勇者パーティから追放されたので、絶対に再加入しようとストーキングをしていく所存の盗賊です!
「クビ? 俺が?」
本日の冒険を終え、宿屋併設の酒場でしばしの休息。そんな心安らぐ時間に、盗賊の俺に対し、パーティリーダーであり勇者でありイケメンのアインスは、信じられないことを言い放つ。
「そうだ、ドライ。君はクビだ」
「いや、ちょっと待てよ。もう魔王城も近いのに、戦力を削ぐような真似はどうかと俺は思うぜ?」
俺は必死に食い下がる。こんなところでクビだなんて、到底納得できない。
「なぁ。俺のどこが悪いんだ? 言ってくれたら直すよ」
「ツヴァイ、フィーア。君たちはドライのことを、どう思う?」
重戦士のツヴァイと白魔道士のフィーアに、アインスは質問を投げる。
「無理よ。だってドライ、盗賊なのに鈍臭いんだもの。見ててイライラする。これ以上、お世話なんかしてられないわ」
「ドライ、あぶない。俺、ひやひや」
嫌悪感丸出しのフィーアに、いかつく無表情のツヴァイが冷たい言葉を放つ。俺はもはや満身創痍だ。
「わかったかい。君は自分のことを戦力だと思っているかもしれないが、そうではないんだ。みんな、君を守りながら行動をしているんだよ」
それは実際に気付いていた。常に俺はパーティの真ん中に置かれ、守られていた。気のせいかと思っていたが、どうやら意識してそのように動いていたらしい。
「で、でもさ。俺だってこれからは、自分の身くらい守るから、だから」
「わからないかな。君は必要ないと言っているんだ」
アインスが語気を強めて言う。俺はいたたまれなくなった。
「う、うるせぇ! 俺は絶対に離れないからな! 覚えてろよ!」
俺は食べかけのシチューと、場末の悪者みたいなセリフをその場に残し、走って逃げた。これ以上ここに留まると、俺の心が保たなくなりそうだったから。
町外れの土手まで逃げてきて、とりあえず座る。
「はあ。どうするかなぁ」
ひとりごちていると、夜の闇からぼんやりと人影が浮かぶ。
「大変なことになりましたな。魔王様」
「まったくだ。予想外だよフユンフ。この俺がクビだとさ」
こいつは俺の心強い側近のフユンフ。魔族の中でもエリート中のエリートで、常にクールな憎いアンチクショウだ。
そう。俺は魔王。
俺を打倒しようと、人間界が送り込んできた勇者パーティにスパイとして潜り込んでいるのだ。
だからこそ、クビになるのは非常に困る。やつら勇者パーティを、寝首をかいて排除しなければならない。そうしないと、俺が死ぬ。
「そう言い続けて、もう何年彼らと行動をともにしているのですか。魔王様」
「うるさいな。いつかやろうと思っていたんだよ。なろうなろうあすなろう、ひのきの木にあすなろうって言うだろ」
「それも飽きるほどに聞かされました」
まぁ、あいつらパーティに情がうつってないと言えば嘘になるが。
とりあえず、今日はあの宿には戻れない。昨日の今日では聞く耳など持ってはくれないだろう。少しの間、あとをついていくことにしよう。
「ストーカーですね」
「そうだよ! ストーカーだよ! なんだ文句か! 文句あるのか!」
「どうどう」
というわけで、つかず離れずの尾行が始まった。これがまた骨が折れる。あまり近付き過ぎると気配でバレるし、遠すぎても見失いそうになる。
尾行を始めてから改めて驚いたのが、その進行の速さである。俺がパーティにいたころは、もっとゆっくり、ゆったりと進んでいたはずだ。俺がそこにいないだけで、ここまで変わるのか。とてつもなく、悲しい。
そのまま勇者たちは快進撃を続ける。気付いたときには魔王城、つまり俺の家に乗り込んでいた。焦る俺だが、どうしようもない。いつの間にか、フユンフがいなくなっていた。おのれ、逃げたか。
そして、勇者たちは謁見の間に辿り着いた。
「ついに辿り着いたぞ! 覚悟しろ、魔王!」
玉座には、俺が旅立つときに冗談で置いていったクマのぬいぐるみが鎮座ましましていた。ふわふわもこもこのかわいいアンチクショウである。
勇者パーティが混乱している。それはそうである。ここまで並々ならぬ努力を続け、辛酸を嘗めることもあったし、死にかけたこともあった。人に認められず、罵声を浴びてでも道を歩み続け、やっと辿り着いた結果がこれである。
「あ、ああー! まおうさまー! こんな姿にかえられてしまってー! ワタクシ、側近としてかなしゅうございますー」
棒読みのセリフを大声で吐きながら、フユンフが玉座に近付いてきた。
「おのれー! 勇者一行が来る前に、たった一人で進撃してきたドライとかいう盗賊めー! われらが魔王(笑)様に、なんて仕打ちをー」
セリフの一箇所に気になる部分はあったものの、ナイス演技である。棒読みで表情が変わっておらず、立ち振舞が雑なところを除けば。
「ドライが…?」
「なんで? クビにしたはずでしょ」
「まさか、単身乗り込んできたということか?」
あれ? 重戦士のツヴァイが普通に喋っている。普通に話せたのか?
