第3話:”こうもり博士”
そして、次の日。
寮棟を出て正門に並ぶ第8楽隊の面々。そこに、アンフェルズに乗って馬車をひきながら、リストが現れた。
「いやー、いい日和だね。初仕事にはもってこい、って感じ。」
「な、なんかテキトーに言ってません・・・?」
「いやー?そんなことないよー?まぁ冗談はさておきだ。」
リストがアンフェルズから降りて1枚の紙をカノンに手渡す。
「今日のお仕事が載ってるから、よく読んでね。まぁ、おさらいはするけれど。」
カノンが紙に書いてある内容を読んでみる。
『郊外の田舎町にて”こうもり博士”の発表会の演奏
報酬はリスト・ラ・カンパネラから支払われるもの也』
「・・・えーっと、これだけなんですけど・・・」
「うん、まぁ最初からぶんぶんとばして仕事するのは違うでしょ?まずは雰囲気に慣れることから、かな。丁度君たちにはいい仕事だと思ってね。」
「わ、わかりましたけど・・・」
「いいじゃんカノン!アタシたちが親睦を深めながら仕事できるって素敵じゃない?」
「ぼ、ぼく的にもこういう仕事のほうが楽・・・といえば楽ですかね。」
「俺はなんでもいい。さっさと行くぞ。」
「そ、そっかぁ。じゃあこの仕事、引き受けます。」
「うむうむ、それでよし。あ、最初の内はアンフェルズくんの手綱はカノンが引いたらいいんじゃないかな?リーダーだし。知らんけど。」
「し、知らんけどって・・・まぁ、がんばってみます。よいしょっと・・・」
と、カノンがアンフェルズに跨る。いつの間にか他の3人は、もう既に馬車の中に入っていたみたいだ。
「じゃあ、よろしくアンフェルz・・・」
カノンが手綱を持って声を掛けた瞬間。
「ブヒヒーン!!」
と、アンフェルズは二足立ちして嘶いた。
「うわわぁ、落ちる、落ちちゃうぅ!」
そしてアンフェルズは元の姿勢に戻るやいなや、ドドドーッと走り始めた。
「わ、わーッ!」
「うわぁぁ!ちょ、ちょっとカノン!流石に荒すぎるってぇ!」
「ちっ・・・」
「わ、いてっ、あいてっ、楽器ケースがぶつかって・・・いてて・・・」
「お、落ち着いて!落ち着いてアンフェルズーっ!!」
そんな声をあげながら、馬車は荒々しく発進していった。その後ろ姿を、リストは眺める。
「いやぁ、ホント、初仕事日和だね・・・うむうむ。」
カノンがなんとかアンフェルズの手綱を掴み、力いっぱい引っ張る。それでようやくアンフェルズは落ち着いて、スタスタと歩き始めた。
「・・・っ、あぁ、どうなることかと思った・・・」
「あぁホント・・・ホントエキサイティングだったよ、カノン・・・」
「初心者にしたって、荒い運転が過ぎるんじゃねぇのか?」
「ま、まぁまぁ。」
「え、えーと・・・このまま道なりに進めば目的地には着くから・・・このまま落ち着いて行こう、落ち着いて・・・。」
それからはアンフェルズは興奮することなくスタスタと歩いていた。なぜアンフェルズが5回も馬車馬のテストを受けたのか、身に沁みて感じた一同であった。
それから3時間くらいだろうか。太陽も真上にくるお昼間だった。
「つ、着いた~・・・」
郊外の田舎町に、カノン達一行の馬車がたどり着いた。
「んで?その”こうもり博士”って人の発表会の演奏をすればいいんでしょ?」
「そうなんだけどー・・・その、この仕事の紙にも地図とかなくって・・・」
「えーと、つまり?」
「”こうもり博士”の家、どこなんだろ・・・」
「ま、町の人に訊いてみましょうか?」
ロベルトがそう提案した。アンナは”お~”といったような顔でロベルトを見る。
「じ、じゃあ、隊を代表して私が訊いてきますっ!」
「おー!やる気満々だねぇ。そんじゃアタシはアンフェルズと馬車の止めるところを探しておくよ。手綱を引くのはちょっと怖いけどね。町の中で暴れられたらと思うと・・・ね。」
「俺は町を見て回る。そろそろ昼飯時だしな。」
「じゃあ、ぼくはカノンさんに同行します!」
「うん、わかった。じゃあロベルトは私について来て。よーし、初仕事、絶対成功させてやるんだから・・・!」
