序章 私たちの戦場
空が薄く霞んでいる。
陽が雲に和らいで、鈍く光っている。
機体の主翼が、その空を切り裂く。
微かな震えが手元に残る。
警告音。
レーダーに捉えた。3時方向から2機。赤い三角形が映る。
機体を右にロール。機首を押し上げ旋回。加速。
正面角度で迎え撃つ。
遠くの空に黒い影が2つ。目視した。
片方は旋回を始める。
狙いを変えたか、攻める角度を変えたか。
速度と方向から機動を読む。たぶん前者。
残る1機は、まっすぐ向かってくる。
HUD上に緑のコンテナが映り、敵機を覆った。
照準レティクルが敵機を捉える。緑の枠が赤に変わる。
ロックオン。
息を止める。親指が兵装発射のボタンを押す。
白煙を上げながら空対空ミサイルが目標に迫る。
相手は回避行動を開始。機体を横に倒しながらピッチアップ。
相手の機体から光の粒がばらまかれる。フレアだ。
ミサイルがフレアに吸い込まれた。
HUDには『MISS』の文字。外れた。
もう一度狙い直す。
コンテナが赤く変わる。ロックは完了。
敵機の上面が見える。角度差が大きい。今撃っても外れる。
相手の旋回終わりを待ち、ボタンを押す。
2発目のミサイル。
今度は敵機後方に刺さるのを確認した。爆ぜる。
HUDには『DESTROYED』の文字。
「ジャベリンが敵機撃墜!」
「ナイスキルだ!」
味方の2人がそれぞれ叫ぶ。
「も、もう1機、お願い!」
別の味方が、弱々しい声で懇願する。レーダーを見る。味方機が追われている。
さっき旋回した1機だ。
機体を180度横回転。背面状態。空と海がひっくり返る。
機首を上に向ける。つまり急降下。
敵機の背後が見えた。そのまま後ろにつく。
息を止める。エンジンノズルを見る。狙う。
トリガーを引き絞る。機銃を掃射する。
金属片を剥ぎ取る甲高い音。ここまで伝わる。
敵が黒煙を吹き上げ、コントロールを失う。
力なく落ち、爆散。
軽く息を吸い、吐く。
レーダーに反応なし。キャノピー越しに周りを見る。
薄っすらと雲の白。その奥に空の青。敵の姿はない。
ここで時間いっぱいを告げる短いジングルが鳴った。
HUDが私達の勝利を告げている。
軽快なファンファーレが鳴る。
* * *
VRヘッドセットを外す音が、4つ重なった。
白い蛍光灯が机の縁で冷たく反射している。
目の前のモニタに、今の試合のリザルトが映っている。
ゲーム機の冷却ファンから、低い音が鳴り続けている。壁の時計が秒を刻む。
窓の向こう、グラウンドからの掛け声が遠く聞こえる。
パイプ椅子の金属が太ももに硬い。
「よし!」
短く息を吐いてから、私は右拳を握った。薄らと汗が滲んでいる。
「今の、かっこよかった……」
ショートカットの小柄な子が近づいてきた。胸の前で、握った手がそっと上下している。目はまっすぐこちらに向いている。
「ひばりが引き付けてくれたおかげだよ!」
私は右手開いて軽く上げ、ハイタッチを促す。短く乾いた音が鳴った。
「まあまあだな」
椅子の金具がかすかに鳴った。目つきの鋭い先輩が伸びをしている。後ろに束ねた長い髪が揺れて、机に柔らかな影を落とした。
「風咲、まだ旋回が大回りだ」
「はい、注意します!」
私は敬礼の真似事をして、右手を右眉に寄せた。
先輩の視線は彼女のモニタから外れない。伸ばした指先が静かに元の位置へ戻った。
「蘭花は厳しいなあ。今のいい感じだったじゃない」
眼鏡の先輩が割って入る。蛍光灯を拾って、レンズが一瞬だけ白く光る。
「ありがとうございます!」
短くお礼を言う。
「なあ月子。『いい感じ』とかじゃなくて、もっと具体的に指摘をだな」
「あー、はいはい。分かってますよ。じゃあ蘭花が褒めてあげなよ。具体的に」
月子は口を尖らせ、不満を示す。蘭花は短く鼻を鳴らす。
「とにかくだ。ひばりが釣って、風咲が落とす。型ができた」
私とひばりの視線がモニタのリザルト画面に戻る。
「まだちょっと怖いけど……」
ひばりの指先はわずかに震えている。
「手応え、あります」
私は強く言い切った。握る手に力が籠る。
「よし、じゃあもう一本行くぞ」
蘭花はコントローラを握り、次の試合のマッチングを始めようとする。月子が制した。
「その前に、今の試合の振り返りをするよ。みんな、集合~!」
私たちは1台のモニタの前に集まり、再生ボタンが押される小さな音を聞いた。
――これは、ある日の部活の風景。
もちろん、先程の空戦も現実のものではない。
高校eスポーツ公式タイトル『Aces' Trail』。
戦闘機が4機編成のチームを組み、相手チームと腕を競い合う。
あくまでもゲームに過ぎない。
けれど私たちにとっては、間違いなく戦場だった。