「こうなってはもう、我々は何も出来ないー。にげろー」
雑にハケていくフユンフ。ありがとうフユンフ。そしてその雑さと大根役者っぷりに気付かない勇者パーティありがとう。
しばらく呆然としていたアインスが、声を荒げる。
「ドライ! ここにいるんだろう、ドライ!」
少し考えた後、俺はみんなの前に姿を現した。なんとなく気まずい。
「これは、君がやったのか」
「あ、ああ…。そうなる、のかな」
うまくみんなの顔が見られない。どうしても伏し目がちになってしまう。俺は、なぜかみんなに『申し訳ない』という気持ちを抱いていた。
「勝手なことをして、わるかっ…」
「ケガはないか!? 馬鹿野郎、こんな無茶をして! お前になにかあったら僕は、僕は!」
「そうよドライ。あんな馬鹿みたいな演技までして貴方を冒険から外したのに、なぜこんな真似を!」
「無事でよかった。本当によかった」
俺につかみかかりながら、みんな口々に自分の気持ちを吐露してきた。
「え、演技って?」
「お前の戦力がついてきてないなど、実は嘘なんだ。お前はよくやってくれていたし、僕たちはとても助かっていた」
アインスが語りだした。
「ただな。お前はなんというか、こう、弟みたいでかわいいんだ」
「は?」
「私もそう思っていた。貴方はかわいい」
「俺も同じだ。お前だけは守ってやらないと、と思っていた」
「ごめんちょっと待って。ちょっと話がそれるんだけど、ツヴァイは普通に喋れたの?」
「初めてツヴァイがパーティに参加したとき、あまりのいかつさにちょっと怯えていたろう。だから、お前を怖がらせないように片言で喋っていたんだよ」
そういえば、そんなこともあった。忘れていたけど。
「じゃ、じゃあ戦闘時とか移動時に、俺が常にパーティの真ん中で守られていたのは」
「お前がケガしたらイヤだからに決まっているだろう」
「そうよドライ。みんな貴方をかわいく思っていたの。でも、魔王城が近付くにつれて、危険さが増していった。だから貴方にあんな仕打ちをしてしまった。ごめんなさい」
「なら、俺がパーティにいたころの、ゆっくりとした進み具合は」
「あんまり急いだら、お前が疲れるだろう」
理由はひどくあっさりだった。
「そっか。ごめん、ありがとう。俺、うれしいよ」
「お礼を言うのはこっちだ! 一緒に冒険が出来て嬉しかったし、そのうえ魔王まで倒してくれていたなんて、僕は勇者を名乗る資格などない! この度は腹を切って」
「やめてやめて。気持ちだけでうれしいから」
結局、みんな俺のことが好きだったということか。これは良い。最大限利用させてもらおう。『魔王』はもう、死んだことだしな。
「さぁ帰ろうみんな。もちろん、ドライも一緒にな。凱旋だ」
「うん、ありがとう。じゃあさ、ひとつだけわがままを言っていいかな」
「お前の望みならなんだって叶えてやる。言ってごらん」
俺は、側近のフユンフをはじめ、生き残った魔族、魔物を全て引き連れてきた。
「こいつらも連れていっていいかな」
「ひとりをクビにしたら、結果的にたくさんの仲間が出来たな」