カノンは息巻いて歩いて行った。ロベルトもその後を追いかけるようにしてついて行った。
町の一角のパン屋では、
「あのー、すみません!」
「はいはい、どんなパンがいいんだい?」
「いや、そうじゃなくて。私たち、皇楽聖律団のお仕事できたんですけど・・・」
「まぁ!そんな大層な人がウチの町に?やだねぇ、どんな催し物があるんだい?」
「えっと、”こうもり博士”の発表会が・・・」
「・・・あー、はいはい。”こうもり博士”ね。・・・アンタら、新人さんかい?」
「え?あ、はい、まぁ。」
「そら残念だったねぇ・・・アンタら、ハズレくじを引いちまったよ。」
「は、ハズレ・・・?」
「ま、見りゃわかるさね。あの人は今でもくだらない発明に没頭してね。すまないが、ウチじゃあアンタらの力にはなれそうにもないわ。」
と、素気なく相手をされ、
またある酒場では、
「あの、”こうもり博士”の・・・」
「ん?あのドラ息子がどうした?」
「発表会の、演奏を・・・」
「発表会~?また開くのか、アイツ、懲りないなぁ。」
「えっと、家の場所は・・・」
「あー、嫌でも覚えてるよ。この町でも外れの外れだ。丘の上に建ってある。いけばいいんじゃねえか?もっとも、アイツの発表会なんて誰もいかないだろうがね。」
と、件の”こうもり博士”の悪評を聴かされたりと、家の場所が分かったことはさておき、散々な言われようであった。
「か、カノンさん。どうしましょう、この後。」
「うーん、一旦アンナたちと合流して・・・その丘の上の家にいけばいい、と思うんだけど・・・」
「・・・ハズレくじ、なんて言われましたよ。」
「・・・どういう意味なんだろうね・・・」
そう相談していると、丁度アンナが向かいから歩いてきた。
「お、いたいた!おーい!どう?情報収集は!ちなみにアンフェルズは馬車を停めてくれる人が居たから、その人に任せてきたよ。」
「それが・・・」
「なにその言いよう。なんだかアタシたちが馬鹿みたいじゃん!」
情報収集の結果を、カノンがアンナに伝える。と、アンナが少し怒った調子でそう言った。
「リストさんも、こうなることをわかっててぼくたちにこの仕事を振ったんですかね・・・?」
「うーーん・・・あの人がそんなことするとは思えないけどなぁ・・・」
「とりあえず、その丘の上の家まで向かおうよ!ジャンは?」
「ジャンさんなら・・・どこかでお昼でも食べてるんじゃないでしょうか・・・?」
「えー!?この期に及んで自由行動とか、マジで信じらんないんだけど!」
「ま、まぁまぁ。男子部屋で着替えてる時もマイペースでしたし、多分そういう方なんですよ。」
ロベルトが取り繕うようにして言う。
「と、とにかく。その丘の上の家まで行ってみようか。」
「そだね。」
「はい、いきましょう。」
3人は酒場の店員から聞いた丘の上の家まで行くことにした。
「あいよ、家鴨の燻製肉とサラダ、お待ち!」
「うす。」
ところ変わって、町の一角のレストラン。そこではジャンが昼食を摂っていた。
「あ、店員さん。」
「はいはい、なんでしょう?」
「”こうもり博士”って知ってます?」
「えぇ、そりゃあもう、この町じゃ色々と有名でねぇ。」
「そうなんすね。俺、仲間を連れて皇楽聖律団の仕事で来てるんすけど。」
「まぁ。そんな方たちがどうして”こうもり博士”に用が?」
「発表会って、聞いてないんすか?」
「発表会ねぇ・・・まぁ、いつものことだからねぇ。そんなに驚きはしないのよ。」
「へぇ・・・で、その発表会の演奏を俺らが頼まれたんす。その”こうもり博士”とは知り合っておきたくて。家を教えてくんないすか?」
「家ならこのレストランを出た道をまっすぐ行った先にある丘の上にあるわ。まぁ、その・・・あんまり期待しないことね。」
「そっすか・・・まぁ、俺ら演奏するんで、よければ、是非。」
「えぇ、それは聴きに伺うわね!それじゃあ。」
といって、店員は去って行った。その後ろ姿を見てから、家鴨の燻製肉を1切れ、パクリと食べて呟く。
「”こうもり博士”・・・なんとなく嫌な予感がしてたが、面倒なことになりそうだ・・・」