社畜人生とお別れ
朝七時のスクランブル交差点は、絶えず人通りが多い。月曜日も日曜日も関係はなく、通学通勤はもちろん、買い物客や家族連れも多く見られる。
かくいう俺───もとい荻原要もこれから出勤なのだが、実をいうともう帰りたい。直帰したい。
なにせ俺の会社は、バチバチのブラック企業なのだ。ほとんど毎日出勤なうえ、サービス残業は当たり前。極め付きは上司からのパワハラで、些細なミスでねちっこくなじられ、罵られ、そのときの機嫌だけで仕事量を増やされる。もちろん、終わるまで帰ることは許されない。
おかげで、睡眠・食事諸々の質はみるみる内に低下した。目の下にはくっきりとした隈ができ、以前より一層線が細くなった。無精髭は生え、元々ストレートネック気味だったことも後押ししてか、姿勢もすこぶる悪くなった。その所為で、道行く人の視線はときおり刺さるが、気づかないふりをしている。
改めて自分の外見を思うと、悲しいを通り越して呆れてしまう。最近は鏡もろくに見ていない。自分自身の姿に失神しかねないからだ。ネガティブ思考に陥り、俺はそっとため息をついた。
そのときだった。
「きゃああっ…!」
突然、周囲から絹を裂くような悲鳴があがった。いくら廃人同然の見た目とはいえ、なにも叫ばなくても。持ち前の影の薄さで多くの目を掻い潜ってきたというのに、一体誰の目に留まったのだろう。
さっき一瞬、視界の端に派手な金髪が見えた。髪をひとつに結わえていたから、おそらく女性。声の主はその人かもしれない。
なんとなく気になって、ずっと下に落としていた視線を、ほんのちょっと上に遣った。
「…………へ、」
視界に勢いよく飛び込んできたのは、金髪の女性なんかではなく───黒くて大きい、ナニカだった。
────石? 飛行機? いや、違う。
全身に爆発したかのような衝撃が加わった。やけにスローモーで宙へと吹っ飛び、硬いアスファルトに叩きつけられる。
薄れゆく意識の中、俺がはようやく、それが車なのだと悟った。
(ああ、死ぬんだな、俺)
痛みさえわからず、指一本動かせないこの状況が、どれだけヤバいかはさすがの俺でもわかる。
死を覚悟した瞬間、真っ先に感じたのは、悲しみでも恐怖でもなく───強いていえば、解放感だった。