の筋肉が捻れているかのように、激しく収縮する感覚。


「どうしたの?」

たぶん、すぐ後ろにいた香取さんの声。


歩みが止まった私は、痛みのあまり声が出ない。

目に涙がにじむ。

耐えられず、座り込む。


「おい、どうした!」

その問いには、辛うじて漏れた苦悶の声で応える。


「まさか、攣ったの!?」

声が出ない。頷いて、応えただけ。

時刻は15:53。残り7分を切った。


ゴールまで、あとどれくらいだろう。

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